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大魔法使いの使い魔  作者: キリン
3章 星兵

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22/25

21話 令嬢の見送り

 ――権力と、魔法。


 魔法は奇跡の産物だ。

 無数の富も、膨大な知識も、圧倒的な権威さえも、魔法ひとつあれば手に入る。


 権力者は魔法を欲した。

 魔法さえ得られれば、支配はより強固なものとなり、揺るぎない地位が完成すると信じたからだ。


 だが、魔法は振り向かない。

 どれほどの富があろうと、知識があろうと、権威を誇ろうと、奇跡は与えられない。


 だからこそ、魔法を持たない権力者は魔法を恐れ、同時に魔法使いを排除し、あるいは都合良く管理し、利用しようとしてきた。


 ――それが、この大陸における権力と魔法の関係性だ。


 ――アストリア・クロフォードは、魔法を持った権力者である。


 過去の大公家に、魔法を持って生まれた者はいない。魔法の継承に血縁という法則はなく、それは誰に対しても平等で、無作為な恩恵だ。


 彼女は、権力者の立場も、魔法使いの立場の両方を知っている。どちらにも属しながら、そのどちらにも完全には馴染まない。

 ――それ故に、彼女には為すべき役割がある。


「私を怖がるのも分かります。きっと、お父様がそうだったから」


 膝をつき、アストリアを見上げるイリスに応えるように、彼女もまた膝を折って語り掛けた。


「あ……裾が、汚れて」

「大丈夫です。必要な事だから」


 彼女にとっては身分も立場も関係ない。同じ高さで、同じ距離で、視線を合わせる。


「えっと……お姫様も、魔法使いなのですか」


 気配を読み取り、それから確かめるようにイリスはアストリアに問い掛けた。


「ええ。皆様のように、戦う魔法はありませんが」


 それだけを告げて、彼女は微笑んだ。


「人気だねえ、イリスは」


「……」


「引っ張りだこになって、放っとくと誰かに取られちゃうかもよ?」


「……」

「ご、ごめん。そんな睨まないでよ」


 側ではソフィアとリーシャが会話を見守る。

 一方に関しては、見守るというより監視の目の意味合いが強いような気もするが、ともかくこの場には大公への謁見の時と同じ、静寂の空気が包み込んでいた。


「イリス様も、これから任務に出向かれるのですか?」


「はい。これが……初めての任務です」


 イリスの初任務の出発に、まさか大公の令嬢が見送りに来るなんて思いも寄らなかった。

 それに、彼女が大公の家の人間であることが、尚のことイリス自身に圧を掛けさせる。両者の距離を、互いの立場と先入観が無意識に離れさせていた。


「……」

「……イリス様?」


「ごめんね姫様!この子、ちょっと緊張してるみたいで!」


 沈黙を破るように、ソフィアが両者の間に割って入る。きょとんとした顔で、アストリアがそれに反応した。


「え、そうなのですか?」


「人見知りって訳じゃないんだけどねー」


「ソフィア、せめて敬語を使いなさい」

「ご、ごめんなさい」


 リーシャに止められたが、ソフィアの指摘は当たっている。

 大公といい、令嬢といい、権力者には権力者特有の「気配」が漂っているように感じられる。そしてそれが、イリスが怯える要因だった。


「良いんですよ。それに――」

「……?」


「――私たちは、身分の違いはあれど、同じ魔法使いです」


 それでも、アストリアには何か違った雰囲気がある。不思議と威圧がない、そんな感じがする。

  

「今は難しくても……あなたがいつか、心を開いてくれる事を楽しみにしています」


「……はい。私も、お姫様と仲良くなりたいです」


 一瞬迷ってから、イリスは続ける。その言葉に、アストリアは小さく目を見開き、すぐに柔らかな微笑みを浮かべた。


「アストリア様、そろそろお時間が」

「分かりました。――門までご一緒します」


 控えめな声で告げるファウストに、彼女は小さく頷いた。

 膝立ちの状態から立ち上がると、アストリアは一度だけイリスに視線を向ける。先ほどまでと同じ柔らかな眼差しだった。


「イリス様、行きましょう」

「はい」


 城門へ向かう短い距離を、皆で並んで歩く。会話のないまま、イリスとアストリアは隣り合わせで歩いた。

 朝の空気は澄んでいて、馬車の蹄が石畳を叩く音だけが静かに響く。


 隣を歩くアストリアも、無理に言葉を探したり、会話を持ちかけようとしたりする事は無かった。


 やがて、一行は門の前まで辿り着いた。


「私たちはここまでです。――無事に帰ってきてくれる事を、願っています」


「ありがとうございます。お姫様」


 アストリアが軽く一礼する。動きを合わせて、イリスも頭を下げる。

 握手の1回でもすれば良かったかもしれない。しかし、今のイリスにそこまでの勇気を出すことは出来なかった。


「ファウスト、アストリア様をお願いね」


「承知しました。皆様が不在の間、御身の安全は私奴が責任を持ってお守りします」


 簡潔で、余計な感情を挟まない返答だった。リーシャはそれを聞いて、わずかに視線を和らげる。


「あと――」


 少しだけ、リーシャが言葉を選ぶように間を置いてからファウストに告げる。


「魔導院と宮殿のことも。大きな動きがあれば、すぐに私に知らせて」

「……お任せください」

 

