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大魔法使いの使い魔  作者: キリン
3章 星兵

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16話 酒場

――朝方。


 イリス達が出発する、数十分前のこと。


「……入れ」

「失礼しまーす」


 魔導院の2階。

 何度かノックをした後、ソフィアが部屋の中へ入る。

 使い魔の殺処分。一連の事件の報告を行うために。


「ソフィア。ノックは3回だ」

「あれ、私確かに3回……」 

「2回だったぞ。それだと便所だ」


 ノックが出来ただけでも珍しいと、ため息を吐きながら、その老人は彼女を出迎えた。

 余計な話をする間もなく、即座に本題へ入った。


「それで、殺処分は」


「失敗しました。――これが報告書です」


 彼女によって渡された報告書を、老人が時折目を近付けながら読み込む。


「……ふむ」


 部屋を見渡す。お飾りのような杖、所々隙間が目立つ本棚、手入れの行き届いた書斎。


 ――魔導院の“長”に相応しい、実に清潔な部屋だった。


「リーシャと、カイルでも無理じゃったか」


「彼女達は、あくまで“命令”に従っただけ。本気になれば、命懸けでも遂行したでしょう」


 一通り目を通した“長”が、報告書を折り畳み、分かっていたような口振りで言葉を零す。


「まあ、公国でも最高戦力の2人が無理となれば、“あの御方”も、多少は納得してくれるだろうて」


「ええ」


 対するソフィアは、目の前の嘆きを聞き流しながら、買い物として寄るべき場所とその道のりを考えていた。


「後は、説得次第というわけか」

「……ですねー」


 殺処分が寸前で回避――中断された今、次の問題は使い魔を誰が管轄するかという点にある。


 魔導院の立場としては、いずれまた殺処分が下される可能性があるにしても、それまで最低限彼女を「保護」し、魔法解析や研究、その他諸々の用途に利用したいと思っている。


 だが、それを面白く思わない者達がいるのも事実だった。


「説得は上手くいくとして、次はアレをどうするかな……」


「アレ……」


 ――大魔法使いの弟子のことだ。


 少なくともリーシャは、使い魔が魔導院の手に渡ってしまう事を避けたがっている。


 仮にも主が苦労して創った生き写しだ。彼女なりに何か思う所があるのだろう。

 しかし、これは感情だけでは片付けられない問題なのもまた事実。


 中立の立場を保つソフィアにも、状況は何となく理解できている。

 このままでは、イリスの処遇を巡って弟子達と魔導院の間で争いが起きてしまう。 


 ――そうなれば、得する者はいない。


「(いるとしたら……宮殿の連中くらいかなあ)」


「そこで、ソフィアには弟子達を説得して貰いたい。――君の言葉なら、交渉の余地がある」


「えー……」


 何を言われるか、予想はしていたが、いざ言葉にされると困惑は隠せなかった。


「これは、ソフィアにしか出来ん事だ」


 中立とはいえ、やる事は与えられる。

 リーシャに取り入って、イリスのお世話係兼保護者の役をもぎ取る。


「……」


「使い魔と直接話をした事もあるのだろう? 交渉が無理でも、監視役ぐらいは簡単に任されるはず」


 監視役――どうにも気が進まなかった。


 外でイリスを待たせている。早く話を終わらせなければ、誰かが1人の彼女を見つけて連れて行ってしまう。せっかくの休日が台無しになる。

 

「これは儂だけでなく、魔導院にとっても必要な事なのだ」


 「長」がソフィアに問い詰める。その表情は面白いほどに切羽詰まっていて、焦っているのがすぐに分かった。


「……はい。じゃあリーシャを説得すればいいんですね?」


「ああ。勿論、こちらの動きは悟られぬようにな」 

「分かってますって」


 魔法の研究でさえ大苦戦するのに、内々の調略なんて芸当が自分に務まる訳がない。

 

