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大魔法使いの使い魔  作者: キリン
3章 星兵

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19話 宮殿

 イリスは、朝食を済ませてすぐ、身支度をしてからリーシャと共に魔導院を出発した。


 宮殿は、公都の中央区画に入り、貴族街を抜けた先にある。

 中央区画とは、イリスが初めて公都の門を潜った際に衛兵たちによって通行を止められた場所だ。

 

「門を潜って、向こうに見えてくるのが宮殿よ。徽章はちゃんと付けてきてる?」


「はい。付けてます」


 必要なのは通行証――特に魔法使いは、公国から与えられる徽章を携帯していなければ立ち入りは許されない。城郭に囲まれた区画は厳重な警備のもとで守られている。


「よし、通行を許可する! ――次の者!」


 昼夜問わず警備の衛兵が門には多く滞在していて、通行の為に長蛇の列を成している。イリス達はしばらくの間、この場所で待つことになった。


「あの衛兵たち……街で見たのと違う」


 高い城壁に挟まれた巨大な門。

 そこに立つ兵士たちは、街中で見かける衛兵とは明らかに見た目が違う。重装備で、貴族や要人相手にも一歩も臆さず仕事をこなしている。


「あれは王直属の兵隊だから。普通の衛兵とは、全くの別物」


「……」

「よし、次の者!」


 程なくして順番が回ってくる。王直属兵の一人が、一歩前に出た。


「これを」

「確認いたします」


 短い沈黙の後、兵士の1人が合図し、門で待機していた兵達が槍を引き上げる。


「リーシャ様ですね。――宮殿で大公がお待ちです」

「……わかった」


 視線の向こうには、白い宮殿の尖塔があった。

 

 貴族街へ入ると、建物の様相は一変する。

 1つ1つの建物が大きく、馬車による往来の他に、行き交う者の衣装もどこか高貴で、華やかなものだった。


「この先よ。付いてきて」

「はい」


 リーシャとイリスの足取りに迷いはない。

 屋敷へ続く小道や、脇に伸びる通りへ目を向けることもなく、大通りをただ真っ直ぐ進んでいく。


 通りを進むにつれ、人の数は自然と少なくなる。

 代わりに増えていくのは巡回する兵士達だった。視線が一度、二度と向けられ、すぐに逸らされる。


「……わあ」


 ――宮殿が、近くなる。


 広大な庭園――左右対称に配置された花壇には、季節の花が隙間なく植えられ、幾何学的な模様を描いている。

 それに、石造りの噴水が幾つも並び、一定の間隔で空へと舞い上がる澄んだ水が、日の光に当たって宝石のように輝いている。


 その全てを見下ろすように、宮殿は聳え立つ。


「準備はいい?」

「はい。大丈夫です」


 リーシャとの短い応答の後、イリスは宮殿の中へ入る。

 思わず、足元を見下ろした。――眩しい。


 長く伸びる正面棟では、いくつかの窓が規則正しく並んでいて、これ以上無いほどたくさんの彫刻が壁面を埋め尽くす。

 屋根の縁には黄金の装飾が施され、龍の偶像は確かに静止しているはずなのに、まるで動いているような威圧感を放っている。


 リーシャが一定の歩幅で進んでいる。その半歩後ろを、イリスは黙って付いていった。

 2人の間に会話は無い。ただ、歩く時に床から鳴る乾いた音が広間に響くだけ。


 ――大きな扉が、正面に立ちはだかった。

 

「リーシャ様と、“使い魔”ですね」

「ええ。――大公への謁見を」


 2人の近衛兵が、リーシャと簡単に問答を交わす。この先が、恐らく大公のいる部屋になるのだろう。


「携帯している武器等は、ここで一度預かります」

「持ってない。この通り」


 リーシャが一周回る。確かに、彼女は武器を持っていない。


「確認しました。それでは、お通しします」


 兵士も納得した様子で、扉を2人がかりで押し開けてから、イリス達の通る進路を空ける。


「……」

「……」


 ――玉座には、大公が座っている。


 緊張した面持ちでイリスは前を向く。無言の空間で、両者は初めて相見える。


「――久しいな。リーシャ」


「大公に拝謁致します。――使い魔を連れて参りました」


 リーシャが大公に対し、敬意を払った深い一礼をする。いつもの口調は無く、今はとても礼儀正しい家臣のようだった。


「ご苦労。して、殺処分は失敗したのだな?」


 大公の問い掛けに、イリスは白羽の矢が立ったように小さく驚き、手先が震え出す。

 

「はい。この通り、彼女は存命でございます」

「……そうだな」


 返答は正直で、白々しいとさえ思える。


 ――殺処分が行われる事になった理由の1つは、この大公の命令によるものだと、この時イリスは初めて理解した。

 

