第三話 期待の新星☆美少女清掃員①
第三話は新規執筆の、完全に追加エピソードです。
色々やりたいことやりたい放題かもしれません。
グダグダになってしまったらごめんなさい!
そしてどんどん話が長くなっていく……!
『美少女清掃員の心得その二。』
『命の危機に晒された時、美少女清掃員は生存本能が働き、健全な肉体と入れ替わる能力を使えます。しかしあなたはもう元には戻れません。そしてこの能力は、美少女清掃員の最大禁忌です。決して、決して使わないでください』
僕はこれまでに何度も繰り返し読んだ手帳のページへと目を落とし、溜め息を吐く。
死にそうになっている大宮煌が、この能力を使って内倉永久と肉体を入れ替えたということは、理解できる。現実、僕は大宮煌になってしまったのだから。
他のページをめくってみても、入れ替わりのことについての表記はそこにしか書いていない。情報が少なすぎる。しかしやっぱりここに書いてある通り、入れ替わったらもう決して元には戻れないんだろうか。
「限界なんです!」
僕は元に戻りたい。男として生きてきたんだ。たとえ大宮煌が完璧美少女だろうと、これから一生大宮煌の身体でいることなんてごめんだ。
何か、何か方法があるはず。
なくたって僕が作ってやる。絶対元に戻るんだ、絶対、絶対絶対絶対僕は元に戻らなきゃいけない。
「……で、元に戻りたいから、ボクに協力しろって?」
僕が強く言い放った先には、トワがベッドに腰掛けている。
トワに向けて大きく頷き、開いていた手帳のページを見せた。
「沙良さんに何度聞いても、入れ替わり能力のことには言葉を濁すばっかりなんです。でも探せば何か方法はあるはずです!」
ここはトワの部屋だ。元内倉永久の部屋、とでも言うんだろうか。
冬休みが近くなってきた今日この頃。恒例となっている、放課後お勉強会の時間。僕はいつも通りセーラー服のままでここへとやってきて、部屋に入った。さぁお勉強の開始だ、という状況になって、ずっと押し黙っていた口を開いた。
元に戻りたいから、一緒に方法を探そう、と。
真剣で切実な僕の眼差しの前で、トワは表情一つ崩さずにいる。
「いい加減諦めたら? 手帳に書いてあるんなら、もう無理なんだよ」
「でも、でも」
「しつこい。何を躍起になってるの? キミ、あさひと密会なんかして大宮煌の身体で青春を謳歌してるじゃないか。楽しそうなんだから問題ないでしょう?」
ぴしゃり、と遮ってきたトワの辛らつな言葉に僕は固まった。
なんで知ってるんだ。
数日前に僕が保田さんと二人で出かけたことは、トワには秘密にしていた。
あの日のことを思い出す度に、僕の胸は熱くなる。
保田あさひが僕と同じで美少女清掃員だってわかって、その彼女を守る為に戦った。怪我をした保田さんは仕方なくすぐに家に帰っちゃったけど、僕にとっては二人で過ごしたすごく、すごく貴重な思い出の一ページだ。
美少女清掃員の保田さんも可愛かったなぁ……
天真爛漫な笑顔を思い出す度、僕の顔は緩んでしま
「って問題アリアリなんです! だって僕は女の子として保田さんと一緒にいたいわけじゃないですし!」
「つまり、男として彼女と付き合いたいと?」
「い、いやそんな恐れ多いことは思ってないことはないですけど」
「どっちだよ」
「だ、大体トワはなんで彼女が美少女清掃員だって黙ってたんですか!? 知ってたんですよね!? 保田さんは僕が美少女清掃員の姿になってても全然驚いてなかったし!」
「黙ってたっていうか、話す機会がなかっただけだよ」
それで済まされる問題なのだろうか。簡単に言ってのけるトワの飄々とした態度は相変わらずで、いつも僕ばかりが必死だ。
保田さんが美少女清掃員だって知った時の僕の衝撃を、半分くらいわけてやりたい。
そこまで考えて、ハッと僕は表情を強張らせた。
