冤罪で断罪されかけた王女は本来ヒロインだった
※かなりのご都合主義
※合わなかった方は何も語らず記憶から削除して去ってください
アリエッタ・ホレビオは何故か今、卒業パーティーで断罪なるものをされている。
罪状は王太子殿下の婚約者ジュリアナ・ミルトレス公爵令嬢への加害や学園の風紀を乱す過剰な異性との接触行為など。
ホレビオ子爵家の娘として王立学園に二年通っていた。
確かに多くの令息と話すことはあったが、同様に令嬢とも交流をしていた。
そして、公爵令嬢への加害などこれっぽっちもした覚えがない。
だと言うのに、何故か存在する証拠とやらに、アリエッタは「こいつら、頭大丈夫か?」とそればかりを考えていた。
尤も、彼らのそんな断罪はあっさりと潰えたのだが。
「わたくしにはさっぱり覚えがございません。外交問題となりますので、我が国の外交担当を交えてお話しましょう」
◇◇◇
ここはとある乙女ゲームを舞台にした世界であり、被害者とされる公爵令嬢は転生者でその知識があった。
ゲームのヒロインはアリエッタなのだが、ジュリアナは有していた知識を駆使してヒロインが登場するよりも早くに攻略対象者と接触し攻略。そしてヒロインを徹底的に叩き潰そうとしたのだ。
だが、転生者はジュリアナだけではなかった。
ヒロインのアリエッタではない。アリエッタに近いものが転生者で、同じように知識を持っていたのだ。
アリエッタよりも、ジュリアナよりも前に生まれていたその転生者は未来を変えるために動いていた。
それにより、乙女ゲームの世界はとっくに狂っていたのだが、あまりにも前提が違いすぎてジュリアナは気づけなかった。そのため、彼女が狙っていた断罪は失敗したのである。
では何が違うのかといえば。
「わたくしはこの学園には伯父のホレビオ子爵の家名で通っておりましたが、現在の身分は隣国であるサルダス王国の王女です。尤も、王族の血を引いていない名ばかりの王女ではありますが。現国王陛下の養子にはなっていますので、王女には間違いございません。ですので、私への不当な断罪に対して、わたくしは異議申し立てを致しますわ」
その身分であった。
◇◇◇
アリエッタは元々この国レロゾン王国の子爵家に生まれたのだが、アリエッタが一歳になる頃に父が亡くなった。
男子にしか継承権が無いため、父の弟が跡を継ぐ事になり、アリエッタと母のマリアーネは実家に帰る手筈になっていた。
仕方ない事ではあるし、円満に話し合いが終わったお陰で蟠りはない。
しかし、実家には母の兄夫婦が暮らしているし、決して裕福でも無かった。
そこでマリアーネは幼いアリエッタを連れてサルダス王国の友人を頼り仕事を紹介してもらうことにした。
持参金は返還してもらったので当面は生活が出来ても、継続は無理だとマリアーネは判断していた。
その友人というのが、サルダス王国の王太子妃カサンドラ。身分を超えた友誼を結んでいた事もあり、使用人として雇って貰えないだろうかと頼みに行ったのだ。
そしてそこで王太子と顔を合わせ、王太子がマリアーネに一目惚れをした。
アリエッタは大変に可愛らしい顔立ちの娘だが、それは母によく似ているからで、マリアーネもまた年齢よりも遥かに若く見える上、可愛い顔をしていた。
カサンドラとしてはいずれ夫が側室を持つことは了承していたものの、結婚するまでに散々に煮え湯を飲ませてきた令嬢が側室になるのは許しがたかった。
ある程度の子供の数を確保する為の側室なので、貴族であれば問題がない。
カサンドラとしては親友が側室になってくれるのであればこれ以上ないほど頼もしかった。しかも、アリエッタを産んでいるので妊娠するかどうかの不安はない。
マリアーネと夫は政略結婚でしかなく、しかも男子を産めなかったことでなじられた経験もあるので愛などはなかったのだが、だからと言って簡単に頷けるものでもなかった。
アリエッタはどうなるのか、という話である。
サルダス王国はそういった点では歴史として実績があった。
