討伐の果てに
ランページ・ベアの巨体が、地を揺らして崩れ落ちた。
息を切らしながらも、クロスたちはその勝利を確かめる余裕さえないほど、疲れ果てていた。
「……終わった、のか……」
ジークがぽつりと呟く。セラは肩を押さえつつ深く息を吐き、テオは無言で地面に膝をついていた。
そしてクロスも、自分の剣がランページ・ベアに突き立ったままになっているのを見て、ようやく腰を落とした。
だが、座り込む暇はない。
この魔物を倒したことで、報酬はすでに確定していた。けれど――その肉や牙、爪、毛皮まで含めた素材を持ち帰れば、ギルドが高値で買い取ってくれる。それは、彼らにとって大きな収入となるだろう。
「運べるか? この大きさだと……それなりに解体しないと無理だな」
テオが全体を見渡しながら言う。
セラはうなずき、すぐに包丁と布を取り出す。
「頭と四肢、それから胴の一部を切り分けましょう。牙や爪はそのままでいいけど、肉は保存のために分けて……」
作業の合間、ジークがぽつりと口を開いた。
「……正直、ビビってた。魔物の体がちょっと大きくなっただけって思ってたけど、それだけでプレッシャーがまるで違った」
「俺もだよ。正面から盾で受けてたら、あの時……死んでたな」
テオが盾の割れた箇所を見ながら苦く笑う。
「私も。あれだけ魔法で威力を落としてたのに、吹き飛ばされるなんて……」
セラは左肩をさすりながら呟いた。
「魔法で威力を落としても吹き飛ばされたくらいだし……私も、もっと盾の扱いを学ばないといけないですね。テオくん、一緒に練習しましょう」
「うん、ぜひ」
そのやりとりを聞いていたジークは、ふとクロスに目を向けて言った。
「でも、クロスは完璧だったな。正面から引きつけて、魔法でとどめまで刺したし」
「いや……全然だよ」
クロスは笑わず、真剣な表情で言った。
「攻撃を完全に受けきれなかったし、剣も結局、通らなかった。……最後は魔法に頼るしかなかった」
ジークはむっとした表情を浮かべたが、何も言わず、黙って素材を切り分ける作業に戻った。
その空気を和らげたのは、セラの優しい声だった。
「……でも、その反省があるから、クロスくんは強くなれるんです。ジークくんも、気負わずに、一歩ずつ進みましょう」
その言葉に、ジークはようやく小さく笑った。
「……うん、頑張るよ」
素材の確保と解体を終えた頃にはお昼を大きく過ぎていた。近くの野営地に戻った4人は、遅い昼食を取りながら、焚き火の前で相談を始める。
「このまま戻るのは……ちょっとリスキーかな」
テオが疲れた声で言うと、クロスもうなずいた。
「俺の剣も、たぶん限界だ。刃が歪んでるし、もう持たないかもしれない」
結局、4人はその夜は野営地に泊まり、翌朝、討伐完了のサインを木こりからもらってラグスティアへと帰ることになった。
帰路の途中。道を歩きながら、クロスがぽつりと言った。
「……素材の報酬だけど、牙と爪が欲しいんだ。素材売却のお金はいらないから、それを譲ってもらえないかな」
ジークとテオが顔を見合わせた。セラがクロスにたずねる。
「理由を聞いてもいいですか?」
クロスはうなずいて、剣の柄を見つめながら言った。
「……今の剣、もうダメなんだ。武器屋の親父さんにも言われたよ。限界だって。だから、次は自分に合った、少し細身の剣にしたい。でも、その分、耐久力が落ちる可能性があるって言われた」
「ふむ……確かに、細身になれば折れやすくもなるね」
セラが納得するように頷いた。
「でも、牙や爪の素材があれば、それを補えるかもしれないって。……俺には、それがどうしても必要なんだ」
テオも、少し考えてから口を開いた。
「なら、俺は骨が欲しい。あの魔物の骨なら、今のよりも丈夫な盾が作れると思う」
それを聞いたセラとジークは、うなずいた。
「それでは、素材を使わない私たちは、その分の金額をもらえばいいので、問題ないですよ」
「そうだな、それが一番平等だ」
こうして報酬の分配も決まり、4人はラグスティアへと戻った。
町に戻ったのは昼過ぎ。ギルドで依頼の報告を終え、報酬を受け取る。
牙と爪はクロス、骨はテオに渡され、それ以外の素材は高値で買い取られた。
それから4人はギルド内の食堂に移動して、明日以降の方針を話し合った。
「明日は休みにして、武器と防具のメンテに出して……その後、訓練」
クロスが言うと、テオがうなずいた。
「盾も新しいのを用意しないとな。骨、上手く使ってもらえるといいけど」
「俺も、剣の相談に行ってみる」
クロスは静かに言った。
セラは全員を見渡して、締めくくるように言った。
「今回の依頼は、厳しかった。でも、それぞれが課題を見つけて、次に活かせそうですね。次も、一緒に頑張りましょう」
誰もがうなずき、明日からの成長を胸に、その夜は静かに解散した。




