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大魔法使いの使い魔  作者: キリン
2章 弟子と使い魔

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9話 それぞれの疑念

「私はあの使い魔を……殺しておくべきだと思う」


 宮殿から出たリーシャは、カイルにただ一言。ため息混じりに呟いた。


「殺す、って」


 そう言った時の彼女の表情は、とても言葉通りのものではなかった。


「――確信は無い。でも……確かに今のところ私は、()()を生かしておく方が怖い」


 魔王との決戦から半年後。アリスの墓を訪れた2人の弟子は、顔を見合わせた。


「それに、主のいなくなった抜け殻を処分するのは、弟子の私達に残された役目だと思う」

 

 視界の先では、イリスが窓の外を眺め、虚ろな顔をしていた。――心のうちは読めない。心があるのかすら、はっきりしない。


「……殺すほど、なのか。主が死んだ本当の理由も、まだ分かっていないのに」


「そんなの……決まってるじゃない」


 カイルの目線にリーシャも合わせて、2人で使い魔の方を見つめる。相変わらず反応は無い。


「……主の命令すらろくに聞けない使い魔に、これ以上、何を期待するの? カイル」


 カイル・デファンス。


 彼もまた、大魔法使い・アリスの弟子の1人である。彼女の元についたのは、リーシャがその門下に連れられたのとほぼ同時期で、もう10年になる。


 彼は10年の月日を、大魔法使いの元で過ごした。


 それでも――大魔法使いの事は分からなかった。


 これについて話をしたことは無かったが、きっとリーシャも同じ所だろう。


 大魔法使いは強い。大陸の誰よりも。


 そんな大魔法使いの弟子を名乗っておきながら、自分は結局、何1つとして主に近付けなかった。



「こいつの言葉は、ただ人の言葉を模しているだけだ」 


 この男もリーシャ同様、大魔法使いの使い魔を疑っている。

 意思や感情の無い使い魔が言葉を使った時も、その疑念は揺らがなかった。

 

 ――地を蹴る。


「……っ」


 斬り捨てられた左腕は瞬時に再生され、完全に元通りになる。だが決して攻撃に抗うためではなく、生きるための魔法だ。


「カイル」

「わかってる――!」


 ――元通りになるよりも前に、魔力を帯びた斧が振り下ろされる。


 この殺処分は、死した主に対する無謀な挑戦だ。

 

 しかし同時に、2人の弟子や「星兵」達が、大魔法使いの使い魔を倒す以外に、1年前の疑念を晴らす方法は無い。


 ――そう言い聞かせて、斧を強く握った。


「わたしは……」


 イリスは声を上げようとした。だが、目の前の殺気に怯えて、震えて声が出せない。

 

「……悪いな。これが俺の――俺達の選択だ」


 イリスの、主には誰も成り代われない。大魔法使いはもういない。――ここにいるのは、世界を滅ぼしかねない殺戮兵器だ。


「……」


『まだ奴とやり合うか? ――相手には、対話の意思があるようだぞ』


 リーシャの真横に現れたのは、先ほど召喚した魔物の1体――死神だ。

 死神もまた、召喚者との契約に従って動いているだけの魔物だ。少なくとも、この場の3人の争いには余計な首を突っ込む気は毛頭ない。

 ただ、対価として寿命を貰って、満足しているだけの傍観者だった。


「……当たり前。話をするにしても、まずあの魔力を枯らしてから」


 カイルとイリスの一方的な殴り合いの展開を眺めてから、リーシャは目を瞑る。

 ――やはり分からない。これは大魔法使いの戦法なのか、それとも。


『そこまであの使い魔を警戒するとは。……同じ魔物として、同情さえしてしまう』


 状況を面白がる死神に、睨みをきかせるリーシャ。それすら、彼にとっては滑稽なものだった。


 召喚魔法において、召喚者と召喚獣においては主従関係が成立していることがほとんど。だが、()()だけは例外だった。


「く――ッ!」

「……」

 

