日々の積み重ねと小さな提案
黒装束との戦いから一ヶ月。
あの日の誓いを胸に、クロスたち4人は仕事と訓練に明け暮れていた。
この一ヶ月で受けた依頼は9級向けのもの。
それらは基本的に、町近郊や近隣の村での小型魔物の間引き依頼などで、一日がかりの仕事となるものがほとんど。
それに対して、半日仕事として扱われるのは簡易な調査依頼や情報収集、依頼人の付き添いなどの軽作業が中心だ。
この日、4人が受けたのもその半日調査依頼だった。
彼らはラグスティアの町から南東に1リーグほど離れた丘陵地帯に向かい、近頃姿を見せなくなった野生の飛行魔物「ヒリュウカモメ」の観測調査にあたっていた。
「……ほんとに、いないな」
ジークが小高い岩場の上を覗きながら言った。
「繁殖期に入ると縄張り意識が強くなるから、近寄ると威嚇されるって話だったけど」
セラがメモ帳を見ながら小さく頷く。
「ここは気配すら感じなかったな。――報告としては“個体確認できず、現地滞在10分。痕跡なし”ってところか」
テオがまとめるように言った。
「じゃあ、次の地点に移動しようか」
クロスが言うと、3人は軽く頷いた。
その後もギルドから指定された地点を周り、調査を続けてた。
お昼過ぎ、依頼を終えた4人はギルドに報告を済ませたあと、半日仕事なので各自訓練に移った。
町外れの草地に立ち、クロスは両手を広げて魔力を練った。
「凍てつく氷よ、我が敵を穿て――《アイススパイク》!」
地面から、4本の鋭い氷の槍が次々と飛び出す。
今では、4本を微妙に異なるタイミングで順々に発生させることができるようになっていた。
それにより敵の回避行動を読み、後出しのように追い詰める配置が可能となった。
今、クロスが課題としているのは、そこから更に魔力を最適化して“少ない消費で高い威力”を出す制御訓練だった。
「連続で撃てても、魔力が一瞬で底をついたら意味がない。特に長期戦になった時は……」
魔力の流れを視覚的にイメージしながら、何度もスパイクを発動、解除、また発動。流動の微調整を繰り返した。
続けて、《アイスシールド》の訓練へと移る。
「氷壁よ、我が身を守る盾と成れ――《アイスシールド》!」
氷の盾が目の前に展開される。
クロスはそこに、新たな試みとして“層構造”を組み込んでいた。
氷を複数の層に重ねることで、外部の衝撃を一部で受け止め、他の層へ分散させる仕組み。
「二層じゃまだ薄い。三層……いや、四層目でようやく魔法の直撃にも耐える可能性が……でも、その分魔力消費が……」
試行錯誤しながらも、クロスは黙々と訓練を重ねていった。
日差しの強い午前、クロスは《ゴールドロット商会》の店舗に足を運んでいた。
目的は、日常の細々とした道具の補充――香草の乾燥粉、布巾、簡易ろ過石や紙包みなど、訓練や調理に使う備品ばかりだ。
「ええと、これと……あとは油差しの替え栓があれば……」
商品棚の前で呟いていると、奥から聞き慣れた声が飛んできた。
「やっぱり君だったか、クロスくん!」
能天気な笑顔を浮かべたアシュレイが小走りに近づいてくる。
「ちょうどよかった! 少し、時間もらえる? すぐ済む話だから、応接室までお願い!」
「あ……はい。分かりました」
断る間もなく軽やかに手を引かれ、クロスは店の奥にある応接室へと連れて行かれた。
深く沈んだ革張りの椅子に腰を下ろすと、アシュレイは机に肘を突きながら、まるで年貢を納める百姓のように顔をしかめた。
「実はね、困ってるんだ……大問題ってわけじゃないけど、放っておけない、そんな感じ」
「何かあったんですか?」
「君のレシピで出したグラスファングの煮込み、今や町中で話題なんだよ。宿も食堂も仕入れたがるし、一般の家庭でも“魔物の肉って案外悪くない”って印象が広まってる」
「それは、良いこと……じゃないんですか?」
「いや、それがね――人気が出すぎて、間引き依頼がギルドで一時中止になっちゃったんだ。個体数を保つためだって。要は、需要が増えすぎた」
アシュレイは頭を抱え、肩を落とした。
「つまり、肉がもう手に入らない。けど、うちは『商会』だ。今ある波に乗り続けるには、新しい商品を出さないと……!」
クロスは頷きながらも、慎重に言葉を選ぶ。
「……それで、僕に?」
「そう!」
身を乗り出すアシュレイ。
「君なら、何かあるんじゃないかって思ってね。できれば、料理じゃないもの。保存や材料の問題があるから。もっとこう、道具とか、実用品とか……“ちょっとした驚き”のあるもの、ないかな?」
クロスは少しだけ黙ったあと、言った。
「……じゃあ、いくつか“故郷で見た”ものの中から、作れそうなものを考えてみます。どれも簡単にはいきませんが、この辺りの素材や技術でも、工夫すれば形になると思います」
「ほんとに!? それ、それが聞きたかった! 具体的には、どんなの?」
「たとえば――小さく丸めた“油を染み込ませた紙”。それに火をつけると安定して燃えるので、火打ち石の代わりにもなる。濡れてもある程度使えるし、旅人や野営をする人には便利です」
「……え、火つけ紙?」
「似たような考え方のものが、僕の故郷では使われていました。蝋や獣脂、それに香草の樹脂を混ぜたものを紙に染み込ませるんです。湿気に強く、煙も抑えられる。保存もしやすい」
アシュレイの目が一気に輝いた。
「それ……それ、絶対売れるやつだよね!? 旅人だけじゃない、家でも薪に火をつけるのに重宝されるよ! 他には?」
「……もうひとつ、あります。靴や袋に使う“匂い取り袋”。細かく砕いた石灰や香草灰、炭を混ぜた粉を布袋に詰めておいておくだけで、匂いを吸ってくれます。湿気にもある程度対応できます」
「なにそれ! 革鎧にも使えそうじゃないか!」
「はい。騎士団や衛兵隊に交渉すれば、大量に注文が入るかもしれません」
アシュレイは身を乗り出したまま、震えるほどの勢いで机を叩いた。
「クロスくん……君は商会の恩人だよ……いや、救世主だよ……いやいや、もううちの未来そのものだよ!」
「大げさすぎますよ」
「いやいや、僕がどれだけ君を頼りにしてるか、そろそろ伝えないといけないと思ってたんだ! この調子でまた何かあったら、遠慮なく相談するからね!」
「わかりました。まずは試作品を作ってみます。そのあと、どの層に売るか、値段設定も相談しましょう」
アシュレイは椅子に沈み込みながら、満足げにため息をついた。
「君と出会えて、ほんとに良かったよ……」
その言葉に、クロスはふと微笑みを返しながら、静かに立ち上がった。
ラグスティアの街に、自分の知恵が少しずつ根付いていく。そんな実感を噛みしめながら。