「だが、元々貴様は殺処分に賛同していた。――まさか……心変わりされるとはな」


「いいえ。彼女が少しでも危険な行動をとれば、すぐにでも殺処分を再開します」


 イリスは、半歩前に立つリーシャの横顔を伺う。自分は足元も震えて立っていられないくらいなのに、堂々としていて、一瞬たりとも顔を下げていない。


「……まあよい。報告書で事の顛末は聞いている。此度そなたらを呼んだのは、直接この目で確認したかったのだ。――大魔法使いの使い魔とやらを」


「……」


 大公は、そう言ってイリスの方に目を向けた。


「クロフォード公国・現大公のジョン・クロフォードだ。――貴様が、例の使い魔だな?」


「はい。わたしは大魔法使いの使い魔、イリスです」


 謁見、というものに出向いたのはこれで2度目になる。あの時は主に同行する形で帝国の皇帝と顔を合わせたが、今は自分が槍玉に上がられている。 


「して……使い魔よ。――貴様は今、魔導院に仮置きされ、大人しく監視を受けているようだな」


「はい」


「大魔法使いの使い魔から、魔導院の使い魔にでもなったか?」


「……いいえ」


 イリスは真剣な表情で、大公の問いを受け止める。リーシャも黙って彼女の応答を聞き、発言に注視している。


「なら貴様は……何者だ?」


 返答に少しの間詰まる。静寂が、イリスを圧迫する。


「……」


「公国の君主として、素性の分からない危険な者を出迎えるつもりは無い」


「――わたしは」

「これは命令だ。答えよ」


 ――命令。

 1年ぶりに聞いた。でも、あの時とは全く違う。同じ命令という名前を冠した別物だ。


「……イリス」


「わたしは、今も大魔法使いの使い魔です。でも――1人の魔法使いでもあります」

 

 はっきりと、イリスは今の自分の立場を伝えた。首にある徽章は決して偽物などではない。今はまだ仮でも、自分の意思は確かにそう言っている。


「……そうか」

「……」


「――それならば貴様は、公国の為に、大公である私の為に、命を捨てる覚悟があるというのか?」

 

 真意を探るほどの時間は無い。今はただ、試されているのだと感じる。

 ――返答次第で、わたしの首は飛ぶ。でも、黙って飛ばされる気は無い。


「命は捨てられません。わたしは、わたしの為に生きるつもりです。かつて、アリス様がそうしたように」


 まだ何も果たせていないのに、命を捨てる事はできない。


「ほう。なんとも都合が良いな」


「イリス、大公に向かって――」

「よい。……今に限った事ではないからな」

 

 リーシャの制止を抑えながら、大公はイリスをじっと見下ろしていた。


 ――ふと、脳裏に記憶が巡る。

 かつて公国に英雄として存在した、大魔法使い。大陸最強とも言える力を持ち、何者にも従うことなく、ただ自分の()()に従って生き続けた。

 彼女もまた、同じような事を言い放った。


 ――だがその結果が、どうであったか。


「リーシャ」

「はっ」

 