王位継承権は与えられないが、王族の養子となり王女の身分が与えられるのだという。
王太子とカサンドラ、二人の熱烈なアピールに最後は負けてしまったマリアーネは側室となり、アリエッタも王女となった。
身分などから妾が妥当なのでは、とマリアーネは説得したのだが、カサンドラはならば身分を合わせれば良いと王家に都合の良い家にマリアーネを養女とするよう手配までしたのだ。
カサンドラが既に王子を産んでいたことも大きい。三歳年上の王子は突然出来た血の繋がりのない妹を大変に気に入った。
王太子の一目惚れが原因だが、正室のカサンドラが認めたというのもある。
マリアーネは後宮に入って後、三人の王子を産んだ。
後継者争いは国を乱すから、とカサンドラが産んだ王子こそが次期国王で、自分が産んだ子供はあくまでも万が一王子に何かあった時の為のスペアでしかない、という立場を変えることは無かった。
子供達もそれをよく理解していたし、そもそもそんな責任の重すぎる地位につきたいなどこれっぽっちも考えていなかった。
国王が生前退位し、王太子が即位した事でカサンドラの息子が立太子し、マリアーネの産んだ息子達は「やったー!自由だー!」とはっちゃけたりもしたが、かなり仲の良い王妃と側室の関係を維持していた。
マリアーネが常にカサンドラを立てていたのも大きいだろう。
そもそも、カサンドラは一人子供を産んだだけで限界だった。王族の血を残せと言われても、王妃としての仕事は山積みである。
そこに来て夫が親友のマリアーネに惚れたのはまさに幸運だった。
マリアーネも始めこそ遠慮していたし、カサンドラの事を気遣っていた。
しかし、カサンドラからしたら出産という苦行の肩代わりをさせてしまうことにはなるが、親友がいてくれるのは心強かった。
それに、マリアーネは語学に長けていて文字も美しいので代筆を積極的に引き受けてくれたのもカサンドラにとってはありがたい話であった。
歴代を見てもここまで円満な正室と側室がいるだろうか、というくらいには仲が良い二人。当然子供達も仲が良かった。
唯一血の繋がりのないアリエッタに対しても、国王や王妃となったカサンドラは大変かわいがってくれた。
アリエッタは実の父親のことを覚えてはいない。
母のマリアーネは義父母達とは良好な関係だったが、夫とは致命的な程に相性が悪かった。
一応母国で実父は病死となっている。しかし実際は愛人に殺されたのだ。母と結婚する前から囲っていた平民の愛人は、実父を永遠に自分のものにする為に平民でも手に入れられる毒草を使って殺したのだ。
マリアーネから話を聞いたアリエッタは真実を知って驚いたが、それだけだった。
必死に隠したお陰で真実が世間に露呈することは無かったが、父方の祖父母はマリアーネに申し訳ないと何度も謝っていたらしい。
何故アリエッタにそんな話をしたのかと言うと、アリエッタが母の母国レロゾンにある学園に入学する事になったからである。
アリエッタは一歳の頃からサルダス王国で暮らしているし、サルダス王国に骨を埋める気でいるのだが、学生として学園に通える年齢であるということはある程度自由に動ける貴重な時期とも言える。
国内でアリエッタの事はよく知られているが、レロゾン王国でアリエッタの顔は知られていない。
王族の血を引いていない王女はそこまで重要視されないのもあり、様々な制約はあるものの、母の実家ホレビオ子爵家の娘として入学する事となった。
そのお陰で父方の祖父母の家にも行けるようになり、同じ歳の従兄とも初めて会うことができた。
当然、彼らはアリエッタの立場を理解している。
ホレビオ子爵家の方の従弟は三歳も下で学園には入学出来ないので、父方のチェロバ子爵家の従兄マーリオが従者代わりに付いていた。
立派な後継者を従者扱いして良いのかとも思ったけれど、マーリオとしても下心があるから気にしないでくれと言われた。
