報告
夜明け前の空気はまだ肌寒く、村の朝は薄靄がかかっていた。
クロスたちはフロレアと共に、静かにエルネ村を後にし、ラグスティアへの帰路につく。
「じゃあな。こっちは村人連れて様子見に行ってくる。お前ら、体力戻せよ」
別れ際、ボルドが笑って手を振る。だがその瞳は、昨日の出来事が深く焼き付いているかのように、どこか陰を含んでいた。
「……ありがとう、ボルドさん。お気をつけて」
セラが丁寧に頭を下げ、ボルドたちと別れる。
ラグスティアへの道中、テオは見た目には傷は癒えているが、まだ体内から抜けきらない倦怠感と出血の影響は無視できない。戦闘は、正直、避けたい状態だった。
だが――
「魔物の気配だわ。私がやる。お前たちは座ってて」
道中に現れた魔物は、全てフロレアが軽やかな動きで撃退してくれた。
「……すごいな」
「そりゃね、私が4級なのは伊達じゃないってことよ」
ラグスティアの門が見えたのは、夕方も終わりかけた頃だった。オレンジの夕日が町の輪郭を照らしている。
「正直、このまま宿に戻りたい……」
ジークがつぶやいたが、フロレアがすぐに手を挙げて制した。
「残念だけど、ダメね。まずは報告。あの黒装束のことを、今すぐギルドに伝える」
その言葉に誰も逆らえなかった。
⸻
クロスたちを引き連れ、フロレアは迷いなくギルドの正面扉を押し開けた。
受付にいたセリアは、疲れ切ったクロスたちの姿と、その中にフロレアが混じっているのを見て目を丸くした。
「ギルマスとサブマスに、今すぐ会いたいって伝えて。緊急で」
「えっ……? フロレアさん……? セラさんたちも一緒に……?」
セリアは困惑しながらも、フロレアの眼差しを見てすぐに走って奥へと向かった。
間もなく戻ってきたセリアに導かれ、クロスたちはギルマスター・ヴォルグの執務室へと通される。室内には、既にヴォルグとサブマスターのミレーナが待っていた。
「それで、……いったいどういうことだ」
そう問いかけたヴォルグに対し、フロレアが一歩前へ出た。
「その説明も含めて、まずはセラたちの報告を聞いてほしいんです」
促されたセラが、一礼してから話し始める。
「はい。私たちは緊急依頼を受け、エルネ村に向かいました。そこで、確かにフロッグシェードの異常繁殖と異常行動を確認しました」
「……異常行動とは?」
「通常よりも攻撃性が高く、さらに……一部の個体に、明らかな強毒の症状を伴う攻撃が見られました」
「強毒化……?」
ミレーナの表情が僅かに歪む。
「はい。そして、翌日――湿地の奥で“黒いフロッグシェード”と遭遇し、戦闘になりました」
「……黒い?」
今度はヴォルグが目を細める。
「はい。その個体は……水魔法を使用しました」
「魔法だと?」
ミレーナが声を上げる。呆気に取られたような表情だった。
「上位種ならいざ知らず、フロッグシェードが魔法使用など聞いたことがない」
「実際に、俺が受けました。……水弾のような魔法でした」
テオが前に出て補足する。
室内の空気が一気に緊張を孕む。だがその中で、フロレアは軽く口元を緩めて言った。
「そう――変異種と見てもおかしくない。でも、多分違う」
「……ふざけてるのか?」
ミレーナが少し語気を強める。
「……話は、クロスに任せます」
フロレアの視線を受けたクロスは、静かに頷いて前に出た。
「黒いフロッグシェードを討伐した直後、黒装束の人物が現れました。その人物は、フロッグシェードを“成果”だと語り、まるで自らが創り出したかのように話していました。そして……その人物はアミナ村を“実験場にしようとした”とも言っていました」
「あの襲撃事件とも、繋がっていた……?」
ヴォルグの声が低くなる。
「……はい。本人は“実験場として相応しい村だったので手駒を用意して潰そうとしたが、邪魔された”と語りました」
「……!」
「その人物は、『この世界を矯正する』という言葉を使いました。そして、『あのお方』という、何か上位の存在の意志に従って動いているような言い方をしていました」
「つまり、フロッグシェードの異常行動と、アミナ村襲撃の黒幕は同一――?」
ミレーナが眉をひそめながらフロレアに視線を送る。
ヴォルグも鋭い目でフロレアを見る。
「お前は、その黒装束を実際に見たのか?」
「ええ、なかなかの身のこなしだったわ、私ほどじゃないけど。で、黒装束に『ラグスティアにご招待しよう』と話したけど……逃げられちゃってね」
「……ならば、これはギルド全体で動く必要があるな」
ヴォルグが椅子から立ち上がり、腕を組んだ。
「ミレーナ。すぐにセイランの街のギルドマスターに報告を。セイランからはエルディア王国のグランドマスターへ。そこから他国のギルドにもこの情報を共有させる。それと、フロレア以外の払っている4級が戻ったら、この情報を共有しておけ」
「了解しました」
「……“あのお方”とやらの正体を突き止める。そして、奴らの目的を明らかにする。これはもう、ラグスティアだけの問題では済まされん」
クロスたちの沈黙の中で、ヴォルグの一言が部屋に静かに響いた。




