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雨家族。〜Rain Family〜  作者: I嬢
初めに
1/3

── プロローグ ──

どーもI嬢です。純粋な人間です。閲覧ありがとうございます。前提としてよく読む方はファンの方はブックマーク(+更新通知オン)にするのを推奨します。(不定期なので)


あらすじはなんか意味深ですが、実際の所は"雨家族"を中心に話を展開し、更にその家族を取り巻く様々な人物の成長物語兼群像劇?みたいな物語です。


物語を読み進める中で"雨"がキーパーソンとなっています。


(雨家族の面々が基本的に主人公だったりするのですが、第二の主人公がプロローグで出てきます。プロローグは飛ばしてもいいですが、後の展開が分からなくなる可能性があるため、最初に読むことを推奨します。)


「天気の子」に影響を受けた作品です。


かなーり本気で描写を書いているので、不定期の土曜日かつ21:10投稿となります。


下記にこの小説を読む上での注意を記載します。

(アンチコメントは可能ですが、あまりにも作品の方針を無視した攻撃的な書き込みは、場合によっては私から削除とブロックをさせてもらいます。あくまで「この作品を読む」と決めて進んでいる以上、こちらのスタイルや描写傾向にはご理解いただいているものとして対応いたしますので、その点だけご注意くださいね。)


ほのぼの要素あり。

異世界要素あり。

感動要素あり。

ホラー要素あり.....?


-----------------------------------------------------------------------------


この作品は、現代(+かなりの異世界要素)を主軸にした物語です。

以下のような描写・展開が含まれます。

政治的意図を基に作った作品ではありません。

無理のない範囲でお楽しみください。


◆含まれる表現等

・精神的に不安定なキャラクターの登場および狂気的表現

・善悪の価値観が明確に定まらない道徳的グレーゾーン

・登場人物の死、または理不尽・非業の結末

・暗い雰囲気・悲劇的展開・心理描写

・パロディ、オマージュ、リスペクト要素

・メタフィクション要素

・大幅な加筆修正(出来るだけ無いように務めますが、万が一.....という事で覚えていただけると幸いです。)


◆宗教・団体・思想との関係について

・本作に登場する宗教名・信仰体系・思想等はすべてフィクションであり、パロディ、オマージュ、リスペクトの部分は一部ありますが、現実の宗教・団体・歴史とは一切関係ありません。

・無神論要素

▷▶︎▷所在地、時間共に不明

    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

   世界線記号 不明

    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄◀◁◀





.






..






...






....








.....







.....嗚呼、静かだ。





.....いや、静かすぎるのだ。






そこには、時間がなかった。


朝も昼も夜もなく、太陽も月も昇らず、ただ柔らかい光が水面を覆い、真上には形だけの青い空を模したような物が存在している。


水面そのものが淡く発しているかのようで、眩しくはないのに、どこまでも透き通るように広がっていた。


ただ、一面の鏡のような水の上に、ぽつりと一つの影が浮かんでいた。


それは、皺深い顔の紳士服を着た老人。


背はあまり高くなく、しかしその場に佇む姿には妙な落ち着きがあった。


その場所には「地平線」という概念すらなかった。


水面はどこまでも果てなく続き、いつか空と混じり合いそうだ。


遠くを見れば見渡すほどに、方向感覚も消え去っていく。


「......ふむ。ここは、一体いつなのだろうね。」


老人は、杖のグリップに両手を重ねてからぽつりと呟く。


声は淡々としていて、感情らしい色はない。


老人は足元を見下ろす。


自分の足が確かに水面に触れているのに、濡れるが、沈まない。


(まるで、物理法則を無視した現象のようだ。......夢の中に近い。いや、夢ですら一応時間の流れを伴うから、少し違うかもしれぬな。)


