13.5話 極北戦線
――使い魔が、殺処分を受けたのと同じ頃。
「かかれ! この地の魔族を、根絶やしにしてやれ!」
「おおーッ!!」
怒号と共に、敵の軍勢と味方の隊列が入り混じり、敵の方は大きく崩れていく。
統率された進軍。というより、勝ちを確信したような威勢を纏った突撃だった。
先頭に立つ騎士――ヴァルカン・エッセントは、巨大な剣を片手で振るい、魔族の群れへと躊躇なく踏み込んでいく。
一振りで骨を断ち、二振りで肉を裂く。魔力を纏った刃が閃くたび、魔族の赤黒い血が宙を舞う。
「逃がすな! 一匹残らずだ!」
彼の声は命令というより、叱咤に近い声だった。
その背を追う兵士達は恐怖心を忘れ、魔族の群れに相次いで飛び込んでいく。
極北。
太古に魔族によって蹂躙され、今なお人類の定住を拒む極寒の地。
1年前、遠征軍の手によって制圧された場所でもある。
この地には、魔王軍残党の征伐を目的として、帝国騎士隊が再び展開していた。
潜伏しているとされる残党の数は総勢5万体を超える。魔王の死は、あくまで戦争の一転換点に過ぎなかった。
ここは言わば、今も絶え間なく魔族との戦争が続く、極北戦線である。
「……遅い」
ヴァルカンは、剣についた血を振り払いながら吐き捨てた。
「魔王軍の残党にしては、抵抗が弱く、脆いな」
魔族は数が多く、種族によっては体躯も2倍以上ある。だが、統率は取れておらず動きもバラバラだ。それに何より、抵抗力や戦闘力自体もそこまで高くないように思えた。
「ヴァルカン様!」
「――ロイ」
呼び止められ、ヴァルカンは足を止める。
駆け寄ってきた副官の騎士――ロイは、鎧に血を浴びた姿で、切らした息を整えていた。
「戦線の奥に、拠点を見つけました!――敵の指揮官も恐らくあの場所に」
ヴァルカンは周囲を見渡し、それから視線を落とした。
倒れ伏す魔族の死体。そのどれもが、戦意を失ったまま討ち取られ、散らばっている。
「ロイ」
「はい」
「この戦い、何か変だと思わないか?」
「?」
ヴァルカンの言葉に、ロイは意味を測りかねたように眉を寄せた。
魔族には集団戦闘の技術がない。だからこれだけ無秩序で、無謀な突撃を繰り返す。
一体一体は、並の騎士を遥かに上回る魔力と体力を備えている。
だからこそ感じる――敵の違和感。
「――拠点を叩く。付いてこい!」
「はっ!」
ヴァルカンは剣を握り直し、短く命じた。
拠点は、凍った森や川を抜けた先の高台に見えている。踏み固められた地面には、無数の足跡が残っていた。それらは魔族特有の足跡だ。
しかし、そのどれもが別々の方向に散らばっていて、どこまでも続く。
「……」
「ヴァルカン様、せめて本隊の合流を待ってから!」
声は確かに届いているが、ヴァルカンは歩調を落とさない。
本隊とも離れ、敵の真っ只中だ。周囲の味方たちも困惑しながらその足に引き続く。
「……静か過ぎる」
敵の拠点が近いとなれば、気配は濃くなり、周囲にも魔族が現れるはず。
――だが、有り得ないほどに静かで、何事も起きないままだ。
「見えました、あれが拠点です!」
「……!」
雪に覆われた森林の隙間から、砦が見えてくる。既に廃城となったようで、倒壊している様子が見えた。魔族の拠点なのだろう。
それから騎馬隊は真っ直ぐ雪原を抜け、拠点の目の前まで辿り着いた。
――しかし、見上げた先に敵の気配は無かった。
「……」
魔族が築いたか、大昔に人類が建てた古城か。倒壊が激しい一方で、中から魔族の気配は一向に感じられない。
「中は、もぬけの殻のようです」
「調べるぞ」
「はっ!」
馬から降り、段差になっている地面を登る。
建物は倒壊しているが、辛うじて中に入ることは出来た。瓦礫を押し退けて、入り口を作る。
「(倒壊……いや、これは)」
瓦礫に手を伸ばし、崩れ方を確かめる。まるでどこからか衝撃が加えられたような割れ方だった。
雪の重みで崩れたにしては、局所的だ。それに、瘴気の気配や、悪臭が漂っている。
「うっ……先程まで、何者かが居たようですね」
「ああ。既に捨てられた後のようだ」
あえて、この建物を崩したのではないか。という疑いが浮かんでくる。
部下たちが警戒を強める中、ヴァルカンは砦の奥の方に目を向けた。
「ヴァルカン様、階段が」
ロイが地下への階段を指差す。冷たい空気が、下から這い上がってくる。
罠の気配を感じつつも、ゆっくりと階段を降りていった。
