成長の先
朝の光が差し込む中、クロスは静かに宿を出た。
目指すは、町の北端にある鍛冶屋「炎鉄の槌」。無骨な看板を掲げたその店の主人は、武器職人のバーグマン。
無愛想だが腕は確かで、アシュレイから紹介されて以降、クロスがラグスティアで武器の購入とメンテナンスにはいつもここに通っていた。
ガラン、と扉を開けると、店の奥からバーグマンの荒い声が響いた。
「……おお、クロスか。早速、魔物の素材でも持ってきたのか?」
「……はい」
クロスはリュックから布に包んだ牙と爪を取り出してバーグマンに差し出した。
「これ……ランページベアの牙と爪です。この素材で、お願いしたい剣が作れないか、相談に来ました」
「ふむ……」
バーグマンはそれを手に取り、爪の表面を爪で叩き、牙の根元を覗き込む。そしてごつい眉をしかめ、鼻を鳴らした。
「……お前さんが前に言ってた細身の直剣か。鋳造じゃ耐えられんし、鍛造でも細身にしたら耐久に不安が残ると思ってたが――この素材があれば、いけるかもしれんな」
「本当ですか?」
「……ああ。ただし、ランページベアの素材だけじゃ足りん。芯に銀鉄を使って補強する。だがそうなると、値段は跳ね上がる」
「いくらぐらいになりますか?」
カジムは一瞬黙り込み、やがて指を一本立てた。
「ルム換算で、1000。つまり、10ゴル(金貨10枚)」
クロスは目を見開いた。ラグスティアに来てから貯めた金が一気に消える額だった。
「そんなに……」
「オーダーメイドだ。それにアシュレイの紹介だから少し引いてこの値段だ。不満か?」
「いえ、……お願いします」
「分かった。三日後に取りに来い。先払いじゃなくていい。だが、やめるなら今のうちだぞ」
「いえ、大丈夫です。絶対、払います」
「まぁ、オーダーメイドの武器なんて普通は7級から上を目指す連中からなんだが、お前さんは先を見据えて人よりも早くこの域に来ちまったんだ。直ぐに金ならどうにでもなるさ」
クロスはバーグマンにそう励まされると、一礼して武器屋を出る。
クロスは資金獲得のために、一旦、宿に戻りゴールドロット商会への交渉へと向かった。
ゴールドロット商会。
クロスはその石造りの建物の前で深く息を吐いた。
「……よし、行こう」
扉を開け、受付に名乗りをあげるとすぐに応接室へ案内された。待っていたのは、商会の主アシュレイと、その番頭のグランだった。
「やぁ、クロスくん。例のアイテム、試作品ができたのかな?」
「はい。これです」
クロスは火つけ紙と匂い取り袋の試作品をテーブルに出す。アシュレイは火つけ紙を手に取り、火付け石で簡単に火がつくのを確認すると興味深そうに頷いた。
「ふむ……面白い。これなら子どもでも火を起こせる」
匂い取り袋の方もグランが靴の中に入れて試し、嫌な臭いが消えるのを確認して声を上げる。
「これは……良いぞ。コストを抑えて大量生産できれば、日用品として確実に売れる」
「なら……この二つの売上の一割を僕にいただければ、と」
「一割だって?」
グランは苦笑した。
「クロス君、それは高いよ。うちは商会、しかも大量流通が前提なんだ。五パーセント。これならどうだ?」
クロスは一瞬考える。元々、一割にこだわっていたわけではない。これは「使える金」を作るための布石だ。
「……五パーセントで、お願いします」
アシュレイは満足そうに頷き、契約書にサインをした。
「よし、これで契約成立だ。また面白い物思いついたら来てくれ。店員にも話しとくよ」
昼過ぎ、ギルドの訓練場。クロスはセラとテオと顔を合わせた。
「ジークは?」と尋ねると、セラが笑いながら答える。
「朝から走りに出ましたよ。すっかり負けず嫌いになったみたいですよ」
「……僕も見習わないとですね」
セラの表情は穏やかで、
「今日はこれから盾の訓練に行きます」
と話す
テオも口を開く。
「今のままじゃ盾で受けても吹き飛ばされるからさ。技術でどうにかしたい」
「俺は……剣のことで悩んでる。もう少し先を見据えた戦い方を、と思って……」
セラは静かに笑う。
「クロスさんなら、きっと良い師と出会えますよ。焦らずに進めば、道は見えてきます」
その言葉に、クロスの胸が少しだけ軽くなった。
訓練所で格上の先輩を探していると、ふと肩を叩かれた。
「よぉ。困ってるようだな」
振り返ると、槍使いのカランが立っていた。
「……カランさん!」
振り返ると、ベルダ村から出てくる時にお世話になった槍使い、カランが立っていた。
「暇してるから、付き合ってやるよ」
槍と剣。違う武器種でありながら、クロスは迷いなく頷いた。
稽古は一進一退だった。カランは動きを見て、適切な間合いを保ちつつ槍を操る。クロスも必死に食らいついたが、ほんの一手が届かない。
(この人……やっぱり強い。でも、黒装束の奴よりは“届きそうな距離”にいる)
「……力はある。だが、迷いがある。剣筋が揺れてる。何か悩んでるな?」
「……壁を感じてるんです。でも、突破の糸口が見えないんです」
カランは黙って頷き、稽古を終えると「また来いよ」とだけ言って去っていった。
日も傾きかけた頃、人影がまばらになっている訓練場の隅で素振りを続けていたクロスに、軽い足取りで近づいてきたのは、双剣士の4級冒険者・グレイスだった。
「ねぇ、素振りは気持ちが入らなきゃ意味がないんじゃない?黒装束の件、聞いたよ。あれを相手にして、悩んでるって感じかな?」
「確か、グレイスさんでしたっけ?……理想の剣筋はあるんですが、そこに至る道が見えなくて」
「ふふ。あんた、面白いこと言うね」
グレイスは笑いながら続ける。
「壁にぶつかるタイミングって、いくつかある。8級から7級。これは、ルールを守ることを覚えない奴が落ちる。次に7級から6級。これは金の使い方。ちゃんと装備整えられるかどうか」
クロスは頷く。
「最後が、5級から4級――ここで大事なのは“魔力コントロール”による身体強化」
「魔力……コントロール?」
「そう。人間の素の力じゃ、中型魔物を単独で倒すなんて普通に考えてまず無理。だから、身体そのものに、魔力を流す。筋力、反射神経、耐久力。魔力で底上げして初めて、中型以上の魔物と渡り合える。でも、魔物は人間と同じ体格でも文字通り人間離れした力を振るってる。何故だかわかる?」
「……あれが、魔物だから?」
「ハズレ。魔物の強さが“素の力”だと思ってるなら、それは勘違い。あいつらも“強化”してるの。無意識に魔力を体に流してね」
クロスは、ブラッドゴブリンの圧倒的な一撃を思い出した。あの力は、確かに“人間”のそれではなかった。
クロスの心に、何かが灯った。
「人間にも……できるんですか?」
グレイスは、笑った。
「知りたい?」
「……はい、教えてください」
「よし。じゃあ明日のこの時間に、訓練所の裏手に来なさい。本当はこんなこと人に教えないんだけど、特別にあなたに“戦うための魔力の使い方”ってやつを、教えてあげるよ」
こうして、クロスは次の壁――魔力の“使い方”を学ぶための、新たな一歩を踏み出すのだった。