 角度、方向、高さを変えて何度も攻撃を叩き込むカイルに対し、やはり防戦一方の構えをとり、徹底して反撃を仕掛けようとしないイリス。


 あの使い魔に限って、奇襲攻撃に対応できないという事は有り得ない。


 それは、命を守るための本能か。――それとも別の理由があっての行動か。


「いつまでも、結界の中閉じ籠もりやがって!」


 ――カイルの攻撃に、鈍りが生じるのが見えた。


『本当はわかってたんじゃないのか? 結局、使い魔を殺せないって事は』


「うるさい。……あなたにあげた私の寿命、無駄にしないでよね」


 「やれやれ」と嘆く死神は、再び姿を隠し――次に現れたのは、イリスの死角だった。


「……っ!」


『使い魔イリス。お前はここでおしまいらしい。残念だけどな』


 鎌が振り下ろされる。


 ――斬撃の音が、響いた。




「君が、カイル……で合ってる?」


 あの時一目見て、思った。

 ――彼女は、ただの魔法使いじゃない。


 10年前。

 貧民街に漂うのは、腐臭と死臭、そして諦めだった。生きているだけで罪だと、誰もが思っていた場所。


「……」


 初対面で、何故か名前を呼ばれた。それだけで、背筋が冷えたのを覚えている。


 膨大な魔力だった。――底無しで、恐ろしいと思った。


「答えてよ。そうなんでしょ?」

「……何の、用だ」


 警戒しない訳がない。来訪の目的も、わざわざここまでやって来た理由も、全くわからない。


「話をする前にまず、その剣……置かない?」


 彼女がやって来たのは、ちょうど世の中と、自分の限界に絶望して、自分で自分の命を絶とうとしていた時だった。


 首元に突き付けられた剣を見て、大魔法使いは優しく諭す。


「なん、で……止める……?」


 お構いなしに、手は震えながら動いた。手は、自分より少しだけ大きな手に止められ、動かせなくなった。


「剣置いてくれなきゃ、話ができないじゃん。……ね? いいから置いて」


 その手が赤く染まっていく。痛みがあるはずなのに、魔法使いはそれを差し引いて止めに来た。――絶対に止めないといけない。そんな使命感すら感じるほど。


 10年前も、あの時も。大魔法使いは同じ目をしていた。


「……」 

「お、やっと置いてくれた……」


 剣が、握力による支えを失って滑り落ちる。安堵の息を吐く大魔法使いは、血濡れた手を治療しながら、何事も無かったかのように言葉を発した。


「――君は今日から、私の弟子になった。よろしくね、カイル」


 真意を疑った。あまりにも一方的で、当然のような言葉だった。


「なんで……俺があんたの、弟子に」


 戸惑いと、恐怖と、疑念。

 そのすべてを込めた問いに、彼女も少しだけ困ったような顔をして、考える素振りを見せてから、


「……わからない」


 そう答えた。すべてを見通しているようで、何一つ断定しない目。

 少年は、そう答えた彼女を横に、ただ付いていくしか無かった。大魔法使いが見通す――景色を追い掛けようとして。




 結界が、再度音を立てて砕け散る。


「どけッ!」

『割って入られた。やはり出る幕は無い……か』


 与えられた寿命分の働きは全うしただろうと見切りをつけ、死神の姿は闇の中に去っていく。そして、場にはイリスとカイル、そしてリーシャのみが残った。


「……」


 斧がイリスの首元に向けられる。――戦ったにしてはやけに呆気なく、敗北を素直に受け入れている。


「本当に……あんたは、何なんだ」


「わたしを殺したければ、殺して。――それがあなたの選択なら」


 震えを噛み殺しながら、言葉を絞り出す。


 イリスは、確かにイリスだった。声や、仕草や、魔力の癖さは主にとても似ているが、それでも何処か別人で――別人であろうとしている。


「……答えろよ」


「わからない。けれど――」


 イリスが、懐から1つの魔晶石を取り出す。その色は黒で、つまり煙幕を巻き起こす魔晶石で――