アリエッタは国王や王妃に大変気に入られているし、王太子も同様である。ここでアリエッタをしっかりと支える事が出来れば、サルダスの王族との繋がりが出来るのだ。まあ、実際にアリエッタとは血縁関係なのだけれど。
その点も当然両者ともに承知の上である。
学園に入学してからアリエッタはマーリオと行動を共にしていた。マーリオの婚約者にも事情説明はされている。そうでなければ傍目には不貞関係に見えるからだ。
マーリオの婚約者ユリナは大変出来た女性で、これまで交流も無かった従妹が自分の婚約者を従者として連れ回すならば、侍女代わりに私がつきますと言ったのだ。
生まれてすぐの頃ならいざ知らず、母が側室となってからは王女としての生活をしていたアリエッタは下位貴族の令嬢らしい振る舞いが分からなかったので、ユリナがそばに居てくれることは大変にありがたい話であった。
アリエッタがサルダス王国の王族としてではなく、レロゾンの貴族の関係者として通うとしても、レロゾンの王家に話を通しておくのは当然のこと。
国王夫妻と第二王子、第一王女とはきちんと挨拶をした。
しかし、その場に第一王子は居なかった。
彼はその日、前以てサルダス王国の王女が挨拶に来ると聞いていたのだけれど、婚約者が呼んだからとそちらに行ってしまっていたのだ。
アリエッタとしては別に無理に関わるつもりはないし、卒業すればそれで終わりの関係だ。
学園には敢えて下位貴族で構成されているクラスに入る予定だったので、関わる事は無いと判断してその無礼を許した。
血の繋がりはなくとも、王家の名を持つからにはそれ相応の振る舞いをするのは当然である。
学園でアリエッタは自由な暮らしを満喫していた。
授業に関しては何の問題もなく、将来的に文官や女官を目指す者達の為に成績を程々に抑えていた。
貴重な上位枠を、正体を隠しているとはいえ他国の王女が奪うのは問題だろうと思ったのだ。
だから、高位貴族クラスの上位者に文官や女官になるはずも無い人々の名を見つけた時には驚いたものだ。
学園での成績上位者は王宮勤めへの推薦がある。年間を通しての成績が見られる為、サルダス王国の学園では王族や後継者などは計算して高得点を取らないようにするものだと教わっていた。
不思議に思ってマーリオとユリナに問えば、アリエッタの考えが一般的なのだけれど、となんとも歯切れの悪い答え。
ジュリアナは幼い頃から優秀さをひけらかす傾向にあったという。
更に、婚約者の王太子のみならず、その学友とも親しいのだとか。
未来の側近候補たちはジュリアナに心酔しており婚約者がいない。
「それは、大変ね」
将来、国の中枢に食い込むような立場の令息に婚約者がいないというのは些か問題が生じる。
後継者の問題もそうだけれど、男性には男性の、女性には女性の社交がある。
政治の中枢は男でも、それを支えるのは妻になる女性だ。若い頃から婚約をするのはその時から地盤を作って置くことで将来を見据えるのだけれど。
それに、未来の王太子妃が不特定の男性と親しいという噂が出ること自体おかしいのだ。
王族に嫁ぐには純潔は当然ながら、異性関係だって厳しく確認される。
サルダス王国の王子達には婚約者はいないが、近付く令嬢達は異性関係をとことん調べられる。
不義の子を王家に交える訳には行かないのだ。
それを知るアリエッタにとってジュリアナの行動は異常としか思えなかった。
婚姻後、王太子と初夜を済ませてしまえば誰と閨を共にしても分からなくなる。
疑惑の種を持つこと自体、本来は許されない。
そこでふと、アリエッタは気付いた。
王太子が王太子であり続ける保証は無いのだと。行動全てを見られているはずだ。特に王太子とその婚約者は隠密部隊を使って確認させているはずである。
アリエッタにも三名の影が交代でついている。これは護衛であり、サルダス国王への報告の為だろうが。
「まあ、わたくしには関係ないわね。マーリオ様、ユリナ様。今日はノルド子爵令息と約束をしているの。頼むわね」
「ええ。お任せ下さい」
「かしこまりました」
