黒の兆し
朝の霧がまだわずかに残る中、クロスたちは前日に決めた通り、湿地帯のさらに奥へと進んでいた。
ボルドから「今日にももう一組くらい来るかもな」と聞かされていたため、無理をせず、夕方前には村へ戻る予定での出発だ。
湿地を歩く水音の中、ジークが軽く槍を構えながら言った。
「今日はイグナイトウェポンの魔法を使っていくから、ちょっとは前に出られる。……たぶんな」
「……自信持っていこうぜ。俺らだって、成長してんだからさ」
と、テオが笑って言い、クロスもそれに小さく頷いた。
⸻
午前中、単独や2体のフロッグシェードと3度戦闘し、無事に勝利を収めていた。だが、どの個体も妙に気性が荒く、動きも鋭かった。
「いつもより攻撃的です……どう考えてもおかしいですよね」
セラが湿地の地形を確認しながら、そうつぶやいた。
「そろそろ折り返しか……」
とクロスが言いかけた、その時だった。
「おい……あれ……!」
テオが指差した先、少し開けた湿地の茂みに――全身が泥のように黒ずんだフロッグシェードが、ひときわ異質な姿で佇んでいた。
セラは初めて見る黒いフロッグシェードに
「……なにあれ。黒い……」
クロスも今まで見てきたどの魔物とも違う雰囲気に思わず言葉が口から溢れた。
「気配が違う……」
「とにかく、やりましょう!」
セラの号令とともに、戦闘が始まった。
「行くぞ。まずは先制だ」
クロスが詠唱を始める。
「凍てつく雫よ、我が敵を撃て――《フロストショット》!」
氷の魔弾が鋭く放たれ、黒い個体の胸へと直撃――かに見えたが、氷は霧のように砕け、効果が通らなかった。
「なっ……!? 効いてない!?」
「じゃあ、俺がいく!」
ジークが自らの武器に魔法を付与して突き出す。
「燃えよ、小さき炎よ。我が刃に灯れ――《イグナイトウェポン》!」
「うおおおっ!!」
しかし黒い個体は素早く飛び退き、後ろ足のばねを使って一気に反撃に出る。
「くっ……速い!」
「ジークさん、下がってください!」
セラが叫び、すぐさま詠唱を放つ。
「我が前に、揺るがぬ壁を──《シールド》!」
ジークの前に光の障壁が展開され、辛くも跳躍攻撃を防ぐ。しかしその勢いは強く、障壁が破壊された。
その後も素早く動く黒い個体に対して、攻撃を当てられず防戦一方の4人。
「……こんなに暴れてるのに、まだ動きが鈍らないなんて……っ!」
「ジーク、少し下がれ! 今度は俺が――」
テオが前に出て、盾代わりに身体を差し出すように構える。
その時だった。
――黒い個体の口から、水が弾けた。
「水魔法……!? そんな、ありえない……!」
セラが驚愕の声を上げた。だがその水弾は、テオの肩を狙って一直線に飛ぶ。
「ぐぅっ……!」
直撃を受けたテオがよろめき、湿地に膝をつく。
「ちょ、ちょっと待て……! 何なんだこいつは……!」
ジークが再びスピアを振るうも、反応が遅れ、空を切る。
「こんな……どうしろってんだよ……!」
「クロス……!」
セラがクロスを見る。クロスは冷静に黒い個体の動きを見ていたが、次の瞬間、小さく息を吐いた。
「セラ、テオ……少しだけ時間を稼いでくれるか?」
「……新しい魔法?」
「本当はもっと準備してから使うつもりだった。でも……このままじゃ、まずい」
クロスが静かに前に出る。
「任せて……ください」
「分かった」
セラとテオは盾を構え直し、ジークも再びスピアを掲げた。
セラとテオに向かって水魔法を放つと同時に飛びかかってくる黒い個体。2人はかろうじて受けるが体勢を崩される。ジークが素早く援護に入るも避けられてしまう。その様子に笑ったような顔をしたようにセラには見えた。再び飛びかかってくる黒い個体。
その時、クロスの詠唱が始まる。
「氷壁よ、我が身を守る盾と成れ――《アイスシールド》!」
分厚い氷の盾が、黒い個体の突進を正面から受け止めた。次の瞬間、盾の反動で黒い個体が弾かれ、頭を激しく打ちつけた。
「今だ!」
クロスが地面に手をかざす。
「凍てつく氷よ、我が敵を穿て――《アイススパイク》!」
足元から4本の鋭い氷槍が一気に突き上がり、黒い個体の脚を貫くように突き刺した。動きが一瞬で止まる。
「ジーク!」
「わかってる! 燃えよ、小さき炎よ。我が刃に灯れ――《イグナイトウェポン》!」
クロスの剣に炎が灯る。
「終わらせる――!」
一直線に踏み込んだクロスの剣が、胸部を貫き、そのまま地面へと叩きつけた。
――黒いフロッグシェードは、悶えもせずに沈黙した。
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4人は肩で息をしながら、黒い個体を囲んでいた。
「……なんなんだ……。こんなの、初めて……」
「火も氷も効きにくいなんて……。しかも、魔法まで使うなんて」
「こいつが……異常繁殖の原因か……?」
「わからないけど……とにかく、持ち帰らないと……」
クロスが剣を収め、死骸の肩に手をかけようとした――その時だった。
突如、周囲の空気が変わった。
風が止み、空気が重くなる。
茂みの奥から姿を現したのは、黒いローブをまとった人物だった。顔はフードで隠れているが、確かな魔力の気配があった。
全員がその存在に気づいた瞬間、空気が張り詰め、時間が止まったかのような静寂が支配した。




