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大魔法使いの使い魔  作者: キリン
2章 弟子と使い魔

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12/21

12話 使い魔の証明

――使い魔の殺処分。


 その話を聞いた時、「まあしょうがない」と思った。


「3日後、私とカイルで向かう」


「ふーん……で、倒せるの? 使い魔は」


 ちょうど、魔法の研究をしている時だった。魔導院に足を運んだリーシャは、いつもより表情が強張ってて、眉間に皺なんかも寄せてしまっていた。


「分からない。でも、やらないといけない」


 ――使い魔の存在は、知っていた。


 大魔法使いである主が突然創り出して、主が自身の全てを叩き込まれた使い魔。

 主には是非とも連れてきて貰いたかったが、どうにもその余裕や時間が無かったらしく、結局会わせてはくれなかった。


 主の魔法には、興味があった。

 それを受け継いだとされる使い魔にも若干の興味があった。

 ――出来ることなら、使い魔を捕獲して研究対象にしてやろうとさえ思うほどだった。


「へぇー……手伝おっか?」


 無駄だと思いつつも、リーシャに聞いてみた。


「いい。これは、私達だけの問題にしたいの」


 そう言って、切羽詰まったようにリーシャは部屋を後にした。


 魔導院の面々を関与させないのは、失敗した時の責任が飛び火するのを恐れたからだろう。殺処分をしくじれば、どんな罰が下されるか分からない。


 ――当然と言えば当然の返答だったが、貴重な研究対象だっただけに、本当に勿体ないと思った。


「じゃあ、もう行くから」

「んー」

  

 主が亡くなってから、リーシャはすごく必死そうだ。カイルにも見習ってほしい。

 亡き大魔法使いの代わりやら跡継ぎやらと担がれ、きっと公国の君主にも、民衆にも扱き使われまくっているのだろうと思い、少しだけ同情した。


「間違っても、死なないでねー」


 使い魔と弟子2人が衝突したら、どうなるだろうか。

 話を聞く限り――きっと、弟子2人が命懸けで全ての能力を出し尽くしてようやく互角に届くかどうか。


 リーシャは確かに強い。が、本人に攻撃手段が無いのが難点。カイルも同様に強い。が、彼は突撃しか知らないのが勿体ない所だ。


「うーん……ま、どうでもいいや!」


 ただ、一目使い魔を見てみたい気持ちは、ソフィアの心のどこかに残り続けた。



 ――別の日。


 巡回に――というより、研究に疲れ果てて魔導院を飛び出した時。


 酒屋で数杯の酒を飲み、ふらつきながらも正気を保っていた。


「ん……?」


 近くに、膨大な魔力の気配がした。

 気配のする方へ向かった。――これほどの気配、魔族か凄い魔法使いの二択だ。どちらかと言えば魔族のような気配でもある。


 走り続けて、公都の中央区画まで辿り着いた。そこには何か、人が集まっていて――


 ――魔力の気配は、そこからした。


「やはりな。では同行してもらう。抵抗はするな」


 そこでは、銀髪の女の人が縄で縛られ、連行されようとしていた。

 恐らく徽章の不携帯だろう。公国の魔法使い以外は、徽章を付ける義務がない。


 ――異国の人間か、魔族か。


「……あ!」


 彼女はこのままいけば、公都の地下深くに投獄されてしまうだろう。


 自分自身、並の魔法使いよりは断然強い自覚がある。

 が、こんな夜中に、しかも都の中心地で一戦交えたくは無い。


 ――私が首を突っ込む必要もそこまでない。他の魔法使いが何とかしてくれる。


「(え……でもどうしよう。このままだと連れてかれちゃう)」 


 迷った。――一か八か、魔導院に連行してみるか。


 迷った末、巡回する立場として一目見ておくくらいはすべきだと思った。

 というよりどのみち、衛兵たちだけでは捌けないような存在だ。


 そう思った瞬間、足が動いた。


「(いいや! ……ダメならリーシャに手伝って貰お!)」


 ――それに職業上は、公国の魔法使いであり、「星兵」の1人なのだから。戦いになっても仕方ない。


「あー待って待って!! 連れてかないで!」


 そして、私はこの魔法使いを連れて、魔導院へ行った。衛兵の詰所より、魔導院で拘束する方が遥かに安全だと考えての行動だ。

 ただ、怪我をしていて、寒そうに身体を震えている彼女を拘束するのは少しだけ申し訳なさを感じた。


「そうだ、せっかくだし聞いてってよ! ――星の魔法使いって話。興味ある?」


 それでも――彼女が魔族か、魔法使いかどうか見極める必要があった。


 その為に、私は選んだ。

 ――公都で最も高く、最も綺麗に星が見える場所を。

 星は嘘をつかないって、母親が言ってたから。


 彼女は、話をちゃんと聞いてくれた。目まで輝かせて、話の続きを求めた。そして私は見極めた。選択した。

 