「ま、まさかまさか保田さんって大宮煌と内倉永久が入れ替わってることを知ってる、とかないですよね!?」
「ううん。話してない」
トワはあっさりと首を振ってきた。僕はほっと胸を撫で下ろす。
保田さんも美少女清掃員ということは、入れ替わり能力については知ってるはずだ。もしかして僕が本物の大宮煌じゃないとバレていたとしたら、すごく気まずすぎる。ますます保田さんに合わせる顔がない。
「その手帳に書いてある通り、入れ替わりの能力はタブーなんだよ。バレたら色々まずいことになる。特にあさひには」
「なんで保田さんにバレるとまずいんですか?」
「彼女の家系は清掃員の研究機関なんだ。入れ替わったことがバレたらボクらは人体実験でバラバラにされる」
「えええ!?」
「嘘」
「嘘ですか!」
再び胸を撫で下ろした。本気でバラバラにされることを想像して、青ざめてしまったじゃないか。
「まぁそうじゃなくても入れ替わってることはおばあちゃん以外には知られたくない。面倒なことになりそうだし」
僕もそれには同意だ。強く何度も頷いた。たとえば僕の姉に入れ替わってることがばれたりしたら、一体どんな恐ろしい事態が待ち受けているか分からない。
トワが立ち上がって、僕に歩み寄ってきた。
僕は反射的におどおどとしてしまい、近くなったトワを見上げる。
「キミはあさひが好きだから、このままじゃ嫌なんだよね?」
トワが優しい声音で問いかけてきた。そんなにはっきり保田さんが好きとか言われてしまうと、頬が熱くなる。
それでも僕は、こくん、と頷いた。
「あさひと手を繋いで一緒に歩いたりとか、デートしたりとか、抱き締めて髪を撫でてみたりとか、キスしたりとか、部屋に連れ込んでそれ以上のことだってしたいとか思ってるんだね」
淡々と言ってくるトワの言葉で、僕はどんどん真っ赤になっていく。耳まで炎上中だ。そして僕の頭の中は無意識に保田さんとの妄想暴走モードスタートポワポワ状態でヨダレデタ。
「何も問題ないじゃないか」
さっとハンカチを差し出してきたトワ。僕は無言でそれを受け取り、涎を拭く。
「大宮煌の身体でも出来ることばかりだ」
トワは、満面の笑顔で言い放ってきた。
「何その素敵な百合展開」
僕は床に四肢をつき、打ちひしがれた。
予想はしていたけど、元に戻りたいとトワに迫っても無駄だった。トワは僕とは違って、運命を受け入れてしまっている。
「こうなったら百合展開でもなんでも構わないんですけどね! それだけじゃなくて! 僕は絶対に元に戻らなきゃいけない理由があるんですよぉおお!!」
僕は床にばしばし拳を打ちつけ、想いのたけを吐き出す。
「なんで?」
なんでこんなにテンションに差があるんだろうか。トワが慌てることって、あるのだろうか。僕は顔を上げて、キッとトワを睨みあげた。
「だって、だって来週は球技大会があるんですよぉ!?」
「は? そんな理由で?」
「ぼ、僕にとってはとてつもない大事なんです!!」
僕は立ち上がり、トワへとずんずん迫った。
星霜高校毎年恒例の球技大会は、来週開催される。我が校伝統行事の球技大会は、二日間にわたって毎年異様な盛り上がりを見せる。
僕が大宮煌として出る試合は女子部門のバスケ、バレー、ソフトボール、卓球。多すぎ。
クラス委員長として出場選手の割り振りを決める際、クラスメイトたちに祭り上げられた結果そんなことになってしまった。僕らのクラス、期待の星。それが大宮煌だ。
納得はできる。去年の球技大会で一番の輝きを見せていたのは、大宮煌だったからだ。
大宮煌はそのクラスの女子部門を全優勝へと導いた。
僕はそんな彼女を遠くから眩しい目で見ていた記憶がある。
……だからね。そんな超人並の彼女の活躍を知ってる全校生徒たちの前で、僕が大宮煌として活躍……できるわけないじゃないかぁあ!
