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第三話 期待の新星☆美少女清掃員②

 球技大会一日目。

 朝のホームルームが終わった後すぐ、僕は沙良さんの手を強引に引いて、職員室横の女子トイレの中へと連れ込んでいた。この場所を選んだのは、誰かに話を聞かれる可能性が少ない所だったからだ。

 大宮煌の身体とはいえ、女子トイレで誰かと鉢合わせるのが気まずいことから、なるべく利用者の少ないここへと僕はいつも走っている。こんなところで役に立つとは思わなかったけど。


「なんだい永久君。いや、この学校ではキラリと呼んだ方がいいのかねぇ。球技大会が始まってしまうぞ。こんなところでゆっくりしてていいのかい?」


 僕はのんびりと語る沙良さんの手を離し、深刻な表情で振り返った。

 僕の目の前にいる沙良さんは、何故か若い。皺一つ見当たらない、ピッチピチのつやつや肌だ。そして煌の祖母というだけあって、童顔ながらも超絶美少女だった。女子トイレで二人きりという状況に少しドキドキしてしまう……って、今はそんな状況じゃない。


「なんで、なんでこんなところに沙良さんがいるんですか!?」


 僕が問い詰めると、沙良さんは肩をすくめる。


「なんでって、お前さんが球技大会の助っ人を頼んだんだろう? わざわざ助けに来てやったのにその言い草はないだろ」


 ……トワだ。すぐに思い当たった。

 沙良さんが現れたのは、トワの差し金ということだ。

 確かに僕は球技大会でみんなからの期待が重すぎることからトワに助けを求めたけど、まさか沙良さんが助けに来てくれるなんて――予想の範囲を超えすぎている。

 トワはなんでいつも、重要なことを僕に話してくれないんだろうか。毎回毎回、僕は驚かされてばかりだ。知っていれば、椅子から転がり落ちて後頭部にこぶをつくることもなかったのに。


「この星霜高校の理事とは古い付き合いでねぇ。無理を言って二日間だけの転校生扱いにしてもらったのさ」


「いや、そんな裏情報はけっこうどうでもいいです! そんなことよりも突っ込みたいのは! なんで沙良さんが幼児並に若返っているのかってことです! まさか大宮煌の祖母っていう情報も嘘だったとかないですよね!?」


 僕が唾を飛ばしながら必死で言うと、沙良さんが不機嫌そうな表情になった。口をへの字に曲げている。老女の沙良さんでは思わなかったけど、童女の沙良さんでは、その表情すら可愛らしい。


「幼児並ってどういうことだい。十七歳の頃の姿なんだよこれでも。そして私は大宮煌の祖母だよ。この姿は仮の姿ということになるのかねぇ」


 沙良さんがブツブツと不満げに呟きを漏らしている。そして着ている星霜高校のセーラー服の下に隠してあったペンダントを取り出した。少し古びているけど、僕が常につけている星のペンダントと似ていた。


「この変身ペンダントを使用したんだ。昔は美少女清掃員だったからな。使えば今でも変身できるのさ。美少女清掃員って言うくらいだから、美少女に変身する、というわけだ。後は作業着からセーラー服に着替えれば、ほい、女子高生沙良さんの出来上がりさね」


 へぇぇ。

 僕は感心して沙良さんの見せてきたペンダントをまじまじと見下ろした。そんな便利な機能までついているのか、この不思議ペンダント。


「すごいですね。どんな仕組みになってるんですかこのペンダント」


「知らん」


「いやそこは知っておいてほしかったです!」


 沙良さんは僕の突っ込みを無視し、ペンダントを胸にしまった。


「それに、ここに来たのはもう一つ気になることがあったからね……さて、じゃあ行こうかキラリ」


「え? どこに?」


「私がなんの為に転校して来たと思ってるんだい? お前さんの代わりに大活躍してやるから、安心しな」


「さ、沙良さああああぁん」


 そうだった。沙良さんの登場の衝撃で、僕の脳内からすっかりと吹き飛んでいたけど、今問題なのは球技大会だ。驚いたけど、目玉飛び出るかと思ったけど、沙良さんの登場は誰よりも心強い。トワにも感謝しなければいけない。

