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大魔法使いの使い魔  作者: キリン
2章 弟子と使い魔

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11話 使い魔と星々

「だからまずは、自分の目で見てきたらどうだ? アリスの生きた――世界というものを」


 ――あの騎士は、わたしにそう言った。


 あの家を飛び出して、山を越えて、思った。

 世界は思った以上に広い。


 世界の常識に触れ、わたしがそこで生きている事を知り、同時に――越えなければならない真実と向き合って。


 そして今。こうして、魔導院の屋上へ立った時。


 風が、強く吹き抜けた。


 夜の公都が、足元に広がっている。

 無数の灯りが連なり、まるで地上に落ちた星々のようだった。


「……」


 息を呑む。


 あれほど遠く――向こう側にあったと感じていた世界が、確かにここにある。


「すごいでしょ! これがリリーアの頂上」


 イリスの横で、飛び跳ねながらあちこち見渡す女性。

 この場所にも、この女性にも、あの家を飛び出さなければ相見えることも無かった。


「……確かに、すごい」


「来て良かった?」


「はい」


 景色をただじっと眺めるイリスに、女性は首を傾げ、問い掛けた。

 女性の首飾りを見つめる。

 ――それが何を意味するものなのか、イリスにも分かっていた。


「別に敬語じゃなくていいよ! 私達、同じ魔法使いなんだからさ」


 「それ」が無くても、同じ魔法使いだと認めてくれる。――どうしてだろうか。


「……」


「ん? これ、気になる?」


 女性は気付いたように指で首飾りを摘まみ、軽く揺らした。

 イリスには、それが無い。


「これは、アリス様が大切にされた本よ。――あなたのものじゃないわ」


「それは意思じゃない。ただ言葉を模しているだけだ」


 思えば――あの時も。

 リーシャとカイルの首にも、同様の首飾りが引っ提げられていた。


「これはね、結構申請すれば簡単に……って、聞いてる?」


 ――1年の間、何もしなかったわたしは、信用されていなかったんだ。


 改めて、その事実を実感する。実感すると、この景色が――高さが怖くなって、目を背きたくなる。


「……」


「おーい……?」

「……! ご、ごめんなさい」 


 取り乱して、急に手が震え出すイリスに、女性は一瞬だけ目を瞬かせた。


「あー……もしかして、首飾り無いから?」

「……」


 尋ねる声に、イリスは無言で頷いた。女性は塔の縁まで歩き、首飾りを確かめながら返す。


「でも、それはただの首飾りだよ」


「……え」


 風が吹き抜ける。震えていた指先が、少しずつ静まっていく。


「信用って、多分見えるものじゃないよ。首飾りなんてただの目印だし」


 彼女は振り返って、屈託なく笑った。


「それにこれ、見た目いいけど別に可愛くないからさー」


 凍えるほど寒くて、風も冷たい。それでも、震えは止まっていて、気にならないと思えるようになった。


「……」


「そうだ、せっかくだし聞いてってよ! ――星の魔法使いって話。興味ある?」


 満天の星の1つを指差して、彼女は――ちょっとした童話を始めた。


――――――――――


「星の……魔法使い?」 


「うん! 私の好きな童話!ちっちゃい頃、よく読み聞かせてもらったんだー」


 そう言って女性は、欄干に背中を合わせて腰を下ろす。合わせて、イリスが隣に座る。


「昔々――って、言うほど昔でもないと思うけど」


 語り出す声は軽い。


 けれど、その言葉は不思議とこの場所に馴染んでいた。夜空を見上げながら、彼女は指を伸ばす。


「とある町にね、星の魔法使いとよばれる女の人がいたんだって」


「……」


 星の魔法使い。それを聞いて、イリスは考えた。


「星を使う魔法じゃないよ。星“そのもの”を操れる魔法使い」


 ただの童話だとしても、星を操る魔法使いなんて聞いたこともない。

 話の続きに、イリスは惹きつけられた。


「星の運行とか、明るさとかを自在に動かしたり――星を落とす事だってできる。すごいよね」


「すごい……本当にいたとしたら、会ってみたい」

「ね! 私も思う!」


 イリスの目を見てから、嬉しそうに笑って、彼女は話を続けた。


「でもね。その魔法使いは、町の皆から疑われた」

「……どうして?」


「だって星って、遥か遠くにあるものでしょ」


 当たり前みたいに言う。でも、実際当たり前だ。


「触れないし、掴めないし、普通持っても来れない。昼になったら消えるし、雲が出たら見えなくなる」


 女性の声が、少し低くなる。


「町の人は言ったんだって。“それ、本当に魔法?”、“ただのおかしな妄想じゃない?”って」


 ――しばらくの間、沈黙した。

 イリスは何も言えなかった。


「前者はきっと、たまたま星の動きが読めてるだけだと思ったんだろうね」


 沈黙したまま、その話を聞き続ける。


「で、星の魔法使いの噂はそこら中に広がった」


 夜風に晒された頬が冷たい。けれど、その冷たさよりも、胸の奥に沈んでいくものの方が、ずっと重かった。


「ほら、人の話ってさ。噂とか、信じたい事ほど、すぐ話が膨らんでいくじゃん」


 苦笑混じりの声。

 その言葉が、童話の中からゆっくりと現実に滲み出してくる。


「いつの間にか、“星の魔法使いは未来を観測してくれる”って話に変わったんだ」


 イリスは、胸の奥がひやりとするのを感じていた。


「ある町では、結婚前の二人が連れてこられた。

 ある村では、領主が部下を並ばせた。

 ある国では、王様が――」


 女性は一瞬、言葉を切る。


「――王様が彼女に、“自分の未来を教えろ”と言った」


 その言葉が、頭の中で何度も反芻された。イリスにとって、とても簡単な童話と呼べるような物語ではなかった。


「“私は正しい王か”“裏切られないか”“民は私を信じているか”――全部、星で示せって」


 続けて女性は話を進める。

 イリスは思った。――傲慢で、注文が細かくて、当然の反応だと。


「到底無理な話だよ。魔法は、そんなに都合のいい代物じゃない」


「……」


 童話だ。そう割り切るには、あまりにも胸の奥に触れすぎている。


 ――答えは、言葉にある。


 それでも人は求める。安心できる未来を。正しいと信じられる言葉を。そして、与えられなければ――何もしなければ、疑う。

 疑って、否定して、最後には「間違っている」と決めつけてしまう。


「でね、星の魔法使いは王様に言ったんだって」


 声が、少しだけ柔らかくなる。

 

「……私は、未来を“教える”ことはできません」

「……」


 星は未来の選択肢を示さない。正しさも、救いも、約束もしない。


「でも、それじゃ駄目だった」

 