アリエッタは学園で商会を有している家の子供達と接触をしていた。
サルダス王国でアリエッタは母マリアーネとささやかな商売をしていた。その商品の売り込みの為である。
令息や令嬢に声を掛けたのは、そこから親に繋ぎを作ってもらう為である。
本格的な商売ともなれば身分を隠している訳にはいかないが、それを知るのは商会長の大人であり、アリエッタの秘密は二年間露呈することはなかった。
アリエッタは異性と二人きりになることは無かった。
従兄のマーリオとですら例外ではなく、常にユリナがそばに居た。
傍から見れば婚約者同士の間に割り込む女という風に見えていたかもしれないが、アリエッタとユリナの仲が大変良いので横恋慕しているとは思われなかった。
アリエッタの行動は全て影によって記録されている。いつ、どこで、誰といて、どんな会話をしているのかすら全てを詳細に。
流石に入浴と不浄だけは避けてもらっているが、入浴時は侍女が把握している。
特に異国に来ているので国王と王妃は気にしていた。母は「何とかなるわよ~」と気楽にしていたのに。
なので、卒業パーティでの断罪は全て冤罪だと断言出来た。
◇◇◇
関係者だけが移動し、残りの学生達は引き続き卒業パーティを楽しんでいる。馬鹿たちの所為で台無しにする訳にはいかないのだ。
巻き込まれたマーリオとユリナには申し訳ないけれど、アリエッタの名前で出来る限りの便宜をはかるつもりだ。
「さて。そちらの公爵家のご令嬢。わたくしに加害されたとか、散々な事をおっしゃってましたが。いつ、わたくしが貴方と対面しましたの?」
ユリナから手渡された扇子を広げて問い掛ける。
この場には重鎮達が揃っていた。
レロゾン王国からは国王夫妻、宰相、外務卿、そしてアリエッタを糾弾し断罪しようとした者達の親が。
サルダス王国からは外交官。
それと、アリエッタの父方の叔父夫妻と母方の伯父夫妻が同席している。
まず、話の始まりにアリエッタがどのような生まれで立場であるか、というのが外交官より語られた。
レロゾン王国の貴族の生まれから、サルダス王国の王女になった事を知る者はほとんどいなかった。
「わたくしは継承権はなくとも王女ですから、レロゾンから監視役がついていたはずですよね?」
「ああ。アリエッタ王女が側室殿の実家の名で通うと聞いていたからな。安全の為に正体を隠して潜ませておいた」
「わたくしが彼女と接した回数は?」
「ないな」
積み上げられた報告書を国王は一応目を通していたのだろう。まあ、サルダス国王が喧しいことになるからだろうが。
「何をもってわたくしを標的にしたのかは分かりませんが、不純異性交遊でしたか?それは貴方でしょう?はしたない。男を侍らせてそれで王家に嫁ごうなど恥知らずに言われたくはないわ」
「なんですって!?」
「わたくしは商売の為に商会を営む方に繋ぎを取ってもらっていただけよ」
「じゃあ、そこの男は何なのよ!」
「従兄よ。先程も説明したのに理解していないの?程度が知れるわね」
仮にも他国の王女に対しての態度ではないはずなのに、ジュリアナはアリエッタに対して無礼を繰り返す。
「これ以上わたくしに対しての無礼は見過ごせませんわよ、レロゾン国王」
「すまぬ。ミルトレス公爵」
「申し訳ございません、王女殿下」
「許しませんわよ?その方、わたくしに対して悪いと思っていないもの。見なさい、睨み付けて。反省もないのに親が謝って終わり、なんてことにはしないわ。わたくしにはサルダス王家の名がついているのだもの」
侮辱されて謝られて終わりに出来る立場ではない。
顔面蒼白のミルトレス公爵はサルダス王国の国王と王妃が溺愛している血の繋がりのない王女の話を知っているようだった。
冤罪で断罪する、という時点で開戦の宣言をしてもおかしくないくらいにアリエッタは可愛がられている。
アリエッタ自身は何故そこまで?と疑問に思うけれど、側室となった母は苦笑するだけだった。
