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大魔法使いの使い魔  作者: キリン
3章 星兵

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15話 広場

 公都リリーア。


 大陸最大の魔法都市と称されるこの都市には、文字通り大陸の各地から多くの魔法使いが集まってくる。


 魔導院で魔法の研究に打ち込む者、才能を見出されて「星兵」として力を磨く者、そして――大魔法使いによって拾い上げられた者達。


 理由や出自は様々だが、誰もがこの街を「魔法使いの聖地」として認識している。


 都市の外れには、白い石造りの建物が他のどの建物よりも遥かに高く聳え立つ。全てを見下ろす存在、それが公都魔導院だ。


 だが公都には魔導院の他に、兵舎や将兵の詰所、貴族の屋敷、宮殿と多くの建物が立ち並ぶ。魔法使いだけの街、という訳ではない。


 都市には武力を担う兵士が常駐し、政治を担う貴族達がいて、それらの頂点として――宮殿がある。


 魔導院は確かに、この公都における魔法の中心だ。

 しかし、都市そのものを治めているのは魔法使いではない。


 魔法と権力が、常に隣り合わせ。

 ――そんな都市の中を、イリスは駆け抜けていた。


「ま、待って!」


 またしてもソフィアの姿が見えなくなる。彼女が曲がり角で曲がる度に、はぐれてしまうのでは無いかと肝が冷える。


 首元には魔法使いの徽章が引っ提げられている。とはいえ、彼女はあくまで仮置きの身。事情を知る者がイリスを見かけたら、すぐにでも単独行動だと報告されてしまうだろう。


 イリスはそれを恐れて、懸命に走った。


「ど……どこ?」

 

「ここだよー!」


 声のする方へ視線を送る。声はしていても、姿は見えない。それでも、何度も首を回して、目の回るくらいになってソフィアを探した。


「どこ……? ――!」

「ここだよ。ずっと後ろにいたのに。気付かなかった?」


 背中をつつかれて、ようやくソフィアの姿に気付いた。

 通りの人々に紛れてしまって、すぐに見つけられなかった。ほっとするイリスを前に、ソフィアは相変わらず無邪気な笑顔を見せた。


「単独行動っていっても、この公都から出なければ大丈夫だよ。それに、イリスの気配は誰でもわかるし」


 言葉は相変わらず楽観的で、心配とはある意味でかけ離れている。


「私背低いから、すぐ見えなくなっちゃうよね。……そうだ、イリスが前歩けばいいよ!」


「え、いいの?」


「うん。目的の場所には案内するから!」

 

 街道の人通りはずっと多いままで、ちょっと油断すればすぐに彼女の姿を見失う。


 ソフィアの配慮で、イリスが先頭を歩き、彼女が後ろにぴったりと続く。人の流れをかき分けるのには少し度胸が要る。


 歩いているうち、人の流れというものを少しずつ感覚に掴み、なるべく街道の端を歩いた。この方が、通りがかる店もよく見えるから。


「次そこ右ね」

「右ね、わかった」


 相変わらず、行き交う人々の視線は多い。ソフィアは全く意に介さないが、人混みに慣れていないイリスにとっては、やはり気になって仕方ない。


「……」


「人多いから、転ばないようにしてねー」


 あの時と違う事があるとすれば、自分が徽章を付けていること。ソフィアは「そこまで意味のないもの」と言っていたが、徽章の有無は心持ちも大きく異なる。

 溶け込めた訳じゃないが、これでも最低限「許された」身分であるような気がして、少し安心する。


「真っ直ぐ進むと広場が見えてくるから、そこまで行くよ」


「うん」


 この場所は民家や酒場が入り混じっている。視界の奥には広場があるらしい。広場に近づくにつれて、人通りもさらに多くなっていく。

 

 歩く速度が意識的に遅くなる。前後の人との間隔も段々と狭くなる。


「これだけの人混み……今日の市は期待できるね」


 公都の広場では、多くの商人が集まって市場を形成している。数日に一度開かれる市では、時に珍しい物品が売っていることもある。


 ソフィアは人の集まり具合から、大物に期待を寄せた。イリスは人混みの中を進むのに精一杯で、そのようなことを考えていられる余裕は無かった。


 だが、広場を目の前にすると、イリスの疲れ切った表情は変わった。


「――ここが」


「そう。市場! この公都で一番人が集まる場所だよ!」


 広場。

 少しでも空間が空いていれば、すぐさま店が構えられる。――たくさんの商人が人を呼び込み、人の流れがまた新たに人を呼び込む。あらゆるものがこの一ヵ所に集まっている。そんな場所だ。


「塩だ! 北方で採れた岩塩だぞ!」

「そこの魔法使い様! 羊皮紙はいかがか!」

「薬草や、干し肉も入ってるよー」


「こんなにもたくさんの商品が……あれ、ソフィア?」


 商人たちの喧噪に飲まれ、再びソフィアの姿が見えなくなる。広場からは出ていないにしても、これだけの人の中で彼女を見つけ出すのはとても難しい。


 辺りを何度も見渡す。見たことのない珍しい物品に惹きつけられて、どこかに行ってしまったのかもしれない。


「(また見失うなんて、思ってなかった……)」

「嬢ちゃん! 魔導書はいかがですかな?」


「え」

「魔法使いなんだろう? 今なら安くしておくよ!」


 すると、ある商人がイリスの元にやって来た。手には紫色の書物を携えていて、書物からは弱い魔力も感じる。

 ――持ち金は銀貨15枚。元より最低限の金銭しか渡されていないから、1つ何かを買ってしまえばすぐに尽きてしまう。


「あ……えーっと、その」


「買うかい? 帝国で仕入れた珍しい代物だよ」


 とても魅力がある。目が離せない。

 ――杖のことはいい。もう、買う決断をしてしまおうか。


「わかった。買い――」

「ごめんごめん! ちょっと買い物を……って」


 そこへ、両手に抱えきれない量の買い物をしたソフィアが帰ってくる。


「もしかしてそれ、買いたいの?」

 

