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アシュレイとのレシピ契約から二日。今日も朝、ラグスティアのギルドには四人の姿が揃っていた。
「さて、本日の仕事はどうしましょうか?」
いつものように静かな声でセラが問いかけると、クロスが少し手を上げて応じた。
「一つ、提案があるんだけど――グラスファングの間引き依頼、受けてみない?」
「……また?」
ジークがやや怪訝な顔だったが、何かを思いついた様に揶揄いながら尋ねた。
「そんなに、グラスファングの肉って美味しかったのかよ?」
「ああ。本当に、美味しかった」
クロスが真剣な表情で即答した。
「……まじかよ」
ジークは冗談のつもりだったのだが、絶句し目を見開いたまま口を閉じるタイミングを失った。
「そんなに断言するとは……ちょっと気になるな」
テオが半ば笑いながら言い、セラも興味深そうに眉を上げる。
「クロスさんがそこまで言うのなら、ただの冗談ではなさそうですね。……料理にされた、ということですか?」
「うん。レシピは、ゴールドロット商会に売ったんだ。で、月影の宿の人たちから、『肉の確保は君の仕事』って押し付けられちゃってさ」
「押し付け……いや、まぁ、それだけ期待されてるということかしら」
セラが小さく微笑む。
「食べてみたいし……それで、間引き依頼ってこと?」
「そう。今日の依頼にしたいんだけど、どうかな? 代わりに、明日の夕飯にその料理を振る舞うよ。宿の女将さんたちも文句は言わないと思う」
「それなら……やってみる価値はありますね」
「わかった、乗った」
セラとテオが了承し、ジークも腕を組みながら渋々うなずいた。
「まあ、そこまで言うなら、食ってみたいしな。仕方ねぇ」
グラスファングは繁殖力が高く、近郊の草原に出没する頻度も高いため、間引き依頼は常にギルドに掲示されている。依頼書を受け取り、街道沿いの森へと向かう。
パーティの隊列はこれまでと同様。セラが後衛で指示役、前衛にテオとクロス、ジークが支援という構成だ。
「今回も隊列は同じで。けど、訓練でやったこと、できるだけ試してみよう。実戦で使えなきゃ意味がないし」
「ええ、問題ありません。私も今日はもう少し指示を細かく出してみます」
セラが穏やかな口調で応じ、テオとジークも気合いを入れる。
やがて、背の高い草の間から現れたのはグラスファングが4体。
「敵確認、四体。ジークさん、後方から魔法支援。テオさん、正面は避けて側面から回って。クロスさんは左から切り込んでください」
セラが短く指示を飛ばす。
「了解!」
クロスは駆け出しながら、魔力を込めて詠唱する。
「凍てつく雫よ、我が敵を撃て――《フロストショット》!」
氷弾が鋭く放たれ、一体のグラスファングの眉間を撃ち抜く。甲高い悲鳴とともに倒れる個体。クロスはすぐに剣を構え、二体目へと向かう。
一方テオは、正面から受けないよう意識して動くものの、つい足が止まり、いつもの立ち回りに戻ってしまう。
「ぐっ……結局また正面かよ……!」
ジークは後方から位置取りを変えようと走るが、セラの立ち位置を考慮せずに走るため、無駄な移動が多くなる。
「ジークさん、射線、私の正面を横切らないで!」
「わ、わかってるって!」
それでもセラは冷静にジークを支援し、チャンスを待つ。
クロスは剣で二体目を仕留め、テオもグラスファングの攻撃を受け流す中、偶然タイミングよく盾で体勢を崩させ、ハンドアックスで一撃を加える。
残る一体はセラの攻撃で動きを鈍らせ、ジークの攻撃のタイミングを作り出す。
「今です、ジークさん!」
「熱よ、弾けろ――《ファイアショット》」
火球が一直線にグラスファングの胸元に突き刺さり、爆ぜた炎が毛皮を焦がしながら倒れ込ませる。ジークの目が見開かれた。
「や、やった……!」
セラがほっと息をつく。
「はい。ですが、次はもっと簡潔に動きましょうね。連携が肝ですから」
「ふぅ……終わったな」
テオが息を整える。
「やっぱり、実戦で動くのって、簡単じゃないな……」
「私は良い経験になりましたけど……ジークさん、大丈夫ですか?」
セラがそっと尋ねると、ジークは唇を噛んだ。
「……正直、ちょっと不満。なんか、全然できてねぇ気がして……」
「できなくて当たり前だよ。まだ始めたばかりなんだ。できる方が、むしろおかしいくらいさ」
クロスの静かな励ましに、ジークは顔をしかめる。
「……でも、本当にできるようになるのか?」
「じゃあ、次は俺が魔法だけでやってみるよ。剣は使わない」
「無茶しないでくださいね、クロスさん。バランスが崩れる可能性もあります」
「大丈夫、多分ね」
クロスは微笑んだ。セラは少し困ったようにため息を吐いたが、それ以上は言わなかった。
討伐証明の部位を切り出し、肉も回収して、パーティは森を進んでいく。
しばらくは静かな移動が続いた。誰も口を開かず、風の音と落ち葉の踏みしめる音だけが耳に届く。
その沈黙を破るように、茂みから再び現れたグラスファングが2体。鋭い爪をむき出しにして突進してくる。
「来たか……!」
クロスは即座に動いた。剣は抜かず、軽やかに横へと跳ねる。
グラスファングの突進をひとつ、またひとつと躱しながら、反撃の機をうかがう。目の動き、足の踏み込み、呼吸の乱れ――すべてを読む。
三度目の攻撃を躱した瞬間、獣が振り返る動作に一瞬の鈍さが出た。
「――今だ」
「凍てつく雫よ、我が敵を撃て――《フロストショット》!」
氷の弾丸が真横から喉元に突き刺さり、グラスファングはそのまま崩れ落ちた。
一方、テオとセラもそれぞれ訓練通りに動き、敵の動きを封じながら連携し、問題なく討伐に成功した。
「……やっぱすげえな、お前。剣士だから避けられるだけだろ?」
ジークがふっと漏らすように言う。
「今の俺の動きは、10年の積み重ねの結果だよ。最初からできたわけじゃない。今、動けないのは当たり前なんだよ。でも、ジークだって走る訓練続ければ、同じ動きができるんじゃない?」
クロスが穏やかに言うと、ジークははっとした顔でうなずいた。
「……そうか……そう、かもな」
「素直でよろしい」
セラが笑い、ジークは少し照れながらつぶやいた。
「……悪かったな、ちょっとイライラして」
「気にするなよ、ジーク。パーティなんだから、悩みも喜びも分け合っていこうぜ」
クロスが笑って言うと、ジークの顔が赤くなった。
「そ、そんな軽々しく言うなよ……!」
「じゃあ、働かなかった分、討伐証明と肉の回収をお願いしますね」
セラがやや意地悪そうに笑って言った。
「……ま、任せろって!」
ジークが張り切って回収に取りかかる様子を見て、残る三人の頬には自然と笑みが浮かんでいた。
帰り道、クロスがぽつりと呟いた。
「明日の夕飯は、俺が泊まってる《月影の宿》で取ろう。料理、食べてほしいんだ」
「……楽しみにしてるぜ」
ジークが素直にそう言った。
だが、セラとテオは微妙な顔を見合わせる。
「……あの肉、本当に大丈夫なんでしょうか」
「食べ物の恨みは深いからな……」
そう呟いたテオの横で、クロスは「大丈夫だって!」と苦笑していた。
パーティとしての初期のぎこちなさを乗り越えつつ、彼らはそれぞれの宿へと帰っていった。