 少なくとも、彼女は魔族じゃなさそうだ。――だが、それで終わりでは無かった。


「……なんで、あなたがイリスと居るの」


 どうやら彼女は、リーシャ達が疑いを掛けていた使い魔本人だったらしい。

 私もその瞬間に、疑問が生まれた。


 ――彼女は、怖い使い魔か。心を持った使い魔か。


「わかってる」


 私は心の中で選択した。でも、本当に正しいかどうかは分からない。

 正直、私は選択が間違えていても何とかなる。

 ――だが、彼女自身はそうはいかない。


 ――だから最後は無責任だけど、彼女自身に証明して貰いたかった。


 自分の選んだ選択が、本当に正しかったのかどうか。


――――――――――


「……だから、話を聞いて欲しい」


 4人――3人の間に、沈黙が続いた。


 ソフィアの力はもう借りられない。あとは、イリスが状況を決める番だ。


「さっきも言ったが、話次第だ」


 カイルは目を逸らさず、こちらを見つめる。傷だらけの顔面で睨みつけられるとやはり身が竦む。


「まず……あなたは公都にまで逃げた。それは、どうして?」

 

 嫌味を含んだリーシャの言葉。戦いの時、逃げる選択をする前にイリスはカイルに言葉を投げ掛けた。


「殺されると思った。震えて、ちゃんと話せなかった」


 が、その時は怖くて全てを話せなかった。――ちゃんと聞いて貰えないと思って、逃げた。


「この場所になったのは偶然……です。きっと追い付かれると思ったし、それなら場所を変えて話をしようって思っただけで」


「はっ、なんとも……都合がいい話だな」


「魔導院に連れてったのは、そうした方がどのみち安全だと思ったからだよー」


 そう言ったソフィアが外を見ながら、片足を曲げ伸ばす。

 確かに、素性の分からない、魔力量も膨大な存在を扱うのに魔導院はうってつけの場所だ。

 魔法使いが大勢集まるこの場所であれば、魔族であれ、魔法使いであれ、基本的な対処はどちらでも可能だ。


「ソフィアには救われました。――話をする機会をくれて、ありがとう」


「おお……最近の使い魔は優秀だねぇ」

「……」


 感心するソフィアに対し、真顔で鋭い目をするリーシャ。


「ごめんって。もう邪魔しないから」

「本題に……入ります」


 すぐに本題に入ろうと、イリスは話を変える。

 

「あの時――わたしは……アリス様と一緒に魔王城に向かった」


 弟子の2人を半ば置き去りにして、魔王城へ急いだとも言える。  


「魔王の手先との戦闘はリーシャ様達に任せて、アリス様は……一目散に魔王の元を目指した」


「……」

「ああ」


 主は、魔王の手先など眼中になかった。ただ魔王を討ち取る事だけ考えていたように思う。


「そして、魔王城に着く前に――アリス様はわたしに言いました」


「?」


 ソフィアの視線を一瞬だけ受け止め、それからイリスは、ずっと胸の奥に押し込んでいた言葉を選ぶ。

 

「――アリス様は、未来が見通せる魔法を持っていた」


 ――主には、未来が見えていた。


 3人は、それぞれ違う反応を見せた。

 露骨な驚き。疑いを隠さない沈黙。言葉を探すような沈思。


「え、未来が?」

「……ソフィア。あなたは黙ってて」

 

