第三話 期待の新星☆美少女清掃員④
教室のドアを開けたら、そこにはチアガールがいた。
「あ、煌ちゃん、沙良ちゃん、おはよう」
本日の保田さんはショートボブの髪の毛をちょこん、と二つに小さく縛っている。冬真っ盛りなのにノースリーブに、ミニのプリーツスカート。まさにチアガールだった。
「ど、どどどどぅぇ?」
動揺のあまり日本語を忘れてしまった僕に向けて、保田さんがほんわりと蕩けそうな笑みを向けてきた。
「今日はわたし出場種目がないから、煌ちゃんたちの応援するね! えへへ、似合うかな?」
保田さんが照れ臭そうに両手に持っているポンポンを顔に寄せて、上目遣いだった。
めっちゃ頷いた。
ガクガク何度も頷いた。
首が止まらなくなった。
「まずは落ち着けキラリ」
沙良さんに言われて、僕の動きがようやく止まった。
……というわけで、球技大会二日目。
見渡してみると教室内にチアガールは何人もいた。猫の着ぐるみや何かのアニメのコスプレ生徒もいるし、大きな応援幕を引きずっている生徒もいる。どこから持ってきたのか和太鼓も置かれている。昨日に比べて、教室内はカオス状態だ。
本日は最高潮に盛り上がる競技の決勝戦が、目白押しとなっている。出場する生徒数は少なくなっていることから、各クラスは応援合戦の方に力を入れているのだ。これも星霜高校の伝統的な流れとなっている。
そんなカオス状態の中で、女子高生バージョン沙良さんと僕は、更衣室へと体操着に着替えに行った。
前日と同じような光景が繰り広げられ、一つの修羅場を越えた後。
僕と沙良さんは保田さんたちチアガール集団と合流した。
僕の出場予定である卓球も女子バレーも、開始までまだ時間がある。もてあました時間を、僕らのクラスが出場する試合観戦にあてることにしたのだ。
グラウンドに出て行くと、半袖の体操着では鳥肌がたつほどに空気は冷たかった。
しかし本日も快晴。気持ちの良い青空の下で、野球の試合が既に始まっていた。
応援している群集の中に混じり、試合の様子を見てみる。ちょうど僕たちのクラスが攻めているところだった。
バッターボックスに立っているのは――なんと、トワじゃないか。
ユニフォームを着て、バッドを構えているトワは真剣な眼差しだ。自分の顔なのに、男前に見える。
「あ、トワ君だ。頑張ってー!」
保田さんが僕の右隣で声を張った。僕はドキリとしてしまう。僕を呼んでいるわけじゃないんだけど、やっぱりトワ君という言葉には心臓が反応してしまう。
「トワは……あの子は、変わりないのかい?」
左隣に立っている沙良さんが、ぽつり、と呟いた。
僕は沙良さんを見遣る。腕組みしている沙良さんの目は、僕じゃなくてトワを真っ直ぐに見つめていた。難しそうに、眉根を寄せている。
「沙良さん、トワのことが心配で転校してきたっていうのもあるんですね」
「……まぁな。あの子は絶対に顔に出さないから。自分の目で様子を確かめたかったのさ」
やっぱり沙良さんにとってトワは大切な孫なんだから、心配してるんだろう。
そんなに心配することはないと思うけど。
「トワはいつも通りですよ。そりゃあもう僕の身体での生活を、楽しそうに満喫していますから」
僕は少し口を尖らせながら、沙良さんに小声で愚痴っぽく伝えた。
「死ねぇえええ友枝ぁあああ!!」
バッターボックスに立つトワが謎の叫びを上げ、同時にバッドを思い切り振り切った。
カキィンと爽快な音と共に、投球されたボールがバッドに当たる。ボールは風を切っていく。友枝へと一直線に。
「俺味方なんですけど!? ――ぐぼあっ」
一塁に立っていた友枝にボールが顔面ヒットした。友枝がドサリ、とその場に倒れていった。軟球でよかったね。
「……ほら。楽しそうでしょう?」
僕が沙良さんに向けて言うと、沙良さんは呆れた表情を浮かべて肩をすくめた。
「それが本当なら、いいんだけどね」
沙良さんは何をそんなに心配しているのだろうか。僕としては、トワにはもう少し大人しくしていてほしいくらいだ。
