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第二話 恋する☆美少女清掃員⑤

「嘘だ」


 もう一回言った。

 ざざん、と防波堤に打ち付けてきた波の音が続いて響く。冷たい風が強く吹いてきて、潮の匂いを感じた。

 少し歩いて行けば出来たばかりの水族館に、人は溢れかえっているはずだ。けれど倉庫の建ち並ぶ休日の港には、見渡す限りに人気はない。転がるサメガタのリフューズと、美少女清掃員が二人、以外は。

 僕が座り込んだ状態で口をぱくぱくとさせていると、保田さんが僕を振り返り、にっこりと口の端を上げた。

 それはいつも見る保田さんの柔らかな笑顔。やはり、目の前に立つ美少女清掃員が幻ではない、と思い知る。


「この区画はわたしの受け持ちだから。わたしがなんとかするから。もう、大丈夫」


 保田さんは強い声音で言って、再び前を見た。

 僕から見える保田さんの横顔は、自身が蹴り飛ばしたリフューズを見据えている。口を真一文字に結び、力強い眼の中に光が宿っているのが見えた。それはトワの瞳の中に見た光と同じ。

 やっぱり、彼女も美少女清掃員なんだ。誰も知らない異形の化け物と戦う、女の子。

 そういえばトワが言いかけていた言葉を思い出す。清掃員には、受け持ち区画があるとか。

 ここは僕がリフューズと戦わなければいけない区画ではなくて、保田さんが美少女清掃員として戦う区画、ということか。

 リフューズがショック状態から立ち直ったのか、蠢きながら雄叫びを上げた。ビリビリと鼓膜が震える。


「――来る! 煌ちゃんさがって!」


 保田さんの鋭い声が飛び、僕は急いで立ち上がった。命令のまま、保田さんの背後までさがった。

 サメガタがこちらに向かって来ている!

 それは視認が困難なほどの、電光石火の襲撃。

 保田さんはその速度に臆することなく、ゼロ距離まで詰めて来たサメガタに、回し蹴りを放った。保田さんの小さな体躯のどこにそんなパワーが秘められているのか、蹴りが黒いリフューズにめり込む。

 衝撃にリフューズが再び地を滑っていった。

 ――強い。

 僕はその数秒の立ち回りを棒立ちのまま観察し、知った。彼女、滅茶苦茶強い。

 迅速に、保田さんは体勢を整えた。彼女の背中には全く隙が感じられない。

 僕がまるで敵わなかった相手を、すぐにでもやっつけてしまいそうな勢いだ。

 けど、相手も強い。保田さんの攻撃のダメージをものともせず、跳んだ。まさかサメが跳ぶなんて想像してなかった僕は、愕然と空を仰ぐ。


「保田さん、上!」


 僕は咄嗟に叫んで、


「きら――」


 保田さんは、あんなに強かった瞳に翳りを帯びて、僕の方に目を移してしまった。

 しまった、余計なことを。

 思った時には遅かった。

 一瞬の隙。凄まじい跳躍力で保田さんへと一気に距離を詰めてきた、サメガタからの体当たり。


「きゃぁああっ」


 サメガタからの激突に、保田さんの身体が耐えられず吹き飛ばされ、地面に転がる。

 アスファルトで頬をガリガリと擦りむいたのが目に飛び込んでくる。頬から流れる、赤い血。

 その倒れた保田さんの身体に、更にサメガタが覆いかぶさっていき。


 ――ぷつり、と僕の中の何かが音をたてた。


「っ、うあああああ!!」


 血が沸騰するような昂ぶりに、叫び、疾走した。

 身体の底から湧き上がる、何か。


「キラキラモップ!」


 叫ぶ。地面に落ちていた筈の僕の武器は、何もない空間から再び、生み出した。

 強く、握り締める。目の前がぐらぐらと歪んで見えた。

 前へ、もっと前へ!

 気付けば一瞬で、僕はリフューズの前へとたどりついていた。


「お前は僕のあさひに何してんだよぉおっ!」


 猛る気持ちのまま、モップをサメガタへと振りかぶる。サメガタは殺気を感じ取ったのか、紙一重で身を捩らせた。

 モップの毛束が地面を叩く。飛び散る光の粒子。降りかかったサメガタは僅かに後退した。自然に出る舌打ち。避けられたって、何度でもやってやる。僕は歯を食いしばり、サメガタと対峙した。もう油断なんてしない。


「あさひには、指一本触れさせやしない!」


 僕は言い放ち、同時にサメガタの目前へと迫る。


「だぁああああぁ!!」


 サメガタへとモップを思い切り、薙ぎ払った。洗い流すように、光が横に流れていく。

 その光に巻き込まれて、異形は一瞬で掻き消えた。

 反撃も悲鳴すら何一つ与えることなく。


「清掃――完了」


 僕が言い放ち、全てが日常へと、戻る。

 荒い息を吐き出して保田さんを振り返った。

 保田さんは身を起こし、呆然と僕を見ていた。目が合う。


「煌ちゃん、すごい……あんな速度でリフューズを消しちゃえるなんて。でも、あの、僕のあさひって……」


「――あ」


 僕はようやく、正気に返った。顔から火、噴いてる、絶対。


「あああああ、あれはその、なんというか、言葉のあやと言いますか!」


 頬に擦りむいた傷と、白い作業着を薄汚れさせた少女は立ち上がる。

 その姿が私服へと戻り、髪色も髪型も日常のものとなる。僕にも同様の現象が起こっている。改めて不思議に思う。変身時、保田さんなんか桃色の上に髪の毛長くなっていた。どういう仕組みなのだろうか。なんて思考の現実逃避をしてみても、言ってしまった言葉は消えない。

 恥ずかしさのあまり、目が潤んでいる僕に向かって。


「すっごく、嬉しかった」


 にっこり、と。

 満面の笑みを浮かべた保田さんを見て、僕の胸がかぁっと熱くなっていく。

 いつだったか沙良さんに言われた言葉が脳裏をよぎっていた。


『恋する気持ちは人を強くする。美少女清掃員の心得だよ。手帳にも書いてあるから後で確認しときな』


 もちろん、すぐに手帳を開いて読んでみた。


『美少女清掃員の心得その一。』


 ぱらり、と次のページをめくると飛び込んできた文字。 


『想いの強さが、美少女清掃員を強くします。恋する相手を想う気持ち、それが美少女清掃員のパワーとなりますよ! 相手への気持ちが強ければ強いほど、それはもう無限大です! 空だって飛べるはず!』


 ……さすがに空は飛べなかったけど。

 今なら手帳に書かれていた意味が分かる。

 僕は、大好きな女の子を守る為だったら――

 どこまでも限りなく、強くなれる。





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