 僕は涙で滲んだ視界に、不敵な微笑みを見せる沙良さんを見る。

 僕よりも遥かにちっこい沙良さんが、背伸びをしてよしよし、と頭を撫でてくれた。


「キラリが出場する最初の種目はなんだい?」


「えっと、女子部門で第一回戦なのは、バスケです。そうだ、朝一だから急がないと」


「了解だ、急ごう。けどその前に、まずは、着替えないとな」


「――あ」


 そういえば、まだ大問題が残ってた。

 女子トイレから小走りに出て行く沙良さんの後を追いながら、僕の足取りはまたも重くなる。

 実は僕、大宮煌の身体になってからの体育の授業は、全て体調不良を理由に休んでいた。

 だって、だって――



「おー遅かったじゃん煌ぃ!」


「さっさと着替えて! バスケの一回戦始まっちゃうよー! って、なんで煌、後ろ向いてるの?」


 ――クラスメイトの女子たちが、漏れなく全員着替えをする更衣室という聖域に立ち入らなければいけないからだぁああ!

 沙良さんが開いた更衣室の扉の先には、予想通りにクラスメイトたちが着替え中だった。

 三百六十度、下着姿の女子、下着姿の女子、下着が、下着が歩いている!

 僕は耐え切れずに、背中を向けて硬直していた。けど、逃げ出すことは許されない。


「煌早く早く!」


 クラスメイトの女子に手首を引かれて、僕は更衣室の中へと踏み込んでいく。

 ロッカーの中に制服をしまい、体操着へと着替えている女子たちの間をひたすらに俯き、かいくぐっていく。

 目の前がチカチカする。鼻の奥が痛い。顔面が放火中だ。


「ここでは着替えるのを手伝ってやるわけにはいかないしな。まぁ、そのうち慣れなきゃいけないんだ。いいショック療法じゃないか」


 横を歩いている沙良さんが、簡単に言ってのける。

 そんなに簡単に言われても、女子たちの着替えを平気な顔で直視できるほど、僕は菩薩ではない。

 それに、僕のクラスには、僕にとってもっとも着替えを見てはいけない対象がいる。

 だから余計に気が張り詰めて――


「煌ちゃん!」


「ひぃいいい来たぁあああ!」


 ほわほわと柔らかく、明るい声が背後からかかった。その声を耳にしただけで僕は卒倒しそうになった。


「なんでオバケを見たみたいな反応するの?」


「いや、ごめんなさい! なんていうか球技大会の前で緊張してますですよ!」


 声をかけられて無視するわけにはいかずに、僕は目をぐるぐるとまわした状態で、恐る恐る振り返った。

 ――よかった。保田さんはもう体操着に着替え終えていた。

 僕に笑顔を向けてくる保田さんの着替えを見られなかったことを後悔なんてしてないよ決して。


「煌ちゃんでも緊張するんだね。今日は一緒に頑張ろうね!」


「は、う、うん!」


 なんとか頷いて、僕はセーラー服の襟を持つ。

 初めての目隠し布なしで、着替えをしなければならない。

 しかも周囲にはクラスメイトの女子たちが着替え大開催中。しかも隣には保田さんがニコニコ。

 球技大会始まる前に、僕、心臓がもたずに死ぬんじゃなかろうか。

 ブルブルと震える手で、セーラー服の脇ジッパーを上げた。

 ええいもうどうにでもなれ、とがばり、と脱ぎ捨てた。

 沙良さんに朝装着してもらったブラジャーは黒でしたぁああ! なんとセクシーなぁあああ!!

 ピシャァアッ、と落雷にでもあったような衝撃に、僕は硬直して奮えたまま、自身の胸を見下ろす。

 しかもブラジャーからのぞく胸は、なんという盛り上がり方なんだ! 想像通りにクラスメイトの女子たちを超越している!

