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異世界剣士の成長物語  作者: ナナシ
二章
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黒の来訪者

黒い装束の男が音もなく姿を現した瞬間、湿地の空気が一変した。


むせ返るような圧迫感と、重く粘りつく殺気。まるで猛獣が目の前に立ち塞がっているかのようだった。


「……ッ」


誰も言葉が出せなかった。ただその存在に呑まれ、息を飲むしかなかった。


クロスの背中を、冷たい汗が伝う。

(この気配……地球にいた頃の師範以上……)


足元の地面がわずかに震えている。いや、震えているのは自分の膝か。


黒装束の男はゆっくりと、討伐した黒いフロッグシェードの死骸の前へ歩み寄った。そして、その場に立ち止まると、フードを脱ぎ、静かに口を開いた。


「一年かけて準備して、ようやく成果が出始めたってのによ……何やってくれてんだよ、クソが」


声は低く、しかし粗野で荒っぽい口調だった。その声音には、まるで常識も理性も感じられず、その容姿は、髪は銀髪で瞳は黒。だが、一番目を引くのはら整ってはいるが、傷跡が深く残る頬と額と血の気が引いたような真っ白な顔彩だった。


「この前も実験場にちょうどいい村があったから潰す予定だったのによぉ。手駒作って、そろそろ終わったと思って行ってみたら潰れてねぇし。……ついてねぇ。マジで」


その言葉に、クロスの中で警鐘が鳴る。


「……それは、アミナ村のことか?」


黒装束の男は、顔も向けずに吐き捨てる。


「はぁ?村の名前なんざ、知らねぇよ。どうでもいいだろ? どうせゴミが暮らしてただけだ」


その瞬間、クロス以外の三人――セラ、テオ、ジーク――は、その言葉の冷たさと気配の強さに完全に圧されて、声が出せなかった。


「……なぜ、そんなふざけたことをする」


ようやく声を振り絞るクロス。


しかし男は、嘲笑を浮かべるように、ふっと笑った。


「ふざけた? ……くだらねぇな」


こちらを向きながら、ゆっくりと剣を抜き放つ。血のように黒く染まった長剣が、湿地の薄明を裂いた。


「俺たちはあのお方と共に、この腐った世界を正しく“矯正”しようとやってんだよ。……何も知らねぇ下っ端が口出ししてんじゃねぇよ、雑魚が」


クロスが返す言葉を見つけるよりも早く、黒装束は無言のまま地を蹴った。


「――ッ!」


抜き放たれた剣は、まるで空気ごと断ち切るような勢いでクロスに迫った。


かろうじて剣を構え、受け止める。しかし、重い。速い。鋭い。


その一撃だけでクロスは数歩後退させられ、体勢を崩しかけた。


(――師範並み? いや、それ以上……!)


黒装束の剣が止まらない。二撃、三撃、四撃。力任せではない、洗練された斬撃が容赦なく振るわれる。クロスは後退を繰り返すしかなかった。


「くそっ……!」


テオが横から突っ込む。大盾を構え、クロスの前に飛び出すように立ちはだかった。


「させるかっ!」


だが、黒装束は一瞥しただけで剣を振るうと見せかけ――逆にその盾を踏み台にして跳ね上がり、テオの頭に回し蹴りを放った。


「ぐあっ!」


テオは重い音を立てて泥に転がった。


「テオッ!」


ジークが魔法詠唱を始める。


「熱よ、弾けろ――《ファイアショット》!」


火球が黒装束へと向かう。しかし、それをまるで気配だけで感じたかのように男は身を翻し、火球を回避した。


「チッ、外れたっ……!」


ジークが叫ぶ。その隙に、クロスが距離を詰め直し、再び斬りかかる。鋼と鋼が激しくぶつかり合い、火花が散る。


(なんてやつだ……動きが捉えられない)


だが、その戦いも唐突に終わりを告げた。


男がふっと剣を引き、一瞬の隙を作った――かに見えた。


「!?」


疑問が頭をよぎる前に、男は急にセラへと斬りかかる。


「セラッ、下がれッ!」


だがセラの体は、恐怖で凍りついていた。


クロスが声を張り上げるも間に合わない――そう思ったその瞬間、テオが盾を構えて割って入った。


「ぐっ……!」


しかし、それさえも見切られていた。


黒装束の男は剣の軌道を変え、テオの盾の隙間に鋭い突きを放つ。


「――っ!」


突き刺さった剣がテオの左腹を貫いた。


「テオォッ!!」


クロスが怒りと焦りのままに斬りかかる。だが、男は剣を引き抜きながら、その血に濡れた刃を振るった。飛び散った血がクロスの顔を濡らし、その一部が左目に飛び込んだ。


「しまった……見えないっ……!」


クロスは後退するが、男はすぐに追い討ちをかけるようには動いてこない。ただ、じっとこちらを見据えていた。


セラはテオのもとに駆け寄り、震える手で治癒魔法を施す。


「聖なる癒しよ、彼の命を繋げ……《ヒール》……!」


その声は震えていた。泣き声混じりの治癒詠唱だった。


ジークは恐怖で腰を抜かし、動けずにいた。


誰もが、このままでは殺される――そんな空気が漂っていた

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