殆どの人間は"時間の流れ"を前提にして心理を構築している。


過去を振り返り、未来を予測し、それで安定を得る。


だが、ここにはそれがない。


......ならば人間の心は、ここではどう機能するのだろうか。


答えは単純。


あっさりと精神崩壊する、だ。


一部の人間はその崩壊に一時的にだが、耐えれるかもしれないが。


そういう点を含めればまさに、ここは神の領域と言うべき場所だろうか。


水面は奇妙なほどに静まり返っていた。


無限に続く鏡のような水面の上を、一人の老人が歩いていた。


紳士服を身に纏ったその姿は、常識を軽々と踏み越えているにも関わらず、不思議と違和感を抱かせない。


むしろ、ここにいるのが当然であるかのように映る。


黒い靴の底が水面を踏むたびに、波紋は広がるが、沈まない。


老人は背筋を伸ばしていた。


皺の刻まれた顔に、深い影を宿す瞳。


その奥に燃えるものは、人間の一生では到底到達し得ない「永遠」を知る者の眼差し。


彼は神であった。


人はその正体を知らない。


いや、知ったところでどうせ理解できない。


ただ、この水面を渡っていく理由があっただけで。


「......雨の神よ。会いに来たぞ。」


老人は低く呟く。


その声は下の水面に吸い込まれるようでありながら、確かに響いた。


それは呼びかけであり、宣告に近い。


彼の目的はただ一つ。


この水面の果てで待つという、神に会うこと。


それは不安というには硬質で、期待というには冷ややかで、でも恐怖というには遠すぎる。


水面の彼方。


そこに「人影」が生まれた。


最初は蜃気楼のように揺らめき、輪郭すら曖昧だった。


だが、一歩ごとに近づくごとに、その姿は確かになっていく。


銀色とも、淡い灰色とも言える長い髪。


風は吹いていないはずなのに、その髪だけは揺れている。


(ここはやはり自然の理や法則から切り離されたような空間になっている。)


そう老人が思うくらいにその対比は明確だ。


髪は前へと流れ、片目が隠れそうなくらいに垂れている。


無造作で、だが作為ではない自然さ。


眠たげに目を細め、感情を閉ざしたその横顔は、氷の彫像のように無機質で美しかった。


そして瞳。


端的に例えれば、淡い青の宝石アクアマリン.....のようだが、それは光を反射しているから明るく見えているからなのかもしれない。


アクアマリンは通称・「夜の宝石の女王」。いや、目の前にいる人物は果たして女なのか、男なのか。それすらも分からないのだが。


氷河を閉じ込めたような冷ややかな輝きで、澄みきっていて冷たいように感じるが、決して冷たくなく、ましてや絶対零度とまで言えないくらいの独特な温度を持つ。


見る者の心をそのまま映すのに、決して寄り添わないような冷酷さ。


老人は、その瞳を見た瞬間に理解した。


(これは神の領域に居るべき存在、居てもおかしくない存在だ。)


