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異世界剣士の成長物語  作者: ナナシ
二章
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戦いの先にあるもの

朝――。


鈍い疲労感と気怠さを引きずりながら、クロスは目を覚ました。頭の奥が重く、魔力が底をついた、翌朝特有の倦怠感が身体中を巡っている。それでも、起き上がれないほどではなかった。


「……生きてるな、俺」


そんな呟きとともに、上半身を起こす。昨日の死闘を思い返すたびに、背筋がひやりとする。


階下に降りると、既にセラが食堂でスープを啜っていた。顔色は悪く、普段の柔らかな気配もどこか張りつめている。


「……おはよう」


「おはようございます、クロスさん」


クロスはカウンターで食事を受け取ると、セラの向かいの席に腰掛けた。


「無事で……よかった」


「ええ、本当に。まだ身体の芯に魔力の抜けた感じが残っていて……。けれど、歩けるだけ、十分です」


互いにゆっくりと食事を進めながら、最低限の会話だけが交わされる。


ほどなくして、軽やかな足音とともにフロレアが姿を現した。


「ようやく目覚めたようね。よかったわ」


フロレアは手近な椅子に座り、二人に向けて話しかけた。


「ボルドたちには、湿地の様子を見に行かせたわ。異常行動は沈静化しているかの確認ね。それと、あなたたちは明日、私と一緒にラグスティアへ戻るわよ」


セラが顔を上げて、少し不安げに問いかける。


「ですが……依頼自体はまだ依頼は終わっていないのでは?」


「昨日の帰りに何体かフロッグシェードを見かけたけど、全部逃げてったのよね。多分、もう終わってと思うのよね。それよりも――黒装束と黒いフロッグシェード。そっちの報告の方が急務よ。早くギルドに知らせなきゃね」


フロレアは真顔でそう言うと、ふと視線を逸らして少し笑った。


「詳しく聞きたいけど……、ギルドで一緒に報告を聞くとしよう。今はとにかく、体力を回復させること。いいわね?」


そう言って、フロレアは踵を返して食堂を後にした。



「……じゃあ、私はジークさんとテオさんに食事を運んできますね」


「……ああ、頼む」


セラが去った後、クロスは剣を手に取り、宿の外へと出た。曇天の下、濡れた大地に靴音を響かせる。


視線の先――昨日、黒装束の男と剣を交えたあの森の方角を見つめながら、静かに思考を巡らせる。


――あの黒装束。


あいつは明らかに普通の人間ではなかった。剣の技量も、動きの精度も、どれを取っても地球でお世話になっていた師範以上。あれほどの相手を前に、俺たちは歯が立たなかった。


(いや……単純な技量だけじゃない。……一つ一つの動作が無駄なく、的確だった)


力任せでも、速さ任せでもない。必要な動きを、必要なタイミングで、必要な角度と力加減で行う。それが自然と出来ているのだ。対して自分はどうだったか。


力任せに振るった剣。反射的に繰り出す魔法。だから、あの黒装束相手には届かなかった。


(必要なのは、スピードと精度。そして、動作の最適化だ)


迷いなく、無駄なく、洗練された戦い。それを成すには、思考の速度と、身体の動作の一致が不可欠。肉体と魔力、戦術と判断――全てを一つに束ねた先にしか、“勝利”はない。


しかし、黒装束と自分の差…体格はそこまで変わらない。それなのに、力の差は歴然だった。


(違いは……経験か)


この世界では、命のやり取りが日常で、魔物を倒せなければ死ぬ。それが日常なら、もしかしてこの世界では――経験そのものが、肉体や能力を直接強化する。


(ゲームみたいに、戦えば戦うほど強くなるってことか?)


考えてみれば、あのブラッドゴブリンとの戦いの後、魔物の気配を感じ取れるようになった。動きも見えるようになった。

――おそらく、あれが“経験”による成長。

そして、黒装束との差を埋める為に自分がなすべき事は経験を積む事。普通なら、それでも埋まらないかもしれない。


(しかし、俺は……この世界の人間とは違う)


この世界に来る時、神を名乗る存在から与えられた“力”。あれが意味するのは、成長の速度や器の違い――つまり、“伸び代”そのものが異なるということ。


(だったら俺は、もっと強くなれる)


そして、もう1つ気になる事がある。


(黒装束のあの言葉……魔物に力を与えていた)


それは異常なフロッグシェードの存在が証明している。そしてその背後にいるのは、間違いなく、神に追放された代行者。


(もし……奴がその手先だとしたら?)


次の実験で犠牲になるのは、ラグスティアの町や、ベルダ村、アミナ村のような、力なき村人たちかもしれない。


もしかしたら――自分の知っている誰かが巻き込まれるかもしれない。


(そんなの……許せるわけがない)


クロスは剣を静かに構え、振るう。


その一振りは、どこか迷いのない軌道を描いていた。


(だから、次は――負けられない)



その頃、セラはジークとテオの部屋に食事を運んでいた。


ベッドで呻いていた二人だったが、料理の匂いを嗅ぎつけると、少しだけ顔を上げた。


「食べられそうですか?」


「……あー、腕が痛ぇ。でも腹減った。いただきます……」


「ん……ごめん、セラ。起こしてもらえるかな」


セラはテオの身体を起こし、2人のベッドに食器を配りながら、ゆっくりと頭を下げた。


「……お二人とも、ごめんなさい。私の判断が遅くて、あんなことに……」


「違ぇよ、セラ。俺が弱いんだ」


ジークは力なく笑いながら、スプーンを握った。


「教官が言ってたこと、分かってたのに。魔法撃ったら動けって、それだけなのに……」


テオも、腹に手を当てながら言葉を続ける。


「盾役の俺も、結局吹っ飛ばされて……未熟さを痛感したよ。セラが無事だっただけで、俺は満足だよ」


セラはそっと微笑みながら、もう一度、2人に深く頭を下げた。



夕食時。ようやくジークとテオも歩けるようになり、四人は揃って食堂に現れた。


フロレアと一緒にボルドたちの報告を受ける。


「どうだった?」


「はい、数は多かったですけど……襲ってくる奴はほとんどいなかったです。いつも通りって感じでした」


「なら、予定通りで大丈夫そうだね。私は明日、セラたちを連れてラグスティアへ戻るわ。あなたたちは、もう一日だけ現地を見て、問題なければ村人連れて現場確認。依頼完了にして戻りなさい」


「了解っす」


そのやり取りを聞いていたクロスたちは、どこかほっとしたように息をついた。


だがその瞳には、以前よりも確かな“覚悟”が宿っていた。


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