またも内倉永久が注目の的となってしまったことに憂鬱な溜め息を吐いて、僕は試合の方に目を戻す。
次にバッターボックスに立ったのは、刹那だった。欠伸をしながら、のそのそと面倒そうにバッドを構えている。
チアガール他、観戦に来ている女子たちから黄色い歓声が上がった。刹那の女子人気は、相変わらず凄まじい。
僕はチラ、と保田さんを横目で観察してみた。保田さんは試合に熱中しているけど、刹那自体には特に反応している様子じゃない。密かにホッと安堵の息を吐き出した。
って、昨日から僕、女々しいかもしれない。刹那に対抗心を抱くことなんて、今までなかったのに。
刹那はノロノロとバッドを振って、全部空振ってた。きっと真面目にやれば大活躍するんだろうけど、刹那が本気になることなんて滅多にお目にかかれない。刹那がバッターボックスから去っていき、僕は頭を振って雑念を振り払った。
そうだ、刹那に妬いている場合じゃない。今日からの僕は、一味違うんだ。
僕は決意を新たに、保田さんの方へとくるり、と身体を向けた。
「保田さん!」
「ん? なんだろう?」
僕が呼ぶと、保田さんが僕を見つめてきた。
それだけで頬が熱くなって、決意が挫けそうになる。
しかしこんなことで負けるわけにはいかない。腹に力を込めて、僕は保田さんを真っ直ぐに見つめる。
「あのですね、今日から僕は君のことを保田さんじゃなくて、」
「あさひぃいー!」
僕の言葉は、邪魔者の大声に遮られてしまった。
味方席で友枝が、頬をおさえてこちらに向けて手招きしてきている。僕は眉を顰めた。なんで馴れ馴れしく保田さんを呼びつけているんだアイツ友枝のくせに馬鹿じゃないのか。
「怪我したからこっち来て手当てしてくれー!」
何を偉そうに。僕は友枝を半眼で睨みつけた。昨日の一件で、友枝は僕にとって確実な敵と認定されている。
更に保田さんにまで友枝の毒牙がかかろうとしている。沸々と怒りが込み上げてきた。
「本当に、いっちゃんはしょうがないなぁ」
「え。保田さん、あの――」
保田さんがあっさりと、友枝の方へと小走りに行ってしまった。
僕は遠くなっていく保田さんの背中に、虚しく手を伸ばした。
「友枝なんて大嫌いだ大嫌いだばかばかばか」
僕が涙目になってブツブツと呪いの言葉を吐き出すと、沙良さんに肩をぽんぽん叩かれた。
「まぁまぁ。次の戦いの場が待ってるぞ、キラリ」
沙良さんに言われて、僕は校舎の時計を確認する。
試合時間が近くなってきていた。友枝と一緒にいる保田さんのことは気になったけれど、そろそろ行かなきゃいけない。
トワを見る。刹那を見る。友枝、はどうでもよくて、保田さんを見る。
僕の戦いは、これからだ。
「肉食系スマァアアッシュ!!」
卓球場にて。
弾丸のようなスマッシュに対戦相手は反応できず、球が卓球台で一度バウンドし、相手の横を高速で通り過ぎていく。
今日から僕は草食系なんて呼ばせない! 勝利に飢えた肉食系だ! ラケットをぶんぶんと振り回し、射止めるように敵を睨んだ。
そうして僕は見事に卓球一回戦を快勝した。
横で見てくれていた沙良さんが一人、笑顔で拍手を送ってくれる。
「かっこよかったぞ、キラリ」
「そ、そうですか?」
後頭部をかきながら、僕の頬は自然と緩む。
僕だってやれば出来るんだ。
トワを驚かせるくらいの大活躍をしてみせるんだ。
「美少女サアアアアーブッ!!」
勝った。
「バックスクリューサイドスピイイイィンッ!!」
また勝った。
「くぁwせdrftgyふじこlp!!」
もはや言葉になってない状態で勝利した。
……僕は順調に勝ち進み、本当に決勝戦まで来てしまった。
決勝戦ともなると、いつの間にか観客も増えている。
観客の中にチアガール保田さんも混じっていたのを発見。胸が燃えるように熱くなった。
みんなの応援の声が、わぁわぁと遠い。どくどく、と心臓が耳にあるように、鼓動の音が大きく聞こえてきた。
緊張で喉がカラカラに渇いている。運動で温まった身体は適度に火照っている。
次で勝てば、優勝だ。