と。


そして彼を象る雰囲気に関して。


人間ならば「眠そう」「無感情」と呼ぶだろう。


しかし、相手のそれは違う。


眠りでも怠惰でもない。


全てを等しく「価値なし」と判断して切り捨て、達観したかのような者の眼差し。


冷たく、試すような視線。


人間の罪も、功績も、涙も、歓喜も全ては同じ薄氷の下に沈める瞳。


顔はほとんど無表情だった。


だが、その口元が微かに上がっている。


笑みなのか、皮肉なのか、あるいは無関心から零れ落ちたような形その物だったりするのだろうか。


残念ながら、老人には判別できなかったが、老人には不気味に見えた。頭脳.....ましてや心を持たぬマリオネットに似ているのだ。何とも人間らしくない。


決して老人はいつも短角的な訳ではないのだが。


その姿を包む衣。


暗い色のコートは軍服にも似ている。


それは恐らく見る人によって変わるだろう。


首元には、白いマフラー。


全体的に雨の神、と言うよりも雪の神という方がイメージが強そうだ。


老人は、その姿を見て、ほんのわずかに目を細めた。


老人は心の奥で、かすかな震えを覚える。


先に言っておくが、恐怖ではないし武者震いでもない。


そもそも、神にとって恐怖は希薄すぎる感情だ。


水面を隔てて、二人の神は向き合う中でまたもや口を開いたのは、紳士服を纏っている老人だった。


「久しいな。いや、こうして言葉を交わすのは、初めてかもしれんな。」


老人は軽く片手を胸に添え、礼を取った。


まるで古風な貴族が舞踏会の場で行うような仕草。


水面の上ではそれは一層、異様に見えた。


「雨の神よ。私の名など告げる必要はあるまい。お前ならば知っているはずだ」


対する雨の神は、何も言わなかった。


銀色の髪を風もないのに揺らし、淡い青の瞳でただ見下ろすように相手を映している。


その無言は拒絶か、無関心か。判別できぬほど冷たかった。


老人は微笑んだ。

しかしその笑みには温かさはなく、むしろどこか冷ややかな同調の響きがあった。


「......さて。私がここに来た理由は一つだ。お前も耳にしているだろう。人間どもが、この世界で何を積み重ねてきたかを。」


声は柔らかく、しかしその奥底に澱のような重さを含んでいた。


「愚かだと思わぬか?」


老人はゆっくりと歩みを進めた。波紋は起こらず、ただ黒靴が水面に影を落とすだけだ。


「彼らは火を手にした。だがその火で他者を焼き払った。彼らは言葉を手にした。だがその言葉で互いを欺いた。彼らは集い、群れを作った。だがその群れのために隣人を殺した。人間とは......なんと醜い生き物であろうか。」


雨の神は相変わらず黙している。


ただ、その瞳は少しだけ光を帯び、水面の冷たさをさらに強めたように見えた。


「私は幾度となく見てきた。国を興し、やがてそれを滅ぼす姿を。栄枯盛衰を。彼らは繰り返す。歴史を学んでもなお、同じ血塗られた道を歩み続ける。」


老人は淡々と語る。


まるで裁判官が判決を告げるかのように、感情の揺れを排した声音。


「お前は雨を司る。天から降り注ぐ水は、命を潤すはずだった。だが人間はそれを恵みとして受け取るだけでなく、利用し、独占し、戦の道具に変えた。水を引く者と引かぬ者。豊穣と飢餓。そこに生まれたのは平等ではなく、争いだ。」


その言葉に、雨の神の口元がわずかに歪んだ。

笑ったのかもしれない。皮肉な同意。だが声は出ない。


老人は一歩近づいた。


互いの距離は、手を伸ばせば触れられるほどに縮まる。


「愛と呼ぶ物もそうだ。結局は執着と欲望に塗れる。愛ゆえに殺し、愛ゆえに奪い、愛ゆえに滅ぶ。どれほど崇高な言葉を取り繕ったとしても、その根は我欲の塊に過ぎぬ。全ては言い訳だ。」


風もないはずなのに、老人のマントが揺れた。


「お前は知っているだろう。人間が空を仰ぐ時、祈りの言葉を口にするのは一瞬だ。だが次の瞬間には、自らの利益のために天を呪う。晴れを願えば雨を憎み、雨を願えば晴れを嘆く。彼らは決して満たされない。どんな天候を与えられても、そこに感謝を見出すことはない。それも相まってお前は人間が好きではないだろう。」


その言葉が、水面に落ちた。


沈黙は破られなかった。


だが確かに、その空気は深まった。


沈黙の中、ようやく声が落ちた。


雨の神と呼ばれた人物.....(以下通称名の一つとされるunknownと定義)は、わずかに口を開いた。


「......自分が人間を好ましく思わない理由、知りたいのかい?」


声音は柔らかく、静かに水面へ広がった。

けれど、そこには情感がなかった。抑揚を抑え、波を立てない調べのような響き。


「人間は、神(仮)に似せて造られた、と人神(仮)問わずによく言われているが......でも、私は時々こう思うんだ。神(仮)が人間の模倣なのではないか、と。あるいは、私たち神々こそが、人間によって作られた存在なのではないか、とね。勿論、私も。」


老人はunknownの言葉に小さく眉を上げた。


その言葉は挑発ではなく、ただ穏やかな推論のように紡がれていた。


「考えてみれば、自分たちは人間の願いによって形を与えられる。雨を望んだ人間がいて、そこに雨の神(仮)と呼ばれる私が現れる。豊穣を祈った人間がいれば、豊穣の神(仮)が生まれる。死を恐れた人間がいて、死神(仮)と呼ばれる概念が姿を持つ。『神(仮)が人間を見守っている』と言うのは簡単だけど、逆かもしれないだろう?私たちは、人間が必要としたから生まれたのだ。つまり、人間の模倣品。まあ.....私の推測の域を出ないけどね。」


unknownの声は柔らかいが、言葉の刃は鋭かった。


それでいて表情は変わらない。淡い青の瞳が、ただ老人の影を映している。


「私は既に様々な人間の心理を見てきた。彼らは矛盾で非合理的な考えばかりを持っていて、複雑そうに見えて単純だ。そんな生き物なのに、彼らは自分たちを理性的な生き物と呼ぶ。訳が分からないね。」