 女性の声から、笑みが消える。


「それでも王様は“答え”が欲しかった。信じる為じゃなくて、安心する為の未来を」


 イリスの唇が噛み締められる。


 それは間違っているのだろうか。――間違っていないと思う。


 答えを欲しがることも。確かめたくなることも。何も分からないまま立ち尽くすのが怖いことも。全部、人として自然なことだ。


 もし、星の魔法使いが自分だったら。

 同じ言葉を言えただろうか。


「結局、星の魔法使いは“嘘つきの大罪人”って裁定を受けて国を追われた。……殺されたのかもね」


 けれど、居場所も、名前も、信じてくれる人も――失った。


「結局、星の魔法使いは最期まで――誰にも信じられず、愛される事のないまま、星を1人眺めてた。ってさ。――おしまい!」


 小さく、女性は拍手をした。


「どうだった? ちょっと悲しいけど、すごい魔法使いでしょ!」


「……うん」


 すごい魔法使いだと思った。だが同時に、イリスの中で決心がついた。


「聞いてくれてありがとうね! ……楽しかった?」

「うん。ちょっと考えさせられた、けど」


「……そっかぁ」


 ――わたしは、星の魔法使いみたいにはなりたくない。


「今日は天気が良いねー。巡回の番が昨日じゃなくてよかったよ!」


 星の話を終えた女性は、再び空を見上げる。そこには、何も答えをくれない星々が瞬いている。


 ――その時だった。


「……」


 風の音とは違う、硬い響きが塔の内部から伝わってくる。

 規則正しい、重い足音。足音と気配は、2つ分。


「――お、帰ってきたみたい」

「……えっ?」


 女性が、楽しそうに声を漏らした。イリスは内心、気が気でなかった。


 ――聞いてなかったけど、この女性は何者だ。


「ん? どうしたの?」

「……あ」


 イリスが振り返るより先に、

 階段を登ってくる音は、はっきりとしたものになる。


 一段、一段。

 急がず、だが迷いなく。


「あなたは……いったい」


 イリスの頭の中で、駆け巡る。首飾りのこと、2人のこと。星の魔法使いの話。


 ――あの時の言葉。


「公都魔導院・『星兵』の1人――。夜間巡回中の魔法使いです!」


 「星兵」――どこかで聞き覚えのある、そんな気がした。


「1ヶ月後の参陣です。リーシャと、『星兵』にも伝えます。あとは――」


 魔王と戦いに行く前の、カイルの言葉。2つが繋がり、イリスの中で1つの答えが浮かぶ。


「星兵って、あの時の……」


「ん? 私達、どっかで会ったことあったっけ?」


 イリスが問い掛ける時間は、星の流れは待ってくれない。

 