「――殺処分の実施は、引き続き貴様とカイルに任せる」 


 淡々と告げられたその言葉に、空気が凍りつく。


「……はっ。承知致しました」


 リーシャは一瞬だけ視線を伏せ、すぐに従う意思を示した。

 何のつもりだろう。今すぐにでも処刑台に連れて行かれてもおかしくない、そう思ったのに。


「――1つ、貴様に聞いておこう」


 玉座から立ち上がり、更に高い位置からイリスを見下ろす。


「貴様には、大魔法使いの如き天賦の才能がある。それは絶対的で、誰もそなたには敵わない。――それは認めよう」


「……」


「だが、“奴”は自壊の道を辿った。自らの()()を絶対だと信じた末路だ」


 大公は小さく鼻で笑う。その嘲りは、イリスではなく――かつて英雄と呼ばれた大魔法使い、その存在そのものに向けられていた。


「自分で自分を制御出来ぬ者に、力を持つ資格は無い。――大魔法使いと同じ域に達するのなら、貴様もいずれ同じ末路を辿るぞ」


 大公の言葉は、魔法という奇跡の力を持つ者に対する、ただの嫉妬かもしれない。

 ――だがイリスにとっては、それが現在の越えるべき1つの障壁として、確かに道を遮っていた。


「……確かに、そうかもしれません」


「であれば、秩序と権力の前に平伏し、これまで通り“使い魔”として従え。――殺処分に係る疑いも、それで少しは晴れよう」


 一度、イリスは息を整えた。

 震えは止まっていない。だが、視線だけは逸らさなかった。ゆっくりと胸元の徽章に手を添える。


 ――わたしは、何者として在るべきか。

 勿論、主の使い魔であることは変わらない。その上で、今自分は何者か、探さなければならない。


「ですが、その上でわたしは選びます」

「……何」


「わたしは――1人の魔法使いです。絶え間ない努力で、自分の力も選択も、わたしの手で制御できる事を、証明してみせます」


 ――わたしは「星兵」ではないけれど、1人の魔法使いとして生きようとしている。


 魔法使いとは、不可能を可能にしうる存在だ。

 あの時の主の言葉に従い――主の出来なかった、自分の選択や意思と向き合う事をやってみせる。


「それが今の、わたしの立場です」


「なら……貴様は、その選択次第によっては、公国に刃を向ける可能性があるということか?」


「――今は、その選択をする必要はありませんが」

「イリス!」


「よい。……貴様の意思とやらが、ここではっきりと理解できた」


 大公は、わずかに口角を上げた。

 それは肯定の意でも、満足の表情でもない。


 この瞬間、1人の魔法使いと、権力を持つ者が対峙する。両者は一対の存在で、互いに今も揺らぎ続ける足元の上に立っている。


「先にも言った通り、殺処分は貴様ら『星兵』に任せる。――公国に災厄を齎す者だと判断したなら、即座に殺せ」


「……はっ」

「……」


 イリスには尚も、自分の誤った選択で殺される可能性もある。――これは決して無視できない。


 たとえ自分に、権力に抗える力があったとしても、間違った事をすれば殺される。大公の発言はその忠告だ。


「“大魔法使いの使い魔”イリス。――大公として、いつか再び相対する時を、楽しみにしているぞ」


「……はい。わたしも、また何処かで大公さまに会えたら良いなと思います」  


 こうして、謁見の時は終わった。

 リーシャは途中から顔色を悪くして、今にも目眩で倒れそうな様子をしていた。それでも最後の足取りはイリスよりも早く、堂々としたもので、気丈さだけで身体を支えているようだった。

 

「……はあ」

「……」


「帝国皇帝との謁見の後、アリス様から教わらなかったの?」


 宮殿の外に出ると、溜まった鬱憤を晴らすように、リーシャはイリスを罵倒した。


「礼儀も、言葉の選び方も……品性も、まるで無かったわ」

 

「ご……ごめんなさい」


「あなたのせいで、少し間違えば処刑台に立たされる所だった」

 

 振り向いたリーシャの視線は鋭い。――やはり怖い。


「……反省、しています」

「――でも」


 だがリーシャは一瞬、罵倒の言葉を失ったように唇を噛み、視線を逸らす。


「あの時とは大違いね。――大公相手に命乞いをしなかっただけ、褒めてあげる」


「……え」


 吐き捨てるようにそう言ってから、彼女は再び歩き出す。表情は見えない。隠しているようだった。


「早くして。宮殿に置いてっても良いの?」

「い、いえ! 今行きます!」


 離れていくその背中をイリスは必死に追い掛けた。


「……」


 イリスの他に、その背中をじっと眺める者がいたことは、この時彼女は気付いていない。


――――――――――


 ――翌日。


「……んー」

「身体の調子は、どうですか?」


 窓から差し込む陽光は柔らかく、救護所の白い壁を淡く照らしていた。


 イリスは、シュベールによって与えられた仕事に取り掛かっていた。

 窓際に座る例の少女――“見えない呪い”に苛まれた彼女を治療する為に、あれからイリスは引き続きこの場所に通っていた。


「これでも……あんまり変わった感じはしない」


「……そう、ですか」


 腕を回したり、脚を動かしたりして、身体の調子を確かめさせる。だが彼女に変化はない。

 治療は、成果が見えないまま続いている。呪いは深く、時間を要するもので、表立った焦りさえも忘れてしまうほどだ。


「きっとすぐには治らないよ。アリス様でもできなかった事なんだからさ」


 そう言ってから、イリスを手招きして隣に座らせる。ちょうど腰掛けた場所は、太陽の光が他よりも強く当たって心地良い。


「でも……わたしの仕事だから、頑張らないと」


「うん。イリスお姉ちゃんにはすごく感謝してる。ありがとう」


 穏やかな声で、感謝を伝える少女。互いの目線は、窓の外の晴天を向いていた。


「すごく暖かい。……ここだけ真夏みたい」


 気を抜けば、ここで昼寝をしてしまいそうになる。長い間冬の寒さに堪えていたイリスにとって、この空間はとても居心地が良かった。


「えー……そうかな?」


「うん。真冬なのに不思議」


 何気ない会話。2人以外、誰もいないこの部屋に、平穏な空気が流れる。

 誰にも邪魔されない、そんな静かさが漂う。


 ――それが、いつまでも続くと信じてしまうほどに。


「……あ、だれか来たみたいだよ」

「……!」


 その声と同時に、廊下から微かな足音が届いた。

 イリスははっとして立ち上がり、扉の方へと振り向く。

 直後、控えめながらもはっきりとした音が、3度鳴る。木製の扉を叩く、規則正しいノックが室内に響いた。


「お仕事中、失礼します」


「……シュベール、さん」


 聞こえてきたのは、シュベールの聞き慣れた声だった。


「イリスさん、あなたに呼び出しです」

「え」


 胸の奥が微かにざわめき、暖かい空間が外の冷気に当たって冷たくなっていく。


「僕も含め、リーシャ様から呼び出しが掛かりました。恐らく――任務に関する事でしょう」


 差し込んでいた陽の光が、また少しだけ遠く感じる。それからイリスは、静かに立ち上がった。


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