「……! カイル!」


「――わたしは、今もアリス様の命令通りに生きてる。それがわたしにとって……最善だと信じて」


 煙幕が消えた時、そこにイリスの姿は無かった。周囲を見回しても、彼女の姿や魔力の気配は感じられない。


「逃がした」


 奇襲までして、あれだけの攻撃を叩き込んで、傷を負わせて。――全ては主を弔う為で、疑念を晴らす為だと信じた。


「カイル、……なんで逃がしたの。あれなら、簡単に殺せたはずよ」


「――すまない」 


 斧を握る手に、疑念が生じた。誰に向けた言葉か。それは自分であり、リーシャにであり、イリスにも向けられている。


『全く……誰一人として、奴の死に向き合えていないな』


 大魔法使いの眠る墓と、そこで踏み躙られ、散り散りになった花びらを横目に、死神は嘆いた。


――――――――――


 頭が、真っ白になった。


 煙の煤で真っ黒になった顔面を拭いつつ、イリスは山中を駆け下る。

 まさか、適当に買い漁った魔晶石が役に立つなんて。咄嗟の判断で、投げたことさえ覚えていないが。


 ――あそこで逃げたのは、正解だったのか。


「……っ」


 2人の弟子とは、魔王との決戦の日から1年間、まともに話せていない。

 大魔法使いの後を継いで、2人はそれぞれ各地を飛び回り、主の死後、3人が揃ったのは魔王城での時と、半年前だけだ。


 ――主と違って、私は意気地なしで、何をするにも勇気が出ない。


 あの場で、カイルがイリスを殺さない確証は無かった。リーシャだったら、実際斬られていたかもしれない。


 ――主と違って、わたしには未来が見えない。

 

 だから疑念は消えない。信じられるのか、信じられているのか。


「わかってる、わかってるのに……」


 あの日、あの時、主と何を話して、どんな言葉を貰ったか。2人が分かってくれるまで、話さなければならない。


 足が止まらない。崖を滑り落ちるのも、不思議と楽々とこなせる。


 戻れば、殺されると思った。

 

 ――弟子達の中では、わたしは主を殺して生き残った死に損ないだ。


 あの時の報いを――罰を受けなければならないのはわかってる。

 

「く、っ……!」


 左腕に鈍い痛みが走る。強引に治した腕だから、少し動かしただけで骨が外れたような衝撃が伝わってくる。


 それでも、草木を掻き分けて進んだ。


 麓の町とは反対方向に、ただひたすら駆け抜けた。


 地図が頭に入っている訳では無い。ただ、人里から離れて、遠く、遠くに走った。誰の追っ手も届かないような場所へ――


「……え」

 

 切り立った崖の上は、見晴らしが良くて、ここまで続いていた山も終わりが見えていた。


 そして眼前に広がるのは、どこまでも広がる大平原と、その真ん中で並ぶ幾千の家屋や城郭。


 ――クロフォード公国・公都リリーア。走り抜けた先の大地には、人の営みがあった。


 逃げ場のないほどに開けた土地。隠れる場所も、闇に紛れる余地もない。


 イリスは息を呑んだ。

 ここには、大勢の人が住んでいる。


 麓の町の比ではない。都市の大きさも、城郭の高さも、大陸有数の都に相応しい。


「……」


 思わず、足が止まった。


 人里離れたあの家とは違う。この先へ進めば、必ず誰かと向き合う。きっと2人も追ってくる。逃げた理由も、殺されかけた事実も、主を捨てた時の真実も。


 ――すべてと、向き合う場所だ。


 振り返れば、山はもう背後にあった。遠くからは魔力の気配も迫ってきている。


 逃げて、辿り着いた先は――大魔法使いの世界の中心だった。


 ――でもこんな山の中で、死ぬ訳にはいかない。

 せめて、出来る限りの手を尽くすべきだ。本当に打つ手が無くなるまで。


「……」


 イリスは、都市へ続く道を見下ろす。そして覚悟を決めて、彼女は山を駆け下った。

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