剣に宿るもの
訓練所の中心で、2人の男が対峙していた。
一方は、すでに7級相当と噂される実力者・ダリオ。もう一方は、この街に来てまだひと月足らずの新人冒険者・クロス。
「へっ、こんなヤツが俺に勝てるわけがねぇってのに……物好きな観客が多いな」
ダリオが大剣の模擬刀を肩に担ぎ、観客を見渡しながら嘲るように言った。
「おい、田舎もん。今さら怖気づいたんじゃねぇよな?」
ハルド教官が開始の合図を告げると、ダリオは笑みを浮かべながら一気に踏み込んだ。その勢いは凄まじく、大剣が振るわれるたびに空気が裂ける音が響く。
「ほら! 逃げんなよ!」
大剣の一閃、また一閃――クロスは紙一重で避け、あるいは剣の根本で受けていく。
「やっぱり逃げてるだけじゃねぇか、腰抜けがっ!」
「大剣にビビったか? それでも男かよ」
「口だけじゃねぇか。どこが強いんだよ、おい!?」
その瞳は静かで、口元は結ばれたまま。挑発には微塵も動じず、ただ相手の動きを見据えていた。
(地球での10年が……この程度で揺らぐわけがない)
剣術の修練を積み、血と汗に塗れた日々を思い返す。クロスの動きは最小限で滑らか。足の位置、肩の向き、呼吸――すべてが剣術の型の中にある。
(煽り……力任せの剣……無駄が多い)
人を相手にした剣術。その動きが今、まさにダリオに対して有効に働いていた。
「クソ……なんで当たらねぇ!」
次第にダリオの顔から余裕が消えていく。焦りと怒りがその瞳に現れる。大剣を振り抜くたびに身体が開き、隙が広がる。
「なぁ、さっきまでの威勢はどうしたんだ?」
今度はクロスが言葉を返す。低く、感情を抑えた声。
それが逆に、ダリオの心を揺さぶった。
ダリオの顔がみるみる歪む。
「クソがあああああっ!」
大剣を思い切り振り下ろすダリオ。しかし、クロスはその一撃を受け流しながら、足を軽く引っかけて体勢を崩させる。
「っ……!?」
バランスを失ったダリオが背から地面に倒れる。その隙を逃さず、クロスの模擬刀が喉元へと突きつけられた。
「勝負、あり……か?」
だが、その瞬間――
「まだ終わってねぇ!」
ダリオは砂を掴み、クロスの顔に思い切り投げつけた。
「卑怯です……!」
セラの怒声が飛ぶが、クロスは動じない。目瞑り、静かに構え直す。
「へっ、目が見えないんだろ……これで勝ちだ!」
勝利を確信したダリオは慎重に背後を取り、渾身の一撃を狙う。
大剣を肩に担ぎ、クロスの背後から斬りかかる――その刹那。
「なっ!?」
クロスの身体が滑るように横に動いた。見えていないはずの一撃を、まるで見通していたかのように回避したのだ。
「な、なんで……っ!」
驚愕するダリオに、クロスの反撃が始まる。
模擬刀がダリオの腕を打ち、次いで顔に一撃。最後に膝へと蹴りが叩き込まれた。
「ぐ、あああああっ……!」
膝を砕かれ、ダリオは崩れ落ちた。仰向けに倒れ、呻き声を漏らす。
クロスは、ダリオが倒れた時にその手が地面を探るように動いた瞬間に気づいていた。
(目潰し後の反撃……実戦では当たり前の流れ)
あえて視界を閉ざされた状態での戦闘訓練も、地球では行っていた。それが今、活きていたのだ。
ハルドが静かに手を挙げる。
「勝負あり。勝者、クロス!」
訓練所を包んでいた空気が一気に弛緩する。観客席から歓声も、罵声も、ただの沈黙も起こらない。
それだけ、クロスの勝利は圧倒的だった。
「……っ、うわあああああっ!」
セラが地面に膝をつき、肩を震わせながら泣き出した。
「勝った! クロスが勝ったぞ!」
ジークが歓声を上げ、テオもそれに続いて声を張り上げた。
バルスはクロスが勝者になる方に賭けていたので、胴元から賞金を両手で掴み取り、大笑いしながら訓練所から出ていった。
その背を見送ったのは、サブマスターのミレーヌだった。
「バルス。あなたはハルドとの実力評価の打ち合いを見てたし、報告書も読んでたわよね?彼の今の実力は6級相当に等しいって知ってて賭けたのよね?」
その瞳は細く、責めるような光を宿していた。
「インチキじゃないの?」
「俺が知ってても、問題ないだろ。聞かれなかったからな。受けた方が悪いのさ」
とバルスは悪びれずに笑う。
「じゃ、飲みに行ってくるわ」
と手を振って去っていった。
ミレーヌはため息をつきながら、まだ熱の残る訓練所を見つめた。
⸻
勝負が終わり、クロスはギルド職員から治療魔法ヲ受けているダリオに歩み寄った。
「約束だ。明日この町を出ていけ。そして二度とセラの前に現れるな」
「ふざけんな……俺が負けるなんて、あり得ねぇ……!」
泣き叫ぶように叫ぶダリオの横に、ミレーヌが現れた。
「これだけの人の前で啖呵を切っておいて、負けた途端に言い訳とは……見苦しいにもほどがあるわ」
彼女の瞳は冷たい光を帯びていた。
「出て行かないというのなら、冒険者資格を剥奪します。いいわね?」
ダリオとその仲間たちは唇を噛み、訓練所を後にした。
ダリオは後ろを振り向き、クロスを睨みつける。その目に浮かぶのは――強烈な憎悪と、報復の予兆。
「順当な勝利だったわね」
ミレーヌはクロスとは目を合わせずに話しかけながら歩き去っていった。
⸻
訓練所が静けさを取り戻す頃、セラが駆け寄り、クロスに抱きついた。
「……ありがとう。……ほんとうに、ありがとう……」
クロスは黙って彼女の背を支え、落ち着くのを待った。
やがて、顔を真っ赤にしたセラが身体を離し、頭を下げる。
「……本当に、ごめん。そしてありがとう、クロス」
「仲間だろ。それだけのことさ」
静かに、でも確かに返されたその言葉に、セラはもう一度だけ小さく泣いた。
傍らではジークとテオが拳を突き合わせて喜び合っていた。