「行くぞ。慎重に進め」
それに敵が潜んでいないとは限らない。小さい号令の後、騎士たちは松明も無い中、暗い闇を突き進んだ。
鎧が擦れる音が、階段中に響き渡る。
「う、わ――っ!?」
「……!」
目の前で、兵士が階段から滑り落ち、転倒する。罠の可能性に気付き、一瞬身構えた。
「平気か」
「申し訳ございません、ただの転倒です」
階段は、途中から不自然なほど滑らかになっていた。それで姿勢を崩し、転倒したのだろう。
騎士の1人が慌てて立ち上がり、周囲を警戒する。――だが、何も起こらない。
階段を下り切るとと、足裏に伝わる感触が変わった。
「ここが地下……」
視界が僅かに開ける。天井は低く、奥行きのある空間。ヒビ割れた床面に従い、先に進む。
ヴァルカンは剣の鞘に手を掛け、静かに息を整える。
「……」
「あれは、いったい何でしょうか」
空間の奥、そこはとある部屋だった。
何も収納されていない本棚の並んだ――書斎。
既に焼却された書物の残骸が、あちこちに散らばっていた。
「書斎か。珍しい」
「やはり、既に敵はここを捨てたようですね」
「そうだな。 ん……?」
足元に、小さな紙切れがあった。
拾い上げて中身を確認すると、そこには普通に読み取る事のできる文字で、何かが書き置かれていた。
断片的な記述で、何についての事が書かれているのか見当がつかない。
ただ、断片になっていない語句が、微かに――
「――ヴァルカン様! 敵襲です!」
「…! どこから」
「敵勢多数! この砦を囲む勢いです!」
兵士の一報で、紙切れを読んでいる余裕は掻き消された。急いで紙切れを懐にしまい、対処のために方針を考える。
「急ぎましょう。ここは……」
「ああ。退却する」
即断だった。
砦が包囲されれば、ここにいる全員が無傷では帰れなくなる。
――違和感の正体が分かった今、すぐにでもこの場所から脱出しなければならないと思った。
「……使い魔、だと」
「ヴァルカン様?」
――違和感の正体。
息を切らしながら、ヴァルカンはその真実に思考を巡らせた。
「……見て。これが戦いというものだよ」
「……」
拠点に押し寄せる魔族の群れを、遠くの高台から眺める者達がいた。
というのも、戦場にいた魔族にはこれまで、敵との正面戦闘を禁じてきた。
敵の一団が拠点に押し寄せ、内部に突入した時点でその命令を解き、軍勢に包囲させた。
――これは意図的な作戦だ。
「人間はこれを兵法って言うらしい。でも、実際効果はあるね」
フードの影に隠れたその表情は読み取れない。ただ、淡々と事実を話しているような調子だった。
「流石です。これで敵は一網打尽ですね」
「まあ、この程度なら突破されるかもしれない」
冬の耐寒装備に身を包んだもう1人も、冷え切った空気の中で、一方的な戦況を静かに見つめていた。
「そういえば……次は何を? あの拠点は、一度敵の手に渡ってしまいましたが」
「……ああ。次ね」
一拍置いて、彼女が言葉を返す。
「公国で、面白いものが見られるらしい。かつての……復讐劇ってやつだ」
「復讐?」
「うん。1年前に殺された、魔王の仇討ちだ。互いに“当事者”は生きているからね」
魔王の死。
それは、魔族にとっては当然一大事だった。
事の張本人である、「大魔法使い」はまだ生きている。少なくとも、魔族側の認識では。
「では、ご主人様もその復讐とやらに?」
「付いていく。仮にも私は、魔族の端くれだから。戦ってやる義理は無いけど」
この者達も、魔族である。
ただ、魔王の死に対しては特段何とも思っていない。彼女にとっては、魔族の王を名乗る一介の魔物が討ち取られたというだけだった。
「公国の魔法使い達がどんなものか、この目で見てみたい。特に、大魔法使いが創った使い魔には……とても興味がある」
「使い魔……」
「うん。君の――遠い遠い親戚だね」
1人の表情が険しくなる。その表情を窺うと、もう1人が不敵な笑みを浮かべ、視線を別方向へ向ける。
「……興味が出てきました。その、使い魔に」
「そうと決まれば、早速会いに行こう。――今なら、まだ元気な状態で会えるさ」
極北では、人類と魔族の戦闘が今も絶え間なく続き、互いに多くの血を流している。
そんな喧噪を背にして、「魔女」は歩き出した。
向かう先は――公国。
大魔法使いの創った――心を持ったとされる使い魔に会い、その真価を確かめるために。