審判による試合開始の笛で、決勝戦の相手がサーブを構えた。
僕も迎え撃つ為に姿勢を低くする。
ごくり、と喉が鳴った。同時。
――ぐおぁあああ、と、おぞましい咆哮が轟いた。
僕は身を強張らせ、ハッと顔を上げる。
僕の横を球が通過していくのが、視界の端に映った。それでも意識は聞こえてきた咆哮に向いてしまっていた。
リフューズの産声だ。よりによってこんな時に。ラケットを持つ手がじっとりと汗ばむ。
僕は焦燥の色を浮かべ、沙良さんの方を見遣る。
「試合を続けろキラリ! あっちは私がなんとかするから!」
「でも沙良さんっ」
「お前さんが戦うのは、この場所だろう!? 必ず勝てよ、キラリ!」
沙良さんが頼もしい言葉をかけてくれたことで、僕は少し落ち着きを取り戻す。
そしてすぐに沙良さんは走り出して、卓球場から姿を消した。
沙良さんが僕の代わりに戦ってくれる。試合を続けるのが、僕の役目だ。
僕は聞こえ続けるリフューズの声を意識から追い出す。対戦相手へと目を戻した。
卓球の決勝戦なんだ。沙良さんが言ったように、今戦うべきなのは、この場所だ。
僕は額の汗を拭い、ラケットを構える。
今度は来た球を打ち返すことが出来た。何度かラリーが続き、緊迫した試合が続く。
決勝戦ともなると相手も相当な強さだ。余計なことを考えている余裕なんて――
「何をしているの!?」
試合に水を差すように、切羽詰った大きな声が卓球場内に響いた。
卓球場の全員が、声が聞こえてきた入り口へと目を遣る。それは僕も同様に、だった。僕はまたも球を打ち返すことができないで、立ち尽くしてしまった。
野球のユニフォーム姿のままのトワが、そこに立っていた。
全速力で走ってきたのか、荒い息で肩が大きく上下している。表情は険しく、真っ直ぐに僕を見ている。
「トワ……?」
靴を履いたままでずかずかと卓球場内へと立ち入ってきたトワは、僕の眼前でようやく立ち止まった。
「なんでキミ、こんなところにいるの!?」
怒鳴りつけられて、僕は反射的に身を竦める。
「だって、今は試合が……」
「そんなものはどうでもいい!!」
トワに遮られて、僕は情けない表情でトワを見上げた。
「沙良さんが、行ってくれたんだ、だから」
「だからって放っておくの!? キミの役目はこんなとこで試合することじゃないんだよ!!」
トワは感情的に喚き、僕の二の腕をぐっと掴んできた。そのあまりの力の強さに、僕の表情は歪む。
そしてそのまま、僕は強引に引っ張られた。駆け出したトワに引きずられる。
卓球場にいた生徒も先生も呆然と事の成り行きを見ているだけだった。トワのあまりの迫力に、誰も何も言えなかったんだろう。
僕も、固まっていた。
こんなに怖い顔をしたトワを、初めて目にした。
抵抗もできなかった。ただリフューズの声が聞こえてくる方向へと、一心に足を進めるトワに引きずられていく。
僕は俯き、唇を噛み締めた。
トワは別に、僕が大宮煌として活躍することに期待なんてしていない。
ただ僕のことを、リフューズを清掃する道具としてしか見ていない。
――そのことを、悲しいくらいに、痛感してしまった。
校舎内には、ほとんど人はいなかった。
廊下を全速力で駆け抜けていく僕とトワの足音が、大きく響いている。
そして、校舎を震わせるほどのリフューズの雄叫びが続いている。ちらほらと教室に残っている生徒の姿も数人見かけた。その生徒たちが全くリフューズの声が聞こえていないなんて、嘘みたいだ。
それでも、生徒たちの誰一人としてリフューズの声に反応していない。球技大会というお祭り騒ぎの中で、生徒たちのはしゃぎ声がリフューズの声に重なって聞こえた。
トワは無言で、僕の腕を引き続けている。トワの背中だけが見える。
僕はズキズキと腕が痛んだけれど、離してほしいとも言えなかった。トワの様子があまりにも切迫的で。
まるで、何かに憑かれているようだった。
僕たちは無言のまま、校舎の三階、突き当たりにある教室の前まで来ていた。リフューズの声が程近い。この教室は普段使われていない場所なので、生徒たちが出入りすることも滅多にない。リフューズが産まれる恰好の場だったのだろう。