 それ以上は言葉を交わさず、二人は互いに一礼するだけだった。互いの状況が理解できているからこそ、不要になった言葉だ。


「じゃあねー姫様!」

「ええ。ソフィアも気を付けて」


 2人の会話の他所では、イリスとソフィア、アストリアの3人が出発を前に最後の挨拶を交わす。

 といっても、緊張して口を閉ざすイリスに代わって、ソフィアが場を和まそうとしての行動だった。


「あ! 帰ってきたら、ご飯一緒に食べようよ! イリスも一緒にさ!」


「……!」


 馬車に乗り込む寸前、思い出したようにソフィアが振り返ってアストリアに提案する。イリスは驚いた表情をして、馬車に乗り込もうとする足を止める。


 ソフィアはどうしてか、誰とでもすぐに仲良くできる。それは分かっていたが、まさかそれが貴族や大公の一族にまで及んでいることに驚きを隠せなかった。


「勿論! 楽しみにしております!」


「だってさ、良かったねイリス!」

「……うん、嬉しい」


 ご飯の予定をその場で簡単に組み、快諾してくれた事に満足し、ソフィアは先に馬車に乗り込む。

 取り残されるイリスに、アストリアは笑みを浮かべながら、手を振って見送る。


「それでは、お帰りになられた後にまたお会いしましょう。イリス様」


「すごく丁寧なお見送りまで、本当にありがとうございます」


「これぐらい、当然のことです」


 そのやり取りを最後に、イリス達は再度馬車に乗り込む。

 ソフィアが馬車を操縦し、一団は出発し、城門を離れる。


「……」


「終始警戒しているようでしたね、あのお方は」

「お父様にあれだけ威圧されれば、仕方ない事です」


 離れていく「星兵」達の姿を目で追いながら、アストリアとファウストがイリスとの対面を振り返る。


「でも、やっとイリス様と話せた。しかもお食事の予定まで……!」


「ご満足されたようで、私奴も嬉しい限りです」


 大魔法使いに似た容姿をしながら、性格や振る舞いといった部分は全く似通っていない。穏やかな雰囲気で、良い意味で普通の魔法使いだ。


「思ってたより優しそうで、穏やかなお人柄だったなあ……」


「とても、使い魔のようには見えませんでしたな」

「ええ。本当にその通りです」


 仮に彼女の事を何も知らない状態で話しかければ、彼女が使い魔であることは絶対にわからないだろう。

 