 ――音がした。


「……ここに居たのね」


 扉がこじ開けられ、扉の先から2人が――大魔法使いの弟子たちの姿が見える。


「おー! リーシャおかえりー!」

「……」


 女性は立ち上がって、声を発した方――リーシャに向けて手を振る。だが、反応はしない。


「“任務”はどうだった? 終わったんでしょー?」


 任務、と言いまとめる彼女。――弟子の2人とは、おそらく知り合い以上の関係性だと直ぐに分かった。


「……」

「どうしたの? 返事してよ!」


 そのまま彼女に駆け寄り、顔色を伺う女性。リーシャの顔色は――困惑と強い疑念だった。


「“任務”はどうしたの? その――使い魔とかいうのを殺すって」


「……っ!」


 ソフィアの口から、その言葉が出た瞬間。リーシャの表情がはっきりと変わった。


「ねえ、何かあったの? リーシャ」

「……れて」

「え」


「離れて!」


 女性――ソフィアと呼ばれた彼女の手を振り払う。後ろに居たのは、他でもない使い魔だった。


「……なんで、あなたがイリスと居るの」


「え、イリスって――まさか」


 ソフィアの反応は、予想外なものだった。


「は? まさか、お前……こいつの正体知らねえで此処に連れて来たってのか?」


 カイルが続けて屋上へと立ち入る。


「あ、の……」

「ん?」


 そこで生まれた一瞬の静寂で、イリスは今度こそソフィアに問い掛ける。


「……あなたは、何者なの」


「え? 私は――リーシャやカイルと同じ、アリス様の部下だけど……言わなかったっけ」


 公都魔導院・星兵――それは共に、弟子たちと同じく、大魔法使いの管轄下にあった。


 「使い魔を殺処分せよ」――その命令は、彼女たちにも下されている。


「……え」


 ――そして、3人の視線がイリスに集まった。


「イリス」


 一番初めに声を発したのは、ソフィアだった。さっきまでの活発な声色は消え去り、彼女の目と表情には――


「ソフィア、イリスを渡して」

「渡せ。そいつは――危険だ」


 続けてリーシャが、ソフィアに詰め寄る。その手には魔力が込められている。

 カイルは更に近づく。彼の手には、あの戦いで血濡れた斧が握り締められている。


「……ソ、フィア……わたしは」


 恐らく――彼女は敵になる。狭い屋上に逃げ場は無い。階段の方は2人が塞いでいて、強引に切り抜けようとすれば身体はバラバラにされるだろう。


 ――わたしが公都に逃げた選択は、間違いだったのかもしれない。


 イリスの喉が、ひくりと鳴った。震える声で、名を呼ぶ。


「ソフィア――わたしは」


 彼女にまで疑われる事が怖くて、目も合わせられない。


「わかってる。……あなたは、違うよ」


 ――静かな声だった。


 はっきりとした拒絶。――だがそれは、イリスに向けられた拒絶ではなかった。


――――――――――


「……」

「は……」


 ソフィアは、イリスの前に立つ。

 背を向ける形で、リーシャとカイルを遮った。


「ソフィア、あなた……どういうつもり」


「――それ以上! この子に近づかないで」


 名前を呼ぶだけで、空気が張り詰めた。現に、一触即発の状況だった。


「確かに、使い魔は危険だよ。――さっきまでの私もそう思ってた」


 一歩も退かず、ソフィアは続ける。


「でも。――やっぱ話は、聞いてあげるべきだよ」


「……」

「なんだよ、いきなり」


 2人の問いに対し、ソフィアは声を上げる。


「確かに、アリス様は死んじゃったよ」


 そしてリーシャに目を向ける。


「でもリーシャ。あなたは1回でも、この子から話を聞いたの?」


 リーシャの息が詰まる。彼女の手は、震えている。


「――アリス様の死について、この子から何か話を聞いたの?」


