揺れる影
今日も朝から、ギルドの前は冒険者たちで賑わっていた。
クロスたち4人は、いつものように集まり、9級冒険者向けの依頼を受けることにした。
「スラッシュホッパーの間引き依頼、9級向けとしてちょうどいいわよ」
受付のユニスが依頼書を手渡してくれる。
《スラッシュホッパー》――その名の通り、跳躍力に優れたバッタに似た中型の魔物で、強靭な後脚による跳び蹴りと鋭い前脚の斬撃を武器とする。単体ではそれほど強くはないが、群れると厄介な魔物だった。
依頼内容は「果樹園付近に現れた群れの間引き」。4人にとってはこれまでと同じく、慎重さと連携が求められる任務だ。
果樹園に到着し、群れが確認された場所で慎重にスラッシュホッパーを探していると、草むらの向こうから跳ねて現れたその姿に、セラが瞬時に指示を出す。
「前に3体、後ろに2体……クロスさん、前の1体をお願いします。ジークさんは火魔法の準備を。テオさんは右側の個体を!」
クロスは即座に詠唱へ入った。
「凍てつく雫よ、我が敵を撃て――《フロストショット》!」
鋭く撃ち出された氷の弾丸は、前方に跳ねかかったスラッシュホッパーの胸部を直撃。氷が一気に体内を侵食し、魔物は地面に落ちて動かなくなった。
そこへ、別の個体がクロスに飛びかかる。
「氷壁よ、我が身を守る盾と成れ――《アイスシールド》!」
薄く半透明の氷の障壁が展開される。だが──
バンッ!
スラッシュホッパーの勢いある跳躍攻撃に、氷の障壁はあっけなく砕けた。クロスは衝撃で数歩後退しつつも剣を構え直す。
(やっぱり色々試してはいるが、この魔法はまだ未完成だな……アイススパイクもだけど、もう少し強化を考えてみないとだな)
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テオは、鎌脚の一体と一対一で対峙していた。
かつて憧れたバルスのように真正面から構えはするが、その姿勢は以前と違っていた。攻撃は正面で受け止めるのではなく、盾の角度で力を逃がし、敵の軸をずらすように立ち回っている。
「……はっ!」
跳びかかるスラッシュホッパーの斬撃を、やや斜めに構えた盾で受け流しつつ、回転して反対側にステップ。泥に足を取られながらも、相手の死角を狙って斧を振り下ろす。
「まだ……!」
斧の刃がかすり、スラッシュホッパーがバランスを崩す。すかさず盾で押し込み、もう一撃。
これまでの“真正面から受け止める”戦い方ではない。無理のない自分の体格に合った動き。
少しずつだが、テオはバルスの影から脱却しようとしていた。
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ジークは相変わらずビビリながらも、走ってスラッシュホッパーの注意を引いていた。
「ひゃあっ……来たっ!?」
スラッシュホッパーが跳躍。ジークの背後から狙ってくるのを見て、セラがとっさに詠唱。
「我が前に、揺るがぬ壁を──シールド!」
初級の障壁魔法。《シールド》は光の粒が集まったような薄膜の障壁で、物理攻撃を一瞬だけ受け止める簡易的な魔法だ。
薄い光の障壁がジークの背後に展開され、スラッシュホッパーの跳躍を弾く。
「ありがと、セラさーんっ!」
反転したジークは、構えた手を突き出して詠唱。
「熱よ、弾けろ――《ファイアショット》!」
火花のような魔法が跳ねて、スラッシュホッパーの顔面に直撃。焦げた臭いと共に魔物は痙攣し、そのまま崩れ落ちた。
なんとか魔物を討伐し、クロスたちは疲れた体を引きずってギルドへ戻った。
受付で報告を済ませた直後、ユニスが声をかけてくる。
「クロスさん、ギルドマスターがお呼びです。案内しますね」
「……俺が? なんで?」
首を傾げて案内されるクロスの後ろで、ジークとテオが楽しそうに笑っていた。
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ギルドの執務室では、ギルドマスター・ヴォルグ、サブマスターのミレーナ、記録官のバリス、そして治癒魔法師のセリナが待っていた。
「来たか、クロス。俺がギルドマスターのヴォルグだ。こっちはサブのミレーナ、それと記録官のバリス。そして、今日アミナ村の任務から戻った4級冒険者、セリナだ」
セリナは淡い微笑みを浮かべて、軽く会釈した。
「初めまして。治癒と補助魔法を専門にしています、セリナです。今日は少し、あなたに伝えたい話があって」
「……俺に?」
セリナはゆっくりと語り始めた。
「アミナ村の警戒派遣から、今日戻りました。今では村の周囲の警戒線もほぼ確立していて、魔物の出現は大きく減少しています。村人たちも、ようやく畑仕事や牧畜を再開して、日常に戻りつつありますよ」
「……よかった……」
クロスは深く安堵したように息を吐いた。
セリナが穏やかに話の続きを話し始めた。
「領主側の補給と、ギルドからの警戒派遣のおかげで、魔物の出現も激減しました。村の人たちは、ようやく落ち着いて畑仕事を再開しています」
クロスは小さく息を吐いた。安心という言葉より、少し緩んだ感情が近い。
「……あの時、俺は助けに行っただけで……村の日常がどんなものか、ちゃんとは知らない。でも、荒れた土地が元に戻っていくなら、よかった」
「ベルダ村の皆さんも元気そうたよ」
「……そうですか……それを聞けて、良かったです」
自然と口元に笑みが浮かんだ。あの村は、彼にとって最初に出会った“居場所”だった。この世界で初めて過ごした村。戦って、学んで、助けられた村――今や、それは彼にとって「故郷」とも言える存在だった。
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その頃、ギルド1階の片隅。
クロスの帰りを待っていたセラの元へ、ひとりの男が歩み寄ってくる。
「……よお、セラ。久しぶりだな」
その声にセラが振り返る。眉を寄せ、目元が険しくなる。
「……ダリオさん……」
かつてのパーティメンバーの姿だった。
過去の影が、いま静かにセラの目の前に立ちはだかろうとしていた――。