 ――だとしたら、今の彼女はいったい何者なのだろう。

 現状の権力を壊す者か、新しい秩序を創る者か。


「今から帰ってくるのが待ちきれないです。無事に帰ってきてくれれば良いのですが……」


「心配せずとも、必ず元気で帰ってきますよ」


 ついさっき出発したばかりだというのに、もう帰還の時を待ち望んでいる。


 それほどまでに、アストリアは彼女を信じていて、心からの敬意を向けている。


――――――――――


 令嬢の丁寧な見送りを受け、星兵とイリスの一団は公国南方へと向かっていた。

 所々粗い舗装の道に入り、馬車は定期的に揺れ、少しだけ眠気を誘う。


「まさか姫様が会いに来るなんてね。ちょっとびっくりしたよ!」


「うん。私も少し驚いた」


 すっかり眠りこけたリーシャとカイルを背後に、馬車の操縦席にイリスとソフィアが隣同士で座って話す。


 あの時の事を振り返る。ソフィアが目をぱちぱちとさせながら話す。


「大公と違って、イリスにも厳しく当たらないし、流石は我らが姫様っ!」


「う、うん」


 確かに、大公は常にイリスを敵として見ていたような印象だった。

 アストリアはその逆で、歩み寄るような言葉と距離の詰め方で、かえってイリスを困惑させるほどの優しさを見せた。


「お姫様が親身になってくれて嬉しかったけど、わたしは上手く話せなかった」


「そんな事無かったけど?」

「……いいや、すごく緊張した」


「初対面だったんだし、最初はそれぐらいで十分だよ!」


 焦りと、緊張で固まった表情のイリスをソフィアが励ます。


「ご飯の約束もしたし、その時に沢山話せば良いんじゃない?」


「……頑張る。ありがとう」

「何もしてないけど、どういたしましてー」


 ソフィアの支えが無ければ、イリスはアストリアとも、公都の人間とも知り合えていない。

 関係が広がっていく実感を覚えつつ、自分が彼女に助けられている事を切実に振り返った。


「にしても、あの2人はぐっすりだね。カイルに至っては……ひっどい有様」


「きっと……疲れてるんだと思う」


 と、各々振り返ったのも束の間、カイルのいびきでかき消される。

 ふと後ろを見れば、馬車の半分を独占し、広々と寝転んでいる姿があった。ソフィアが呆れたような表情をする。


「どう、あの2人とは打ち解けてきた?」


「うーん……微妙かも」

「微妙かー」


 イリスと弟子2人は、この間まで殺処分の対象であった事もあり、互いが互いを認めきれない部分も残っているのだろう。


「殺処分を命じたのは大公だし、責めるとしたら先ずはあの人なんだけど……まあ気まずいよね」


「……」


 2人の心境を推し量る。

 大公や魔導院といった存在の圧に囲まれて、ある意味保身の為にやった事とも言える。彼女達の表情や行動の真意を慮れば、少し納得もいく。


 リーシャ達も最初は殺処分に賛成していた。だから今、イリスとの関わり方に困っているのも無理はない。


「でも今、心の底からイリスを要らないって思ってる人はいないよ」


「そう……なのかな」

「あー、大公の事は分かんないけどね」


 この任務に連れ出された理由が、暗にそれを示す。本当にイリスが不要となれば、殺処分とはならなくても、道端に投げ捨てられるぐらいの事はされるはずなのだから。


「魔導院でイリスがしてくれた話も、嘘だとは思わない。あとは時間が解決してくれるよ」


「もっと色々話せれば、いつか2人とも仲良くなれるかな?」


「うん! だから焦んなくて大丈夫だよ」


 イリスから僅かに笑みが溢れる。それは安心という思いもあり、焦りが解けていく感覚だった。


「あとリーシャは甘えん坊だから、結構ちょろいよ」

「え」

「聞こえてるわ。変なデタラメ言わないで」

「むむ……起きてたか」


 不意を突かれるようにソフィアが引き下がる。その表情は、苦い物を食べた直後のようだ。


「まったく……どこまで進んだの?」


「まだ公都近郊を抜けたばかり。夜には近くの集落に着けると思うけど」


 リーシャがついでに目的地までの時間と、進んだ道のりを尋ねる。

 公都の南方にある目的地の砦には、馬車で進んで1日掛からない程度。それでも、早朝に出発して深夜に到着するぐらいの長距離だ。


「気長に行こうよ! どうせ任務開始は明日なんだから」


「そうね。もう少ししたら操縦も代わるわ」

「はーい」


 暗いうちに魔物と戦うのは避けたい。その為、今回は近くの集落に向かい、夜を明かしてから任務を始める算段だ。

 ソフィアの言う通り、どれだけ急いでも仕方がな

い。馬車の速度もこれ以上速めるつもりは無かった。


「ん、戻るの?」

「うん」


 操縦席から後ろの馬車へと身体を戻す。居心地が悪くなったからではなく、何処かから鋭い視線を感じたからだ。


「よっ……と」


 目覚めたリーシャは、再び魔導書に目を通す。古代の文字だからか、1ページを捲るまでの時間もすごくゆっくりだ。


「……」

「……」


 会話は無い。イリスは自問自答を繰り返した。


 ――先ほどの会話が聞こえていたかもしれない。いや、聞こえていたとしても話し掛けなければ。


「……」


「無理に話しかけなくていい。何だったら、本の1冊でも貸すから」


 と、小刻みに動いて落ち着きのないイリスを見兼ねて、リーシャが1冊の魔導書を差し出す。


「ありがとう、ございます」


 受け取るしかなかった。本当は世間話の1つでも交わしたかった、とはとても言い出せない雰囲気になり、大人しくページを捲る。


「……?」


 ――これは魔導書では無い。童話だった。


 意地悪では無いと、分かってはいる。けど、言い出す事もできない。


「お腹すいたー」

「お昼はまだ後よ。我慢しなさい」


 馬車に揺られながら、いかにも子供向けの童話を隅から隅までゆっくりと読み進める。


 わたしはこの本の主人公のように――なんにもする事が無くて、退屈している。


「――馬鹿げた事が当たり前、か……」


 イリスは小さく、誰にも聞こえないような声で呟いた。それは事実、リーシャを振り向かせるほどのものでは無い、単なる独り言。


「……」


 遂に自分は退屈だと思えるようになった事に、内心驚きながら本を一度閉じた。


「もう読み終わったの?」


「いいえ。後に……取っておきたくて」


「そう」


 リーシャとの簡単なやり取り。彼女の視線がイリスに向けられる事は無く、ただ魔導書の内容にのみ目が向いていた。


 退屈な自分を理解するための旅路は、まだまだ終わりそうに無い。馬車の外、ひたすら前に進んでいく景色が


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