 ――べしっと後頭部を殴られて、僕は正気に返った。

 既に体操着に着替え終えていた沙良さんが、腕を組んで半眼で僕を睨んでいる。どうやら僕は、沙良さんにジャンピングツッコミをされたらしい。


「胸を凝視して固まってる場合じゃないぞキラリ。は、や、く、着替えろ」


 僕は沙良さんの迫力に、慌てて着替えを再開させた。やはり孫のあられもない姿を凝視されたのは気に入らなかった様子だ。沙良さんの恐ろしく鋭い眼を前に、僕はなるべく煌の身体を見ないようにしながら、やっと着替えを終えた。

 そして一つの山場を越えたと、ホッと一息つく間もない。すぐに女子バスケの一回戦会場となる体育館へと、行かねばならないのだ。

 バスケに出場する保田さんとクラスメイトの女子たち、応援側の他数名、そして沙良さんを引き連れて更衣室を出た僕は、走った。

 後ろについてきてる転校生の沙良さんは、女子たちに大人気で、囲まれて声をかけられまくっている。沙良さんも満更でもない様子で、既に女子たちと打ち解けている様子だ。

 体育館に到着すると、既に対戦クラスの女子たちはスタンバっていた。審判には僕らの担任熊沢じゃなくって駒沢先生がいる。


「遅いぞ2年A組! 早く整列しろ!」


 叱咤されて、バスケに出場するメンバーがコートの中心へと走っていく。

 沙良さんも一緒に走っていった。

 僕は応援側のみんなと一緒に、コートの端っこで立っていた。


「あれ? なんで沙良ちゃん?」


 バスケ出場メンバーの女子が戸惑いの声を上げている。


「煌、どうしたの? 沙良ちゃんじゃなくって煌が出場するんだよね?」


 僕はてへ、と笑顔で首を傾げておいた。

 そういえば、僕の代わりに沙良さんが出場してくれるのはありがたいけど、僕の活躍を期待するみんなには、どう言い訳すればいいんだ。


「心配ないぞ! 私は煌の従姉妹なんだ。キラリと同様、いやそれ以上の実力の持ち主と言っていい! それに折角二日間の短期留学に来たんだ。キラリが私に活躍の場を与えてくれたのさ!」


 沙良さんが言い放った言葉に、おぉ、とみんなが納得の声を上げた。

 完璧だ沙良さん。僕は拍手を送って沙良さんを抱き締めたい気分になった。本当に沙良さんは、ありがたい存在だ。

 そして、無事に試合開始のホイッスルが鳴った。

 試合がはじまる。

 ジャンプボールに立ったのは、沙良さんだった。出場メンバーの誰よりも背が低い沙良さんなのに、大丈夫なのだろうか。僕は応援側の女子たちと一緒に、ハラハラと見守る。

 駒沢先生がボールを垂直に上へと高く投げる。

 そして――


「はぁああああっ!!」


 沙良さんは、対戦相手より頭一つ分は高く、鮮やかにジャンプ。ボールをべしっとはたいた。

 ボールは保田さんの手の中へ。


「あさひ、パスだ!」


 なんという駿足。

 次の瞬間には、既にゴール下に移動していた沙良さんが、保田さんに向けて声を張り、手を上げていた。

 保田さんからのロングパスは、沙良さんの手の中へとおさまった。

 そして、芸術的に美しい、レイアップシュート。

 ボールはすとん、とゴールの中に吸い込まれていった。

 ――ここまでほんの数秒。

 保田さんと沙良さんをのぞく全員が、呆然自失状態で立ち尽くしていた。


「す、すごい!」


 わぁあ、と興奮で沸き立つ僕らのクラス。

 僕も素直に感動してしまった。沙良さん、すごく格好いい……!