「わたしも、はじめは疑いました。極北の寒さでおかしくなったんじゃないかと心配もした」


 ――けれど、主は本当に未来を見ていた。


 イリスを創った時も、初めて実戦に連れ出した時も、魔王との戦いに挑んだ時も。 


 あるいは、討伐軍を城壁から眺めていた時も、買い物をしに麓の町へ降りた時も。皇帝から手紙がやって来る事も。大魔法使いにとっては、最初から全て分かってたことだった。


 そしてそれは――弟子の2人にも繋がるかもしれない。


「……そんな魔法、聞いたことはないわ」


「そんな話、どこに信じる根拠が」


 カイルは疑念を隠さず、リーシャは視線を伏せたまま、考え込む。


「信じて貰える方がおかしいと……思います。だって魔法は、そんなに万能じゃないから」


 ソフィアとの会話が蘇る。

 魔法にも、必ず欠点がある。万能であることなど絶対にありえない。


 ――だからこそ。


「万能じゃ……ないから」


「?」


 リーシャがわずかに首を傾げる。

 イリスの中で、ひとつの考えが形を持ち始めていた。

 それは、もしかしたら――主自身も気づいていたかもしれないこと。


「――アリス様は、未来に苦しめられてた」


「未来に」

「……苦しめられてた?」


 視線を送る。

 カイルは疑わしくぼやき、リーシャはそれを受け止めず、俯いたまま、ぽつりと呟いた。


 思い当たる節は無いか、と目線を送る。目の前にはリーシャがいて、彼女はイリスからの目線を受け取らなかったが、下を向いて――


「なんで私は、必死こいてこの子を創ってるんだろうね」


 と、主の言葉を思い出す。

 もし、これが「主の未来に関係する」話だったのなら。

 そんな回想を他所に、イリスの独白は続く。


「未来に縛られて、どんな選択をしようとしても……結局、見えた未来と同じ結果に辿り着いてしまう」

 