「僕は、僕はぁっプレッシャーで押しつぶされてしまいますぅぅ。もう登校拒否するぅ。世を儚んで死ぬぅぅ」
限界を迎えた僕は涙で頬を濡らした。そんな僕の頭をトワが撫でてきた。
「まあまあ。そんなメソメソ泣かないで。そういえばキミ、みんなにそりゃあもうすごくすっごく期待されてたもんね。大して活躍できなかったら、みんな果てしなくがっかりするだろうね。ボクは男だから何も手伝えないし、困ったねアハハ」
全然顔が困ってない。トワは意地悪だ、意地悪だ、意地悪だ。
打ちひしがれて泣き続けていると、トワが息を深く吐き出した。
「わかったよ。元に戻ることに関しては何も手伝えないけど、球技大会は協力してあげる」
優しげに言ってくるトワ。
「たた助けてくれるんですか……?」
「もちろん。だって、ボクらは運命共同体じゃないか」
「ありがとうトワ!!」
よかった、球技大会に希望が見えてきた! トワが協力してくれたらきっと、なんとかなるはず! 僕はぱぁっと笑顔になっていく。
「……キミ、詐欺にあいやすいとか言われたことない?」
トワが具体的にどういう協力をしてくれるのかは聞き出せないまま――球技大会当日。
お腹痛いし熱がある気がするしやっぱり休もうと、ベッドにしがみついていた僕は無理矢理に沙良さんに引き剥がされた。
えぐえぐと泣く僕を着替えさせ、沙良さんはいつも通りにセーラー服の肩襟をぽんぽん、と叩いてくれた。この動作は結構僕に安心感を与えてくれていたりしている。
沙良さんはすごく頼りになるおばあさんだ。今の僕にとって、一番の味方でもあると信じている。
目隠しの布を外して、沙良さんを振り返った。
「行ってらっしゃい。頑張ってな」
目尻の皺を深めて言ってきた沙良さんに、こくり、と僕は頷き、学校へと向かった。
もうここまで来たら腹を決めるしかない。と、いつもより更に重い足取りで、星霜高校の門を潜った。
教室までの道のりが、遠く感じた。いっそ教室にたどり着かないで、途中で異世界に迷い込んでしまうなんて展開が待ってやしないだろうか。なんて、現実逃避の妄想を巡らせつつ、教室のスライドドアを開いた。
「あ、煌来た来た!」
「おう大宮! 今日は頑張ろうな!」
僕の登場に、わっと華やぐクラスメイトたちの顔。僕はそんなクラスメイトたちの笑顔に、頬を引き攣らせた愛想笑いで手を振った。
自分の席へと座り、俯きがちに、ちらり、とトワの席へと目を移した。
トワはもう登校してきて、地味に読書をしてた。僕の登場にもどこ吹く風状態だ。
ほんとに、ほんとになんとかしてくれるんだよね!? あの言葉に嘘はなかったんだよね!? 信じていいんだよね!? と視線で訴えてみても、全くこちらを見ようともしない。
……もう、ダメかもしれない、僕。
クラスメイトたちの労いの声を遠くに聞きながら、僕の意識は薄れかけていた。彼岸への道をまっしぐらだ。
……気付けば、朝のホームルームの時間になっていた。
どこまで意識が飛んでいたのだろうか僕は。
ざわざわと落ち着かない教室内。
教壇にはいつの間にか担任教師が立っていた。
横には転校生が立っていた。
「え?」
なんだこの状況は。
球技大会当日に、知らない女の子が教師の横に立っている。
「えーおはようみんな! 聞いてくれ! 突然だが、海外から来た二日間だけの超短期留学生を紹介する」
熊のようにいかつい僕らの担任教師、駒沢先生が口を開いた。
隣に立つ転校生の女の子は、高校二年生には見えない小柄な幼児体型ながら、背筋をぴん、と伸ばして威厳を見せている。
凛として整っているけれど、可愛らしく幼い顔立ち。そして腰まで伸びる、サラリとした銀色の髪を後ろで一つに束ねている。
僕はその女の子をまじまじと見入って、その目を大きく見開いていく。
「大宮の家にホームステイをしている従姉妹だそうだ。色々大宮に任せておけばいいな。ほら、自己紹介だぞ」
教師に促されて、その女の子は一歩前へと出た。
「大宮沙良だ。短い期間ですけど、どうかみんなよろしく頼むぞ」
耳に覚えのあるすぎる、ハスキーボイスの後、一礼。
「ハァアアアア!? 沙良さあああああぁん!?」
僕は絶叫し、がたんっと椅子を倒して思い切り後ろに、転がっていった。