「本当に分かっとるのか。大体……」


 そう思いつつ、話をすぐに終わらせるために、結論に持っていこうと相槌を打ったり、頷いたりを繰り返す。


「はあ……頼むぞ。ソフィア」


「お任せください!」

 

 これ以上部屋に残っていると、次はとても長い世間話に移ってしまいそうな気配がした。


「ああ、そういえば――」

「では! 失礼します!!」


 半ば強引に切り上げ、部屋を飛び出す。その背中を見て、「長」は呆れたような表情を見せる。が、彼女の知った事ではない。


 ――ソフィアは、リーシャ達と同じ「星兵」であり、魔導院の末席に加えられた立場でもある。


 全てと向き合う事は、すごく難しい。自分が何者であるかさえ、見失ってしまうほどに。


「……まったく」


 今は、この迷いを隠すことしか出来なかった。


――――――――――

 公都・三番街。


「乾杯!!」


 酒場の扉をくぐった瞬間、ソフィアの空気は一変した。

 先ほどまでの辛うじての落ち着きはどこにいったのか。杯を煽る勢いは止まらず、空になった酒杯が次々と机上に重ねられていく。


「お! ソフィアも来てたのか! 久しぶりだな!!」

「おおー! 傭兵さん! 3日ぶりだねー!」


 その上、彼女は周囲の客にも気さくに声を掛け、見知らぬ冒険者や常連らと笑顔で言葉を交わし始めていた。

 この喧騒こそが、彼女の本来の居場所であるかのようだった。


「……ごく」


 使い魔の身体構造は、酒の成分も問題なく消化できる。とされているが、実際の所未知数でもあった。


 ソフィア曰く、毒物や瘴気などに一定の耐性があれば酒も全く問題ないらしいが、それでも若干の不安があった。


 その為、イリスは水を飲んでいる。暴走の危険性があるからと、彼女自身が杯を手にする前に自制したのだ。


「ソフィアは、よくここに来てるの?」


「うん! 基本1人で来るけど、ここには皆いるから!」


 ソフィアはそう言って、楽しそうに酒場の中を見回した。

 周囲には、重たい装備や武器を所持した兵士や傭兵が席に着いている。

 鎧の意匠も、剣の形もまちまちで、この国の者ではない風貌の者も少なくなかった。


 彼らは皆、酒を傾けながら、戦場や旅路の話を交わしている。

 ――ここは酒場であると同時に、噂や情報が行き交う場所なのだろう。


「あれ、ソフィアじゃないか!」


「ん? え、おじさん! 来てたんだ!」


 その時、イリス達の元に、1人の男がやって来た。


 鎧は年季の入った革製で、所々に補修の跡が見えた。腰には使い込まれた剣。

 いかにも「傭兵」と呼ぶに相応しい身なりの男だった。


 低く掠れた声に、ソフィアは一瞬きょとんとした後、ぱっと顔を明るくした。


「生きてて良かったよー!」

「おいおい……死んだと思われてたのかよ」

  