「リーシャ。主の魔法に心当たりは?」

「……ない」


 ソフィアがリーシャに尋ねる。が、それでも首を横に振り、思い当たる節が無いように振る舞う。


 ――主は、確かに苦しんでいた。


「わたしの名前を決めた時、主は……相当考え込んでいた」


「……」

「そんな事もあったな」


 カイルに名前の案を尋ねて、「豚の王」と名前が同じだから却下して、リーシャからも案を聞いたかもしれないが、それも除外して。


「でもあの名前は納得いかないんだよね……変えても問題無いかな」


 主が、イリスと初めて出会った日に零した言葉だった。


 ――きっと、未来視では既に名前が決まっていて、それに抗おうとして、考え込んでたのだろう。


「イリスって名前は、未来視で分かってた。――だから、一昼夜それ以外の名前を考えようとしてた」


「……」

「でも、変えられなかった」


「ただ未来が見えるだけでは、まだ説明にはならないわ」


 鋭く、冷静にリーシャが問い掛ける。

 ただ、主に未来が見えると言っても、それが魔王との戦いでイリスだけ生き残った理由にはならない。


「魔王との戦いでも……主は魔王の攻撃を全て見切ってて、正確な迎撃が出来てた」


 魔王は魔族で一番強い存在。それに対して一歩も引かず、むしろ魔法の手数では圧倒さえしていた。


 ――だったら何故、死ぬ事になるのか。


「――けど、魔王との戦いで、アリス様は言った」


 魔法の手数で圧倒していても、大魔法使いと魔王の間では、どうしても決着が付けられない理由があった。

 ――互いに、自身の未来が見えたからだ。


「千日手。――未来が見えてても、完全に倒す未来までは見えなかった」


「それは、2人の実力が拮抗してたってこと?」


 千日手という言葉に、ソフィアが反応する。


「そう。あとは……」


「――魔族の王も、同様に未来が見通せる。って可能性ね」


 リーシャが、続きの言葉をそのまま繋げる。

 互いに未来が見通せるのなら、互いの攻撃手段や攻撃のタイミング、相手がどう動くかまで全て明らかになる。

 そこに両者の魔力量、手数が乗っかると、本当に決着が付けられなくなるだろう。


「でもそれなら、退却する未来も見えてこない? ――逃げるのが最善だ、とはならなかったのかな」


 そんな状況をソフィアが分析し、戦いの全容を明かそうと考え込む。

 問い掛けは純粋な疑問だった。退却する選択肢も、戦場を俯瞰していれば、当然の選択に思える。


「そこまでは……けど、結果アリス様は戦った」


「アリス様が、確かな勝算も無く突っ込むか?」


 カイルの言葉に、イリスは表情を曇らせ、静かに頷く。


「わたしも戦わないと、と思った。――けど、あの時わたしは……戦えなかった」


「……戦えなかった?」


 リーシャが反応する。

 あの時――イリスは戦う為の選択肢を強引に奪われていたのだ。


「はい」


 イリスは、言葉を選びながら続けた。


「――魔王が、わたしに魔法を放った」

「なんの魔法?」


 魔王が詠唱する様子は見えなかった。気が付いたら、目の前が真っ暗になっていて、地べたに倒れ込んでいた。


「きっと、アリス様からの命令が通らなくなるように、動きを封じる魔法を使ったんだと」


「――本当の事か?」

「もちろんです。嘘は言わない」


「動きを封じる、ってのは分かんないけど、ブラインド……幻影とかで目の前を真っ暗にする魔法はあるよ」


 魔王がその魔法を使ってから、イリスは一時的に戦闘不能になり、命令も通らない状態になった。


 ソフィアの言う通り、視界を遮る魔法かもしれない。だがどんな魔法であれ、結果的に動きを封じられ、命令も通らない状態にされたのは確かだ。

 

「で、気付いたらアリス様が……ってことか?」

「それは違う」


 カイルが、低く息を吐いて結論を見出す。それに、間を空けずにイリスが言い返した。


 ――動けなくなる直前。わたしの目の前で「結界」が張られた。


「アリス様は結界を張って、魔王と戦った。わたしはその外側に置かれて、入れなかった」


「結界、か」


 結界が何を意味するか、それは主にしか分からない。

 ただ、イリスが結界から弾かれたこと。それが何を意味するのか。焦点はそこにあった。

 カイルが呟いた。 それは納得ではなく、むしろ――引っ掛かりを確かめるような声だった。

 

「主は、自分と魔王を隔てた。それで、あなただけを外に出した……そう言いたいのね」


「はい。――その通りです」


 見えない壁に、力ごと拒まれたような感触。意識が無くなっていく直前でも、主の魔力の動きが確かに目の前に感じられたから分かる。


「命令も、届かなかった。声も、意識も……全部」


 事実だけを並べても、いまいち3人には伝わりきれない。どのように話しても、何か取り繕っているようにも見える。

 実際に戦っていた様を見せることができたら、どんなに楽な事か。イリスは自分の言葉に掛かる重圧を感じつつ、話を続ける。


「なあ」


 短く、カイルが言った。続く言葉を、彼は一度飲み込む。


「1つ聞きたい。結界は、本当に“偶然弾かれた”のか?」


「それは、どういう……」


 カイルは真っ直ぐに、イリスを見る。


「主は……アリス様には未来が見えたんだろ? だったら、それも折り込み済みの話なんじゃないか」


 胸の奥が、ひどく冷えた。


「……」


「その未来を見た上で、主はお前を結界の外に出した」


「未来に縛られてた、なんて話だからねー。……分かっててそうしたんでしょ」


 ソフィアのカイルの指摘は、責める口調ではなかった。だからこそ、余計に重い。


「……あなたを守った、って考える方が自然になる」


 リーシャが、ぽつりと付け加える。


「主は、自分が死ぬ未来を何処かで見つけて。それでも魔王相手に自らは退却せず戦って――あなただけを、生かそうとした」

 

「きっと……それも少し違う」


 イリスは、はっきりと言った。


「……多分、主の意思とは少し違う」

「?」


 即座に返される問い。イリスは唇を噛み、言葉を探す。

 ――あの時の主には、決してわたしを「守ろう」なんて考えは無かったはずだ。

 大魔法使いと全く同じ実力を持った存在を、わざわざ守ろうとする理由も、合理性も無い。


 なら、どうして。


 ――これは悪魔の証明だ。きっと、この場ではっきりと分かるようなものではない。


 主の――アリスの考えていた事など、本人にもう一度会って話さない限り完全に証明する事はできない。


「きっと、アリス様は」


 それでも、イリスは必死に答えを見つけようと足掻く。あの時、主の命令の無い中で魔法を放ったように。


「――アリス様は、わたしに全てを賭けた」


――――――――――


「賭け?」


 ソフィアが、この瞬間初めて真剣にイリスの言葉に向き合った。


「このままいけば、結界の中で主と魔王は千日手になって、一生あのままだった」


 イリスは主と違って、未来視の魔法を持たない。

 