ドアは開いていた。トワが僕を引きずったまま、中に踏み込んでいく。
目にも止まらぬ速度で、銀色の何かがリフューズに衝突していくところだった。
大きな音を立て、リフューズの黒い影が吹き飛んで壁にぶち当たる。ずる、とリフューズがその場に崩れた。
僕たちの前には、背中を見せて立っている人物がいた。
「沙良さん!」
髪留めを外したのか、足元まで伸びる、美しいストレートの銀髪が揺れている。そしていつの間に着替えたのか、水色の作業着姿だ。ブカブカしてしまっているのが、沙良さんの幼児体型を引き立たせている。
その沙良さんが身体を前に向けたまま、ちら、とこちらに鋭い眼を向けてきた。
「なんで来た! お前さんには試合を続けろと言ったはずだぞ!」
「ボクが連れてきたんだ」
沙良さんの言葉に応えたのは、トワだった。
トワは僕の腕を掴んだままで沙良さんへと近づいていき、無感情な瞳で見下ろしている。
「美少女清掃員サラサラ。キミはもう現役引退してるんだ。リフューズの清掃は出来ない。引っ込んでいろ」
無機質な冷たい言葉が、トワの口から吐き出された。
僕は驚き、トワの横顔を仰ぐ。
「サラサラ……!?」
「いや、驚くのそこじゃないし」
トワに冷静に突っ込まれて、僕は改めて沙良さんの様子を観察した。
現在の沙良さんは若返っている。小学生並の容姿だし、美少女だ。って美少女なのは関係ないけど。
しかし若返っているのは見た目だけなのかもしれない、と気付く。沙良さんは苦しそうに肩で息をして、満身創痍の様子だった。トワの言うとおり、現役のままの動きは無理なのかもしれない。一度リフューズの攻撃が入ってしまったのか、右頬が少し腫れてしまっている。
沙良さんは足を引きずり、リフューズへと近付いて行く。
その途中で、振り返ってきた。哀しげな瞳がトワを見ていた。
「トワ、リフューズに固執するな。戦っているのはお前さんだけじゃないんだ。ここでキラリに変身はさせない。絶対にだ」
トワは僕の二の腕をぎゅうっと握り締めたままで、離してくれない。多分指の跡がくっきりとついてしまっているだろうけど、それでも僕は何もトワに言えなかった。
トワがこの手を離したら、壊れてしまいそうに見えたから。
リフューズが教室の端で、のそりと立ち上がった。やはり沙良さんの衝突攻撃くらいじゃ、全く動じている様子じゃない。
僕は産まれたリフューズを、改めて確認する。二本足で立っている熊みたいだった。……クマガタ?
「って、熊なんてこの辺に生息してないですよね? どうやって成り代わるつもりなんでしょうかあのリフューズは」
「熊に似た何かと成り代わるんじゃないかな」
トワがあっさりと言う。
僕は驚愕に顔を強張らせた。駒沢先生が危ない……!
「大宮さん、変身するんだ」
トワの命令に、僕はトワの顔を仰ぐ。
冷たい瞳が僕を見下ろしていた。
「変身する必要はない!!」
沙良さんの厳しい声が飛んでくる。
僕は逡巡していた。どうすればいい。二人の強い意志に挟まれて、僕はどうするべきなのか答えが出せなかった。
トワに道具扱いされていることが、僕の中に迷いを生んでいる。
「こんな敵は私だけで充分なんだ! さっさと試合に戻れ!!」
沙良さんがリフューズへと、向き直る。
そして手をバッと真っ直ぐ横に伸ばした。
手の中に光が集まっていく。沙良さんも、何もない状態で武器を生み出しす技は体得しているようだった。
光が集束し、沙良さんの手の中に現れたのは――光るハタキだった。
何それ弱そう。
布の部分が銀色のハタキを手に持ち、沙良さんが駆けだした。速すぎて目で追うことができない。
「サラサラハタキッ」
やっぱり弱そうな響きが耳に届いた。スローモーションで再現。沙良さんがリフューズの懐に飛び込む→ハタキ連打→リフューズに光の粒子が降り注がれる→リフューズ平然。あれ、全然効いてないね。
「うわああっ」
リフューズが片手で沙良さんを薙ぎ払った。