 もう僕の出る幕なんてない。沙良さんがいれば、僕らのクラスは百人力だ。

 隣のコートでは、他のクラス同士でバレーの試合も始まっていた。後でバレーの出場もあるけれど、その時もきっと代わりに沙良さんが出てくれるだろう。もう僕に怖いものなんてない。

 本当によかった、安堵の息を吐き出した時。

 後ろから肩をポン、と叩かれて僕の心臓は跳ね上がった。

 観衆たちが試合に釘付け状態の中、僕は一人振り返る。


「よっ、大宮。なんで試合に出てないんだ?」


 友枝壱が、気付けば僕の後ろに立っていた。僕はどうでもいい奴の登場に、げんなりと緊張してしまっていた表情を崩す。


「沙良さんが出場するって言ったから任せてるんです。活躍見ました? すごいですよ、沙良さん」


 僕が自分のことのように自慢げに言っている間にも、沙良さんの快進撃は続いている。すばしっこくコート内を走り回り、次々にシュートを決めている。誰にも沙良さんを止められない。


「へーすごいな大宮の従姉妹」


「もちろんです! 友枝君は? 試合まだですか?」


「ああ、俺はまだ。せっかくだから大宮の華麗な姿を拝みに来たんだけど。残念だ、非常に残念だ。大宮の活躍見たかったなぁ」


 ドキリ、としてしまう。そういえば今回の球技大会で誰よりも僕を祭り上げてきたのは、この友枝だ。それだけ大宮煌の活躍を見たかったということだろうか。


「試合に出てないんだったら、ちょっと今からいいか? 試合に出るメンバーの割り振り確認をしてほしいんだけど」


「あ、うん」


 僕は頷き、歩き出した友枝の後をついて、体育館を出た。

 体育館の歓声が遠くなっていく。グラウンドの方ではサッカーの試合も始まっているだろうし、各会場で様々な球技が始まっている。寒い中でも球技大会のボルテージはどんどん上がっている状態だ。

 そういえば、なんでわざわざ外へと連れ出されてるんだろうか、僕。

 なんて今更に状況がおかしいことに気付く。

 ……気付いた時には、遅かった。

 いつの間にか体育館の横にある体育館倉庫に、僕は友枝と一緒に入っていた。

 ぴしゃり、と横に立つ友枝が倉庫の扉を閉めている。

 体育用具が置かれている薄暗い倉庫は、更に暗くなってしまう。


「あの? こんなとこになんの用事ですか友枝く――」


 ――唐突に、抱き締められた。


「好きだ大宮」


「はいいいぃ!?」


 な、な、な! 何が起こっているんだ! ぼ、ぼぼぼくは友枝に正面から強く抱き締められている意味がわからない!

 そのまま、押し倒されてしまった。

 どさり、と僕の身体がマットの上へと倒されて。

 覆いかぶさってくる友枝。


「知らなかっただろうけど、俺、ずっと大宮が好きだったんだぜ?」


 いやそれは多分みんなが知ってると思うけど!


「君の気持ちはわかりました! だけど! 順序が間違ってますよね!? とりあえず友枝君、離してくだ」


「だめだね。俺はもうガマンができねぇ」


「ぎゃあああああ!! そんな殺生なぁあああ!!」


 頭の中は嵐が吹き荒れていて、もう正常な思考回路ではない。

 この盛りのついた猿をどうすればいい! そんなにがっしりタイプではないけれど、女の身体の僕よりは体格のいい友枝をはねのけることすらできない。

 腕を掴んで押してみても、ビクともしなかった。


「本当に最近の大宮は反応が可愛いなぁ。まるで別人みたいだ」


 もうだめだ! 友枝の目、なんかとろんとしておかしい!

 僕の声を聞き入れるつもりもなさそうだし、このままじゃ男に犯される嫌すぎるうぅう!

 パニックで視界がぐらぐらしている。涙で目の前が霞んでいる。

 そして友枝の顔がゆっくりと近付いてきて……


「なーんてな」


 耳元で、友枝が囁いた。


「……え?」


 僕の見上げている友枝の表情が、スッと真剣なものに変化していた。


「お前さ、大宮煌じゃないだろ」


 ……は?


「誰か違う人間が、大宮煌のフリをしてる。……お前、何者だ?」


 ――は? は? はぁあああっ!?





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