 苦笑いしながら、男は近くから椅子を適当に引っ張ってきて、近くに座った。

 相変わらず、ソフィアの人脈の広さには驚かされる。


「おじさんは何処で戦ってたの?」


「北方だ。公国の境界線を越えた先のな」 


 ソフィアの問いに、男は酒を一口あおってから、少しだけ表情を曇らせた。


「あー、もしかして魔族?」


「ああ。でも数が多過ぎて、うちの傭兵団は撤退する事になってな」


「そりゃ大変だ……」


 イリスは2人のやり取りを、黙って、時折小さく頷きながら聞いている。

 男の話によると、北方では傭兵団も魔族との戦いに駆り出されているという。それでも、数が多いと漏らす彼の言葉からは、まだまだ戦いが終わらない事を実感させられる。


「極北では帝国の騎士様も戦ってるんだってよ。クソ寒い所で、よくやるよな」


「うーん。私は寒い所好きだけど、ずっと居たら嫌になりそう」


 騎士という言葉を聞いて、1人の騎士が脳裏に思い浮かぶ。元気にしているのだろうか。戦いの様子からは、次再び会えるのはまだ先の事になりそうだ。


「あと! 最近は魔物が多くて稼ぎも良いんだ。お陰でたくさん飲める!」


 屈託のない声が、現実へと引き戻した。


「じゃあ酒の1、2杯でもご馳走になろうかなあ?」

「なっ、それは話が違――」

「酒追加で1つ!!」


「……」


 2人のやり取りを横目に、イリスは黙って杯に口を付けた。

 中身は水。喉が潤うだけで、ぬるい。


 魔族の話を聞くと、やはり1年前のことが思い出される。

 魔物が多いというのは、決して良い話ではない。それは討伐が追いついていない証であり、それだけ各地で被害が積み重なっているという意味でもある。


「この嬢ちゃんも、ソフィアの仲間かい?」

 

「そうだよ! すんごく強い魔法使い! まだ新入りだけどね」


「えっと……イリスです」

「おう! よろしくな!」


 傭兵の視線は、イリスへ向けられた。

 興味本位――それだけの、よくある視線。


「新入りでこの魔力とは、将来有望だな!」


「そうなの?」

「ああ。自分で気づいてないのか?」


 使い魔であるということは、自分から明かさなければ絶対に分からない。

 身分を明かすことは禁じられている。殺処分を受けた身が出歩いていると知ったら、公都の混乱は免れない。

 ソフィアもそれを分かって、何となくの調子で話してくれている。


「でしょー!」


「ソフィアの何倍も強そうで、信頼できそうだ」

「それは聞き捨てならないなー?」


 強い、という評価はこれまで何度もされてきた。

 

 イリスは、自分の内側に意識を向けた。魔力は、いつも通り静かに満ちている。

 特別なことは何もしていない。威圧するつもりもない。

 ただ、この場にいて初めて思うこともある。

 

「イリス……だっけか、ソフィアを頼むぞ!」


「うん」

「何だよそれー」


 冗談めかした声に、真面目に応じるイリス。それから、水の入った杯にまた口を付けた。変わらずぬるいままだ。


 それから、傭兵の厚意で料理を貰ったり、旅人から旅の話を聞いたりしながら、酒場での時間は流れていった。

 既に日は暮れ、深夜に差し掛かりつつある。だが、酒場の喧噪が静かになることは無かった。


「うう……」

「ソフィア? どうしたの」

 

 ふと彼女の方を見ると、机に頭をぴったりくっつけて、苦しそうにしている様子が目に入った。


「飲み過ぎたんだろう。たまに、こいつを魔導院まで運ぶこともあってな」


「運ぶ……」


 ソフィアはどうやらぐったりと眠っているようだ。身体を何度揺さぶっても起きない。

 傭兵の言葉によると、これは珍しい事では無いらしい。――飲み過ぎ、という所か。


「……ったく」


 机の上に置かれた空の杯の数を見て、傭兵がため息をついて呟く。


「激務、なんだろうな」

「?」


「日に日に酒の量が増えてやがる。今日なんて、今までに無いくらいだ」


 確かに、傭兵が飲んだ酒の倍以上はありそうな量だ。

 ――酒は百薬の長、なんて言葉を以前聞いたことがある。だが、これほどの量はかえって身体を壊しかねない。


「おい! イリスが困ってるぞ、起きろ!」

「んー……揺らさないでぇ」


「大丈夫です。……起き上がるまで、待ちます」

「そうか?」

 

 この調子だと、しばらく起きそうにないのは確実だ。無理に起こせば、機嫌を損ねて暴れかねないし、待つことにした。

  

「……きっと、ソフィアも何だかんだで大変なんだ。面倒見てやってくれ」


 心配そうに、傭兵がイリスに告げた。イリスも頷いて、ソフィアの肩に弱く触れながら答えた。

 