それだけで沙良さんが僕とトワの目の前まで、吹き飛ばされて戻ってきた。
「くっ……」
沙良さんが片膝をついてよろよろと身を起こす。
「……ごめんなさい沙良さん。正直ヨワッ」
思わず言ってしまった。沙良さんが僕の顔をじろり、と睨み仰いでくる。
「おばあちゃんは昔から清掃員としては弱かったんだよ。だから戦力にならないんだ。分かったでしょう? キミが清掃するんだよあのリフューズを」
トワが焦っていた理由が、納得できた。
これはもう、変身して加勢するしかない。僕は胸元から星のペンダントを取り出す。
迷いはまだ胸をもやもやとさせていた。
僕が戦っても、トワは僕自身なんて見てやしない。
「……変身、するな。お前さんを今変身させるわけにはいかない」
フラフラの沙良さんがそれでも意固地に、立ち上がった。背中を向けたまま、僕に言ってくる。
「おばあちゃんふざけてるの!?」
トワが怒りのあまりか、感情的に怒鳴った。
「ふざけてるのはお前だ! なんで永久君を連れてきた!」
沙良さんが振り返って、トワをきつく睨み付けた。二人の怒りで燃えた瞳が交錯している。
「リフューズを清掃させる為だよ! 当たり前じゃないか!」
「そうやって利用するのか! お前が永久君にどんな仕打ちをしているのか、分かっているのか!?」
「分かっているさ! ボクはどう思われても構わないんだよ! 憎むなら憎めばいい!」
「なんでお前はそんなにも……っ」
「やめてください!」
僕は耳を塞ぎたくなる気持ちを堪えて、言い放つ。
なんでこの二人が言い争うんだ。そんなの、あまりにも悲しい光景じゃないか。
「僕、変身して戦います。構いませんから」
僕は取り出したペンダントの星を、握り締めた。
その時、リフューズが大きく雄叫びをあげて、こちらに突っ込んできた。
――想像以上に早い! 変身が間に合わない!
「ピカピカキーック!!」
可愛らしい声が、耳に届いた。
リフューズに強烈な飛び蹴りを入れた人物に、再びリフューズが吹き飛ばされていく光景を、眼前に見た。椅子や机が一緒になぎ倒されていく。
そうだ、もう一人いるじゃないか。
高速で教室内に入ってきた保田さんは、既に美少女清掃員に変身済みだった。
桃色の波打つ髪、純白の作業着姿だ。僕らの存在に気付いていないのか、わき目もふらずにリフューズに突っ込んでいく。
すぐに立ち上がったリフューズに、連続で何度も蹴りを入れた。
リフューズが倒れて教室の床を滑っていく。保田さんはリフューズを跳び越え、何度も打撃をくらわせる。
リフューズの黒い巨体がユラユラ波打つ。突然の激しい連続攻撃に何も返せないまま、無力化してしまっている。
やっぱり保田さん、強い。
「ごめんね煌ちゃん遅れて! ここまで弱らせたらもう後は清掃しちゃうだけだから、わたしに任せといて!」
間に巨体のクマガタがいて、小さい保田さんの姿は僕からは見えなかった。声だけが届く。
「今回収しちゃうんだからね!」
保田さんの凛とした響きの言葉で、教室内の空気がピン、と張り詰めた。
「回収?」
僕は動きを止め、ことの成り行きを見守る。
それはトワも沙良さんも一緒だった。呆然と瀕死状態のリフューズを見ている。
「ピカピカ掃除機ー!」
掃除機……です、と?
僕は目を大きく見開く。掃除機て家電じゃないか。アリなのか。
ずごごごごーとリフューズの大きな身体が、悲鳴と共に吸い込まれていってしまった。
リフューズが吸い込まれていき、保田さんの姿が現れた。保田さんは、両手に大きな掃除機を抱えていた。身体が隠れてしまう程の巨大な電化製品だ。ピンク色の掃除機の中に、嘘のように、大きなリフューズはすぽん、と全て飲み込まれた。
吸い取り口から光る粒が残滓としてふわふわ飛んだ。
リフューズは、ものの数秒であっさりと消えた。
僕は保田さんと目が合う。
保田さんは荒い息を吐き出し、汗を浮かべていた。
だけど、やっぱり、笑顔だった。
「清掃完了だよ!」
その声を聞き届けて。
僕は心の底から、彼女を抱き締めたくなった。