老人は唇を閉ざしたまま、その声を受け止めている。


淡い青の瞳が、わずかに細められる。


それは怒りでも憐れみでもなく、ただ人間の観察結果を述べているだけ。


理科の授業に例えれば、実験結果をそっくりそのまま黒板にまとめている事と同義だろう。


「......私に言わせればね、人間は自分たちを作った"神(仮)"を信じているのではない。彼らは、自分たちが作り出した幻.....偶像を信じているだけなんだよ。アイドルという人間達が作った職業もそうだ。アイドルは元々偶像崇拝に由来している。だから私は彼らを好きになれない。矛盾を抱きながら、それを誇りのように語る。非合理を抱きながら、それを美徳と呼ぶ。そんな存在に、どうして敬意を持てるというのだろう?」


雨の神の声は、淡々としていた。


unknownの言葉が、波紋のように水面へ沈んでいった。


その沈黙を受け取るように、老人はしばし目を閉じた。


やがて、かすかな笑みを浮かべる。


それは愉悦でも共感でもなく、長い年月を歩んだ者が滲ませる苦みを帯びた笑みだった。


「......なるほど。お前は実に興味深い。」


水面を踏み、老人は一歩、男へと近づいた。


その声は柔らかいが、内奥にひび割れた石のような硬さを孕んでいる。


「自らを神と名乗りながら、神という概念を信じてはいない。人間の矛盾を語りながら、自らもまた矛盾を抱えている。"無神論者の神"。まさしく、お前はそう呼ぶにふさわしいな。」


unknownは無表情のまま、わずかに瞬きをした。


(.....実際、私が"無神論者の神"であるというのは私の一面に過ぎないのだがな。)


心の中に思う否定も肯定も口にせず、ただ淡い青の瞳が老人を映す。


老人は口元に手を添え、喉の奥でくぐもった笑いを漏らした。


「矛盾に満ちている。人間と同じように。いや......もしかすると、人間以上に、かもしれんな.......さて、本題に入ろうか。」


老人の声は柔らかく、しかし含みを帯びていた。


そのまま水面を渡る影が、淡く揺れる。


「最近、変わった家族が現れたのだよ。」


unknownは軽く目を細めた。


興味はないように見える。だがその瞳は、微かな波を立てていた。


「"雨家族"と呼ばれるらしい。男と女、そして幼い子供がいる。だがただの家族ではない。雨を操る力を持っているそうだ。生きている世界線は......09-03²⁺世界線だ。少しこの数字は古いがね。.....なんせ名付けられたのが大昔だからな。」


老人は腕を組み、水面に映る自分の影をじっと見つめた。


影は揺らめくが、水は濁らない。まるで時間そのものがその場に留まったかのようだった。


「その力は尋常ではない。雨を降らす.....いや、100%の雨を降らせることができ、驚くことに、その力は家族全員で共有されているという。父も、母も、幼子も、その能力を持つのだ。」


unknownは表情を変えなかった。


ただ、瞳の奥で淡い青の光が青い炎のゆらめきのように....例えれば、空気(酸素)とガスの量が釣り合っている時の青白い炎のようだ。非科学的な物で言えば、(個体差があるが、)人魂や鬼火も青白かったりする。


「ふむ......人間の家族が、雨を操る、か。」


unknownは一瞬だけ首を傾げる。


そして静かに、声を発した。


その口元にはつまらないという感情も同時に込めたような皮肉な笑みが浮かぶ。


「......どうせ、人間のコントロール幻想だろう?」


老人は目を見開いたが、すぐに微笑みを戻す。


unknownの言葉は無表情で、しかし明確な皮肉と冷静さを帯びた一言だった。


「コントロール幻想......か」

老人は口元に手を添え、ゆっくり頷いた。


「そう。人間は誰しも一度は世界を自分の思い通りにできると錯覚する。天候を制御できるだけでなく、運命を操れる.....力を持てばすべてを支配できると思い込む。例えそれが偽物だったとしても。」


unknownは黙ったまま、老人の声を聞く。


目は変わらず澄み、表情は揺らがない。


それでもその無表情には、確かな軽蔑と冷静な評価が滲んでいた。


「父も、母も、幼子も、確かに雨を降らすかもしれない。だがそれは、自然そのものを支配したわけではない。人間が思い描く"完全な雨"を自分たちの意思で作り上げたと信じているだけだ。」