「それと、そこにいる王太子殿下もわたくしに対してありもしない罪を掛けてましたが、一向に謝罪がございませんわね。わたくしはこの国の臣下では無いと説明した時点で頭を下げるべきでは?」
王族が臣下に頭を下げないのは当然のことだ。
だが、アリエッタはこの国に生まれたが、現在は他国の王女。
過ちに対して謝罪せねばならないと言うことをどうやら理解していない。
「申し上げておきますが、わたくしが陳腐な断罪をされた瞬間、わたくしに付けられていた影はサルダス王国に報告に走っていますわ。そうでしょう?ボレッティ外交官」
「はい、殿下」
サルダス王国とレロゾン王国では国力が違うが、最大の違いは軍事力である。
最強と名高いレンドール・ニルヴァ率いる第二騎士団の中の精鋭がこの二年、国境付近に交代で滞在している。
アリエッタの為だと言うのだから呆れるし、過保護すぎると思っている。
仮に開戦となれば、間違いなく第二騎士団による一方的な制圧になるくらいの過剰戦力だ。
「まあ、謝罪はもう不要です。わたくしが口を出す事ではありませんが、レロゾン国王。もう少し常識を教えるべきでしたわね。王太子といい、そこの令嬢といい、側近候補といい、学園で上位成績を独占していたのですよ?」
「それの何が悪いのよ!?優秀な人間だと証明出来てるじゃない!」
「愚かね。王族や家の跡取りなど、将来が決まっている者は成績の上位を取ってはならないのよ。王宮で働く文官や女官が推薦を得られるようにする為に。成績という目に見える形が必要なのよ。その貴重な枠を貴方たちは潰したのよ。推薦を出すのも全部決められているはずよ。上位何位以内、と」
サルダス王国ではそう定められている。
就職に関係の無い者たちは、解答欄ではなく余白に正解を記入する。採点されるのは解答欄なので点数はそこを見るが、知識があるかどうかの判断は余白部分で行う。
それが配慮である。手間のかかることだけれど、優秀な人材の発掘をするのが学園の目的の一つなのだから。
「貴方のはただの自己顕示欲でしょう?『私はこれだけ優秀なのよ!見なさい!』という」
ここにいる大人達は過去に経験しているからだろう、気まずそうながらもアリエッタの言葉を否定しない。
「開戦を回避するよう陛下には進言しましょう。条件は、そこの者達の処分。謹慎など甘い事は仰らないわよね?」
レロゾン国王に視線を向けてほんの少し目を細める。
彼はそれで理解したのだろう。アリエッタが機会を与えたのだと。
「王太子から王位継承権を剥奪する。そもそも、二年前に王女殿下はわざわざ挨拶に来てくださっていた。お前がその場にいれば、王女殿下のことは分かったはずだ。優先すべき事を間違え、剰え冤罪を掛ける。王女殿下がその身分でなく我が国の貴族であったとしても許されるべきことでは無い」
「な、父上!」
「そも、ミルトレス公爵令嬢はそなた以外にもそなたの側近候補と親密であった。その意味を分かっておるのか?」
「は……?」
「ミルトレス公爵。余も間違えておったが、そなたの娘をどう思う」
「情けない限りです」
王太子と仲睦まじいと聞いていたからさして気にしていなかったが、報告書を前にしてミルトレス公爵は絶句した。
王太子の側近候補との距離感は、あまりにもはしたないものである。
とてもでは無いが、王族に嫁ぐには不適格な行動ばかりだった。
「学園でもまるで女王のように振舞っていたみたいですわよ?それにしては、とても品がなかったみたいですけれど」
品の良さとは血ではなく育ち方であると体現するように、アリエッタの所作は優美にして隙がなかった。
それでいて下位貴族クラスに紛れ込んでいた時には悟らせなかったというのだから余程切り替えがうまいのだろう。
「まあ良いでしょう。わたくしを侮辱した者が王にならないと言うのであれば、陛下も妃殿下も溜飲を下げることでしょう」
アリエッタ様、お茶です。
ユリナがタイミングを見計らい適温に調整して差し出したお茶を飲むアリエッタ。
「流石にユリナ様ね。二年間でわたくし好みのお茶を覚えたのだもの」