 逆に、ソフィアがリーシャの近くに詰め寄る。イリスはその様子を見ず、しゃがみ込んで震えている。


「“分からないから怖い”“制御できないから危険”――その理由で、切り捨てようとしてるなら」


「……」


「それは、ただ都合の良い理由で現実を置き換えて、向き合えていないだけだよ」


 リーシャは言い返そうとして、言葉を失う。否定したいのに、否定できない。それが何よりの答えだった。


「私達も、イリスも、魔法使いでしょ?」


 ソフィアは、ゆっくりと言葉を選ぶ。


「見えないものを信じる。触れられないものを扱う。――それが、私達の仕事なんだよ?」


「……“仕事”、だからこそよ」


 リーシャの声が、わずかに揺れる。その目と魔力にも揺らぎがあった事を、ソフィアは見逃さなかった。


「今のあなた達に、この子は渡せない」


「おい……ソフィア。――俺らだって、やりたくてこいつなんか殺したい訳じゃない。……邪魔すんな」


「邪魔じゃない。止めてるの」

「止めてる……?」


 カイルが低く笑う。


「お前、分かってねえな。こいつが何をやらかすか、何をやったか分からねえから――」


「分からないまま、殺すの?」


 被せるように、ソフィアは言い返す。星明かりが、彼女の背中を照らしていた。


「……っ!」

「――凍星塊」


 リーシャが諦めたように扉を開け、この場を離れようとした瞬間。


 ――氷塊が、階段への扉を塞いでいた。


「っ……――召喚魔法!」

「そこで魔法使ったら! 私達、全員死ぬよ?」


「お前――」

「下手に暴れないで! こんな狭い所で」


 この場所は、公都に存在するどの建物よりも高い。一度派手に魔法を使えば、この建物は崩れ落ちて、無事で済むのはごく限られた存在だけ。

 魔法で強く踏み込んでも、屋上は崩れ落ちる。魔法の使用は、この場にいる全員を無傷では帰さない。


「……っ」


 その「限られた存在」は、魔法の使用を躊躇った。


「……私も、使い魔を殺すべきだと思ってた。――話だけ切り取ったら、主を殺したかもしれない危険な存在だよ」


 ソフィアが2人の前に立つ。そしてそれぞれの片腕を掴みながら、告げた。

 

「でも、私はこの子と話してて思ったよ」

「……」


「この子が何者か、何を考えてるか。ちゃんと向き合ってから判断しても遅くないって」


 ――ソフィアは、使い魔の話を聞く事を選んだ。

 勿論、確証があった訳では無い。


「……ったく」


 カイルが持っていた斧を落とす。完全に力を抜いたわけではない。ただ、振り下ろす理由を失っただけだ。


「……話を、聞くわ」


 リーシャもそれに続いて、魔力を発散させる。――話を聞く以外に、彼女が取れる選択肢が無かったから。


 全員が武器を取り下げた所で、ソフィアが一言発する。


「はい。じゃあ、後は頑張れ!」 

「……!」


 イリスの中で、彼女との会話が駆け巡る。


「ん? 私達、どっかで会ったことあったっけ?」


 ソフィアとイリスの間に、今まで面識は無かった。


 ソフィア自身にとって使い魔とは、話に聞く「ただの危険な存在」でしかなかった。


 ――出会って、星の話をするまでは。


 言葉を交わして、目を合わせて、彼女の手の震えを見た時。――あるいはその前。イリスがこの公都まで逃げ出した時。全ての選択が変わった。


 もしソフィアが彼女の拘束を解かなければ。この場の結末は、きっと別のものになっていた。


「せっかく、こうして会えたんだ! 今度は君の話を聞かせてよ。――イリス」


 小さな世界の中で、偶然と選択が重なり合った。イリスは、震えを止めてゆっくりと立ち上がって、3人に告げた。  


「あの日何があったのか。――皆に、聞いて欲しい」

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