老人は視線を遠くにやった。


水面に映る二人の影は、ゆらゆらと揺れる。


揺れる水面の影の中で、彼はなお語る。


「人間が雨を支配するなんて、ありえない。自然は自由だ。それを完全に掌握したと信じる家族が現れたとしても、実際にはただの錯覚に過ぎない。彼らの存在は、神(仮)にとっても、人間にとっても、理解を超えている。しかし、人間は常に自分の幻想に縛られ、それを現実だと信じる。雨家族も、そうなのだろう。彼らが思い描く支配は、幻想にすぎない。」


unknownの言葉を聞いた老人の口元に、わずかに眉間の皺が増えた。


水面の上に立つ二人の影は、波一つ立てず、まるで時間そのものが止まったかのようだった。


「違うのだ」

老人の声は柔らかいが、言葉の奥に確かな重みがあった。


「人間のコントロール幻想ではない。雨家族は100%の雨を降らせる力を持っている。だが、本人たちでさえ、その力を操作できない。」


unknownは淡い青の瞳を細め、無表情のまま老人を見つめる。


老人は言葉を切り、水面に映る自らの影を見つめる。

揺れる影の中に、静かに光を吸い込むような冷たさが漂った。


「誰かの記念日や、偶然の重なりで、雨家族の意思は関係なく、力が勝手に行使されて、雨が降る。更に......雨を降らしてしまう詳しい条件もよく分かっていない。分かっているのはその家族が関わった特別な日は大抵雨が降ると言う抽象的なことだけだ。それ以外にも色々と条件がありそうだが.....現段階ではハッキリとしていない。」


unknownは微かに首を傾げた。


その仕草は冷静だが、わずかに興味を示しているようにも見える。


「喜ぶどころか、彼らは困惑する。自分で雨を降らせたつもりもないのに、学校や町では避けられ、仕事や行事は台無しになる。幸福を与えようとしても、雨は人々に迷惑をもたらすことが多い。それは雨を司るお主が特によく知っているだろう?」


老人の声は穏やかだが、どこか哀愁を帯びていた。


水面に反射する光は、その言葉に応えるかのように揺れた。


「......私が干渉していない限り、そのようなことはない。まあ、でも......興味深いね。」


unknownは、淡い青の瞳を細めながら、静かにそう言った。


口調は柔らかく、まるで実験結果を述べるかのように淡々としている。


「興味を持ったのか?」


「......少しだけね。だが......私の管轄は、異世界だ。」


淡い青の瞳が、水面に映る老人の影を捕らえる。


その視線は冷たく澄み渡り、感情を含まないように見えて、しかし確かな探求心を秘めていた。


「魔法と冒険者、王国と竜、数多の種族が入り乱れる世界。そこの雨を私は主に統べる。他世界に干渉することは、原則許されていないはずだ。」


水面の上に、わずかに波紋が広がる。

管轄外の世界に雨を降らせることは、予期せぬ影響を与えるかもしれない。


unknownは手を胸に添え、淡々と、しかし確かに自分の意識を集中させた。


視線の先には、銀色の長い髪を持つ老人が静かに立っている。


その姿は、まるで世界そのものを見守るかのように威厳を湛えていた。


老人はゆっくりと頷き、口を開いた。


「それは......許可しよう。」


その声は水面に落ちる滴のように、静かでありながら確かな響きを持っていた。


「お前が雨を降らせるのは、異世界での管轄だけでなく、他の世界であっても構わぬ。お前の本来の力を見込んでの判断だ。」


老人の言葉は、柔らかく、しかし揺るがぬ決定を示していた。


水面に映る影は、わずかに波立つ。


許可というものは、世界を静かに揺さぶる力を持っている。


unknownは無表情のまま、わずかに首を傾げる。


その瞳には、冷静さの中に興味の光が宿った。


「......意外だね。貴方にそんな権限があるとは。」


淡く低い声が、波紋に乗って届く。


意外というのは、皮肉でも嘲りでもなく、純粋な驚きの感情だった。


管轄外の世界に干渉する許可が、こんなにあっさりと得られるとは思わなかったのだろう。


老人は肩をすくめ、水面の揺らぎを見つめる。


「......なら、私は行くよ。許可があるのなら.....」


(ふむ、了承してくれたならそれでいい。となると......人間に溶け込む必要がありそうだな。)