 命令が通じない状況で、魔王との千日手を覚悟して、結界を張った。


 主とは違って、少なくともイリスは未来に縛られない。だからこそ未来を壊せる可能性がある。


「で、結界の外にいるイリスに打開の策を……」

「――でも、賭けに出た結果がこれ」


 リーシャが、冷たく言う。


「魔王は死んだ。主も死んだ。生き残ったのは――あなただけ」


 その言葉が、最後の楔だった。


「……だから、わたしは疑われる」


 イリスは、静かにそう言った。


「わたしが、主を殺したのではないか。主を見捨てたのではないか、って」


 1年間、家と墓を往来して、その事をずっと考えていた。

 ――魔王との決着は、わたしが主ごと魔王を魔法で撃ち抜いた事で付いた。


 この事実を否定したい。

 ――でも、事実は変えられない。


「主がわたしに何かを賭けたとしても、わたしはそれに応えられなかった」


 結界を突き破った一撃は、確かに主と魔王、両方を貫いたのだから。


 実際アリスは、魔王と自身の未来視を超越した攻撃速度を出し、全てを捨てて反射的に戦った。このまま戦いが続けば、きっと魔王を打ち倒せたかもしれない。

 ――だがその瞬間、イリスの魔法が貫いた。


 イリスの中で、あの時放った魔法――雷鳴の音と共に主の言葉が再び蘇る。心臓を貫かれ、意識が朦朧となっていく主が、最期に言った言葉が。


「だから自信を持って。……自分の人生と、自分の選択に」


「って。そう、アリス様は言い残した」


 イリスの――主の言葉の後、この場は静寂に包まれた。


「アリス様はわたしに、答えを求めた。――未来に従う自分には見えない、選択肢を」


「選択肢……」 


 リーシャが、噛みしめるように呟いた。その声には、まだ納得しきれない響きが残っている。


「だから……わたしの魔法が、主を貫いたのは」


 命令は通らない。目の前には、必死になって戦い続ける主の姿。


 ――魔法を撃って、主の助けになろうとした。

 それがイリスの取った選択だった。


「きっと、主の未来視には無かった結果だったから、主は避けられなかったのかもしれない」


 あの時取った選択は、間違いだったと後悔しない日は無い。

 ――命令を聞かなかったから、聞けなかったから、選択を間違えた、と。


 沈黙が落ちる。それは免罪でも、自己弁護のつもりでもない。ただの事実だ。


「……それでも」


 リーシャが口を開く。言葉は鋭いが、どこか疲れたような、呆れたような響きがある。


「今の言葉が、仮に全てそのまま起きた事なら。――アリス様は、最期にイリスの選択を支持した。自信を持て、って言ったんでしょ」


 イリスは、顔を上げる。


「結果はどうであれ――何かに縋らず、自分で決めて選ぶこと。それが、命懸けでアリス様が託した事なんじゃないの?」


 再び沈黙する。だが今度の沈黙は、さきほどとは違った。


 誰も、すぐには言葉を継げなかった。


 この場にいる全員が、それぞれ違う形で、“主の賭けの結果”を受け取ってしまったからだ。


「――正直、俺達はあの戦いを見てない。だから、お前を何処まで信じられるのか、主が何をしたかったのか、確かめようが無い」


 カイルが、地面に落ちていた斧を拾い上げ、強く握り締める。


「――疑いは消えない。今も、これからも」


 ――だとしたら、何故大魔法使いは自身の命令に従う使い魔を創ったのか。


 最初から、どれだけ時間が掛かってでも、自由に動ける使い魔を創れば良かったのではないかと、思う余地もある。


 リーシャは考えた。カイルは確かめようの無い出来事に直面し、目を瞑った。


「……わたしは、この場で殺されても文句は言えない。疑念は消せないし、過去の事実も変えられない」 


 イリスも、今起きている現実に直面する。


「でも、これだけは……」

「……」


 ――もし殺されるとしたら。最期に1つ、言い残すべき事がある。


「大魔法使いの弟子である2人には――自分の選択と、自分の意思に従って、生きて欲しい」


 大魔法使いの言葉を、大魔法使いの弟子に受け継いでもらう。それが、この場で使い魔がやるべき最善の選択だ。


「話は、これで終わり」


「……それが、最期に言い残す事か」


 そう言い残して――イリスの、使い魔としての使命は終わりを迎えた。


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