「ほぼ毎日一緒にいましたから」
「マーリオ様には勿体ないわね。サルダス王国に来ませんこと?」
「アリエッタ様、俺の婚約者を誘惑しないでくれ」
「冗談よ」
ころころと笑うアリエッタがその笑いを収めると、ジュリアナを見る。
「態々下位貴族として振舞っていたわたくしを狙わなければこんな事にはならなかったでしょうね。何故わたくしだったのかは分からないけれど」
アリエッタには前世の記憶などない。だから、ゲームの世界のヒロインだったなど当然知らない。
ゲームの世界ではレロゾンの貴族として育って恋に夢見る女の子で、攻略者と恋をしていたけれど。
現実のアリエッタは他国の王女で異性関係には慎重で、恋などには興味が欠片もなかった。
ジュリアナの過ちは、ここをゲームの世界だと思い込み、ゲーム通りに全てが行くと考えていたこと。
前提条件も何もかもが違えば当然全てが変わる。
何よりも、シナリオなんてないし、強制力なんてものも無い世界だと気付いてなかったことだ。
また、アリエッタが気付いていて他は誰も気づいていなかった事実。
国王は王太子とジュリアナ、そして側近候補を本当は排除したかったのだ。
王太子は現王妃ではなく前王妃の子である。
レロゾンでは当たり前に知られていた事なので大っぴらに言われることはないが、その前王妃の母国は他国で、レロゾンよりは大きいがサルダスよりは断然小さな国である。
その国からの干渉が少々厄介だったのだ。
もしも王太子がこのまま王になれば、レロゾンを飲み込みかねない。だが、これと言った目に見える落ち度がなかった為、立太子させざるを得なかった。
更にその王太子との婚約をゴリ押ししてきたミルトレス公爵家や、側近候補の家も国王には厄介であった。
故に、アリエッタが機会を与えたことで排除する気になったのだ。
名目は、サルダス王国との戦争回避である。
前王妃の母国に対してはサルダス王国が圧をかけられる。
冤罪を吹っ掛けてきた者とその家族からしたら地獄が待ち受けているだろうが、国王は憂いを取り除けたし、アリエッタはある一つの役割を果たせたことに満足していた。
◇◇◇
「アリエッタは上手くやったかしら」
サルダス王国の離宮、私室のテラスでお茶を楽しんでいたマリアーネはそろそろ帰国してくる娘を思って小さく呟いた。
この世界で転生した記憶を持つもう一人。
それがヒロインの母であるマリアーネだった。
ゲームでマリアーネは婚家から出た後は実家に戻り、離れを借り受けて生活していた。
再婚することも無く、アリエッタは伯父の名前で学園に通うことになっていた。
だが、マリアーネはその未来を選ばなかった。
彼女が転生の記憶を得たのは幼い頃で、初めはゲームの世界など思ってもいなかったのだ。
学園に通い、留学してきたカサンドラの世話係をしながら親友にまでなったのはマリアーネの努力だった。
そういえば、ゲームの世界なのかしら、と思ったのは結婚してからで、愛人を抱える夫はクソだな、と思いながらも義父母との関係は良くしていた。
娘が産まれた時、夫はぼろかすに罵ったけれど、近いうちに死ぬのは分かっていたから耐えられた。
ゲームでは病死だったけど実際は愛人に殺されていた事にはたいそう驚いた。あれは貴族特有の隠蔽だったのだと理解した瞬間だった。
どうせならばゲーム通りにならないように、とサルダス王国に出稼ぎに向かい、仕事を斡旋してもらおうとカサンドラと会ったら、再婚する流れになるとは思わなかったのだ。
マリアーネの娘だからとアリエッタをとことん可愛がってくれる王とカサンドラだけど、本音は王太子の妃にするつもりなのだろう。
二人の子であるアレックスはアリエッタを気に入っているし、成長するごとに執着が凄いことになっていた。
ただ一人、王家の血を持たないアリエッタを妃にすることは可能だ。王女教育を受けているアリエッタは王家のこともよく知っているから、王妃にだってなれる。
本人はそんな状況だとは分かっていないのも、マリアーネは知っている。