unknownの答えを聞いた老人は軽く弧を描いた刹那、男の背丈がわずかに縮んだ。


「......おや。」


湖面に映る影は、先ほどまで無表情のunknownのものだった。


だが、いまそこに映っているのは、少し背丈の低い少女の面差し。


中性的なunknownの見た目から女の子らしさと例えられそうな物をほんの少しだけ混ぜたかのように。


衣服も雰囲気も変わらず、先程まで着ていた服は今の身体の大きさに誂えられているが、瞳の色が青色に少し黒色を混ぜたような濁ったような、でも青色の主張は強いような色になっており、髪の毛の色が灰色と銀色の二つに分かれているといった、"神であるはずのunknownを出来る限りアイデンティティを残しつつ、人間らしくした結果そのもの"だ。


「......これはまた、随分と趣味のいい悪戯だね。老人殿、まさかとは思うが......こういう嗜好をお持ちなのかな?」


老人は「ふふ」と笑い、肩を揺らした。


「いやいや、そんな趣味はないさ。」


少女の姿となったunknownは、顎に手を添え、無駄に冷静な目を老人へ向ける。


「なるほど。だが、私はこの外見を与えられて、羞恥や戸惑いを覚えるという領域を既に超えているのだが。」


老人は腹を抱えて笑う。


「はははっ!まったくお主は可愛げがあるのか、ないのか分からんのう!お主に一番近い人間の姿を借りさせてもらおうと思った結果がこれだ。.....ただ、他にもこの姿に変えたのは理由がある。その理由は.....お主自身が確かめるがいいさ。」


unknownは肩を竦め、無表情のまま目を細め、肩を震わせ、笑っているのか笑っていないのか分からぬ声で応じる。


「......言われなくても分かってるんだけどな。この老害。」


「老害とは.....心外だな。お主の性格や立ち振る舞い等を見て紳士的な心を持っているかと思っていたが.....」


「ふむ.....、貴方の言う事は確かに正論だ。老害と言った事は取り消そう。ただし.....一つ訂正する。紳士的な心?それ以前に私に心は.....」


その時。


わずかに水面が揺れた。


遠く、空と水面の境界が震え、ぼんやりとした光の粒子達が形を取り始める。


それは最初、霞のような輪郭だった。


しかし次第に線が重なり、枠が生まれ、やがて巨大な"扉"へと変わっていった。


「おや。ゲートも用意してくれたのか。用意周到だね。まるで、最初から私がその世界に行く事が決めてあったかのように。」


金でも銀でもない、言葉にできぬ輝き。


木でも鉄でもない、けれど確かに質量と形を持つ存在。


老人はその視線を追いながら、低く呟く。


「.......お主が足を踏み入れれば、何かが変わるやもしれぬ。それが果たして良い変化か、悪い変化は.....そこまでは分からないが。」


unknownは振り向かない。


ただ白いマフラーが、光の中で微かに揺れた。


「......いいさ。私がそのような可能性を顧みずにその人間達に何らかの"観測する価値"を見出したからね。」


そう言って、彼は扉に近づくと、扉のすぐ側に置いてあったヴィンテージ物の茶色のトランクを持ち上げる。「ふむ、用意周到過ぎるな.....まあ有難く持って行かせてもらうよ。」トランクを利き手である左手でしっかりと持ち上げると、開いた右手でドアの錆びた取っ手に手をかけると、水面の"外"の音が流れ込んだ。


車の走る音。


遠くの喧騒。


誰かが笑う声。


人々が携帯を操作する電子音。


扉の向こうには、夜の東京の街並みが広がっていた。


unknownは一歩、足を踏み出す。

その足元で、水面が微かに同心円状の形を描き、変化した。


unknownは扉を通るとすぐに扉が静かに閉じて、光の粒子となって跡形もなく消えてしまった。


同時刻、東京の空から、雨が観測された。

いつもご愛読ありがとうございます。

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