 ――決断は、彼女に任せることにした。


――――――――――


「ふむふむ……魔法・奥義の書か。――とんだ嘘っぱちだね」


「えっ」

「……あ」


 たったそれだけで、商談は破綻した。


「まったく。よーく見定めないと、変な人に連れて行かれたり、紛い物を買わされたりするよ?」


「ごめんなさい……」

「よろしい」


 魔導書には、偽物も流通している。魔法を簡単に、効率よく習得したい買い手を騙すことで、商人たちは金銭を稼ごうとする事はよくある。


 イリスは騙される所だった。ソフィアの横槍がなければ、紛い物を買わされ、財布の中身が空っぽになっていただろう。


 ソフィアの指摘には、何も言い返せなかった。


「さて! あれが私達の目的地だよ!」


 歩き出した先には、お目当ての武器商人が店を構えていた。

 並んでいるのは刃物類に、杖。長い散歩の末、イリス達はようやく目的地に辿り着いた。


「いらっしゃい! おお、グレイスさん!」


「ん、グレイス?」

「やっぱり来てたんだね! 久しぶり!」


 聞き慣れない名前で、ソフィアの事を呼んだ。どうやら、2人は知り合いらしい。


「――あ、グレイスは私の家名ね。正直、今は捨てたも同然だけど」


 捨てた、というのは少し引っ掛かったが、知り合いであるならきっと騙してくる商人ではないと思い、ほっと一安心した。


「今日は色々あるよ! ちょっと珍しいやつも」


「へぇー……」

「ついでに、この魔導書なんかも――」

「それは偽物だね。買わないよ」


 ソフィアと商人の間で会話が続く。

 活発で、よく喋る彼女なら、顔が広いのも納得がいく。魔導院の人間として、長いこと公都にいるからこそ築かれる信頼だ。


「イリス!」

「……! ど、どうしたの」


 ぼーっと商品を眺めていたイリスに、突然声が掛かる。


「この杖と、この杖。買うならどっちが良い?」


 ソフィアの手には、2つの杖が握られていた。


 ――1つは、派手な装飾の杖。

 目を奪われるほどに華美で、柄には宝石による細工が施されている。赤、青、緑と複数の色彩の装飾は、高級品のようにも見える。


 ――もう1つは、素朴な造りの杖。

 装飾は一切無く、細身で、余分な意匠の一切を削ぎ落とした造りだ。

 実戦用、というべき見た目で、安価にも思える。


「この子は?」

「新入り魔法使い! 杖も持たない駆け出しだよ」


「あの、杖のお金は」

「気にしないで。イリスに選ばせてあげるよ!」


 安心して選ぶことができる。――だからこそ、どちらが良いか、どちらを買うべきか迷う。


「……うーん」


「こっちの杖は――」


「あー! シュベールから頼まれてたお使い、すっかり忘れてたなあー!!」


 商品を薦めようとした商人の声が、大声で丸ごとかき消される。商人もイリスも、いきなりの事で驚いて、言葉を失った。


「……」

「……」

「ごめんねー、でっかい声出して」


 喧騒の中に、迷う時間を妨げるようなものは何一つ無い。

 ゆっくり、2つの杖を見比べて、それから答えを決めた。


「そろそろ決まった?」


「うん、決めた」


「……どっち?」


「――こっち、買います」


 イリスは片方の杖を指差した。――派手な装飾で、戦いにはとても向いていないような杖を。


「こっちで、良いのかい?」

「はい。これがいいです」


「……流石っ」


 それを聞いたソフィアは、少しだけ笑みを浮かべたような気がした。


「毎度! 金貨5枚で売ろう!」

「……あ」


 だが、彼女は直後の商人の言葉に固まって、動かなくなる。


「ソフィア?」


「――ごめん! ちょーっとだけ、安くして!」


 彼女は、見栄を張っていた。




 空は少しだけ赤くなり、日も傾き始めていた。


「ふう……これでシュベールのお使いも完了」


 イリスとソフィアは、あれから一度魔導院に戻り、追加の金銭を同僚から貰い、また公都の街まで帰ってきた。

 両手に引っ提げられた袋の中には、たくさんの魔晶石が入っている。お使いを済ませ、後は帰路につくだけだった。


「あとは? もう魔導院に帰るの?」


「――いいや。私はせっかくの休日をもっと楽しみたい」

 

「?」

「それに、追加のお金も貰えたし」


 歩みは、魔導院とは真逆の方角に進んでいる。困惑するイリスを傍に、ソフィアの歩調は段々と軽やかになっていく。


 ――公都には、たくさんの商人が行き交うと共に、たくさんの冒険者や傭兵も集まる。

 彼らの足取りは、自然とある一角へと収束していく。


「あれだよ。――私のお気に入りの場所!」


 ソフィアが指差したのは――酒場街。

 人が減り、静まり返っていく夜に、逆行して人が集まり、熱気を帯びた歓楽の場所。


 人の流れに身を任せながら、イリスはその背を追った。

 ――心が、熱に包まれていくような気分がした。

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