「はい。出来る限りの事はします」


「頼もしいな! ――おっと、俺はもう時間だ。じゃあまた会おうぜ、イリス!」


「……また」


 傭兵の男も、そう言って宿を後にした。

 ――酒場に行けば、また会うことができるだろうか。

 別れの挨拶を、もっとちゃんとしておくべきだった。という後残りがした。


「……」


「う……うぅ……」

「ソフィア?」


 ソフィアも少しだけ目を覚ます。

 熟睡されると困る。この期に起こすことにした。


「ほら、わたし達も帰らないと」

「うぅ……帰る、帰るから」


 そう言って彼女が立ち上がるまで、実に1時間ほどの時を要したのだった。


「……ここで熟睡しちゃダメだよ?」

「うー……」


 ふと握り締めた彼女の手は、いつもよりもずっと暖かいような感じがした。




 ――真夜中。


 星や月のみが、公都を照らしている。  


「ごめんねー……肩貸してもらっちゃって」


「いいよ。もうすぐ魔導院に着くからね」

  

 ソフィアの半身を支え、魔導院までの道を行く。身体はとてもひんやりしていた。


「うーん、そこ左」

「いや、真っ直ぐだよ」


 道はこの1日で大体覚えることができた。魔導院から広場、そして酒場と見知った場所も増えた。


 まだ1人では行動できないが、いつかまた公都を散歩できたら良いなと思うほど、今日は楽しかった。


「……ん?」

「んー、どうしたのー?」


 魔導院まで、あと少しの距離となった時。

 ――視線の先に何者かの姿が見えた。


「誰か立ってる」


「誰かなー……――あ」


 段々と、その姿が大きく、はっきりと見えてくる。


「……今は、会いたくないよぉ」

「あれは」


「――遅い。いったい、どこで道草食ってきたの」


 姿の正体は――リーシャであった。


「リーシャ……様」

「げぇ……」


 彼女はイリスとソフィアをそれぞれ一瞥し、ソフィアの方から感じる酒の臭いと、真っ赤に染まった顔から全てを察した。


「まさか、酒場に?」

「……」


 リーシャの顔が、段々と怖い表情に変わっていく。


「答えなさい。飲んだの?」

「飲みました……」


 それから、視線はイリスに向いた。睨みつけるその目はとても怖い。


「……あなたも飲んだの?」 


「いや、わたしは……」

「イリスは飲んでないよ! 水を飲ませました!」


 ソフィアの言葉を聞いて、リーシャは半分疑いつつも、呆れた顔をし、腕を組んだ。


「――ソフィア。私はあなたを信用して、イリスの保護役を任せたのよ?」


「……はい」


「それなのに、まさか酒場に連れていくなんて」

「うぅ……ごめんなさい」


 組まれた腕にしがみついて、許してもらおうと取り入るソフィア。だが、その冷気を嫌がるように、しがみついた手を振り解いた。


「明日の保護役はシュベールに任せるから。反省したら、さっさと戻りなさい」


「ごめんってばーー! 許してリーシャー!」 


「わかったから、その手を離して」


 今にも泣き出しそうな顔で、ソフィアが何度も許しを請う。が、効果はないようだ。


「まったく。――イリス」


「は、はい」


 1人で下を向いて、先に魔導院へ戻っていくソフィアを前に、さらにリーシャはイリスの名前を呼ぶ。無視かと思ったが、簡単に見逃してはくれないようだ。


「勘違いしないで。別に、あなたを許した覚えはないから」


 ――と、彼女は頬を膨らませながら言った。


「仮にも心があるというのなら、節度ある行動を心掛ける事ね」

 

「気をつけます。ごめんなさい」


 鋭くて、怖くて、至極真っ当な指摘だ。

 彼女は背中を向け、寒そうに身体を震わせながら魔導院へと帰っていく。


「早く来なさい。門を閉めるわ」

「今行きます……!」


 イリスはリーシャの言葉に従い、早足で彼女の後に続く。


 イリスが殺処分を免れてから1日。夜の三日月は、昨晩よりも少し光量を増やして、彼女の姿を鮮明に映し出していた。

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