だからこそ、ゲームと同じ学園に通わせる事にした。王女ではなく、ゲーム通りに子爵家の娘として。
今のアリエッタなら恋に邁進なんて事はしないだろう。それに、少しくらい自由をあげたかった。
影が監視するのは仕方ないけれど、下位貴族の気楽な生活を体験させてみたかった。
それと、マリアーネがこっそりと調べさせて、ゲーム内でライバル令嬢であったジュリアナが転生者らしいことや、アリエッタを潰すつもりだという情報を入手していた。
アリエッタが王太子アレックスに絆されて王妃になった時、ジュリアナが邪魔になると判断したのでマリアーネはアリエッタに役割を与えた。
『レロゾン王国の次期国王とその王妃となる者が相応しくなかったら徹底的に排除しなさい』
ゲームと現実は異なるので、調べれば調べるほど、ゲームの攻略対象者はあの国から引き剥がした方が平和なのでは?とマリアーネは思ってしまったのだ。
元夫はどうでも良いが、義父母達や実家の事を思うと平和でいて欲しい。
なので、マリアーネはアリエッタに役割を与えた。
ジュリアナが転生者ならば、ゲームに固執するならば、断罪を仕掛けてくるはず。それが破滅への道とも知らずに。
「マリアーネ様。報告書です」
「ありがとう」
とても薄い気配。いつの間にかテーブルの上には数枚の紙が束ねられて置かれていた。
それを手に取りぱらぱらと読み、マリアーネはにこりと微笑んだ。
「良くやったわ、アリエッタ」
レロゾン王国の王太子が交代して現王妃との子供である第二王子になった。
ジュリアナは繰り返しアリエッタを侮辱し続けたことで、ミルトレス公爵は覚悟を決めて毒を飲ませた。
ただ、それは戦争回避のためでは無い。ミルトレス公爵に真実が伝わるようにしたのだ。貴方の娘は幼い頃の高熱で死に、他人がその身体を奪って成り代わったのだと。
公爵は確かめたのだろう。そして受け入れられずに毒を飲ませたのだ。推測でしかないが、ジュリアナは前世の人格に塗り替えられたのだろう。
マリアーネはゆっくりと前世の記憶が蘇りじわじわと融合して行ったので、前世の記憶の影響は受けても人格というのは出ていないようだ。
他の側近候補達も立場を失った。
だからだろう、レロゾン国王の周りは入れ替えられてまともになりそうだった。
アリエッタは現在サルダス王国の端からゆっくりと帰ってきている。商売をしているのだ。
卒業して帰国してすぐに王都には戻らずに、折角だからと第二騎士団を護衛に国内をめぐりながら戻ってくるらしい。
やはりこの世界は乙女ゲームに似ているだけだった。
強制力もシナリオも無いのは分かっていた。そうでなければマリアーネは側室になどなっていない。
ただまあ、ご都合主義はありそうだな、とは思っている。
なぜなら、他国の子爵家の未亡人が側室になっているなんてまさにそうでは無いか。
「まあ、なるようになったってことね」
乙女ゲームの中でバッドエンドだとヒロインは悲惨な目にあっていた。ゲームだから我慢出来ても、現実として可愛い娘がそんな目に遭うのを許せるわけがない。
「ごめんね、ジュリアナ。とっくに破綻させていて」
空を見あげればとても美しい青空が広がっている。
マリアーネは気分が良くなったので、カサンドラのところに行きましょうと、テラスから室内に戻った。
ジュリアナはアリエッタについて調べてませんでした。ゲームの知識があるから、と。
マリアーネはとことん調べ上げました。
そこで結末が変わりました。
ジュリアナの中の人は多分高校生~大学生。社会人経験はなさそう。怒りのあまりに立場を弁えてないので。
意識して逆ハーレム状態にしてました。ヒロインが許されたなら私だって理論。
※追記
誤字だらけで申し訳ないです。いつも訂正ありがとうございます。
・ホレビオ子爵家はマリアーネの『兄』が継いでます。最初弟にしてたけど、マリアーネは姉よりも妹の方が性格的に合いそうと思って変えたのですが、一部訂正できていませんでした。




