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異世界剣士の成長物語  作者: ナナシ
二章
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筋肉痛と味噌煮の夜

翌朝、クロスはいつもより少し早く《月影の宿》を出て、ギルドへと向かった。昨晩の果実味噌煮の仕上がりが気になりつつも、まずは今日の仕事が優先だ。


ラグスティアの町は今日も騒がしく、ギルドの扉を開けた瞬間に、冒険者たちのざわめきが耳を打つ。見慣れた人波の中に、テオとジークの姿が見えた。


「……よう、クロス」

ジークは肩を落とし、ひどく疲れた顔で手を上げた。


「……大丈夫か?」


「全然……昨日、夕飯食ったあとすぐに寝たのに、夜中に筋肉痛で起きたんだよ。ここに来るのもやっとさ……」


「うぅ……オレも身体痛い……いつもと違う動き、教官にみっちり叩き込まれたからなぁ……」


テオも腕を回しながら、小さく呻いている。


そこへ、セラがやってくる。今日も変わらず背筋を伸ばし、優雅な所作で近づいてきた。


「おはようございます。皆さん、お揃いですね」


「セラは平気か?」


「はい。多少の張りはありますが、神殿での訓練に比べれば大したことはありません」


「セラ……やっぱ強い」

ジークが恨めしげにため息をつく。


「それぞれ、訓練の成果が出るまでは地道な努力が必要ということですね」


セラは皆を見回し、今日の仕事を決めようと促す。


クロスは掲示板を見て、手頃な依頼を見つけた。



【依頼内容】


『南区の農園近くに出没するマッドモールの追い払い』

報酬:15ルム/人(銀貨1枚+銅貨5枚)

時間:半日程度



「これなら動き回るけど、戦闘より楽そうだし……今の状態にちょうどいいんじゃないか?」


「追い払い? 俺、これ苦手なんだよなぁ……走っても逃げられるし、すぐ穴に隠れやがるし」

ジークが嫌そうな顔をするが、他の三人が無言で見つめると観念してうなずいた。



マッドモールは地面を掘り返しては作物を荒らす厄介な魔物だ。小型とはいえ足は速く、農家の人々にとっては深刻な害獣である。


「よし、穴を見つけたら、あとは棒で音を立てて威嚇。出てきたら追い立てて隣の森に追い出すのが目的だな」

クロスが手順を確認し、四人は南区の農園へと向かった。


「セラぁ……本気でこれ、やるのかよ……」


ジークは農具を手にぶら下げ、腰をさすっている。


「ええ。これは立派なお仕事ですし、報酬も出ます。体力もつきますし、なにより……逃げる相手に魔法は無駄ですもの」


「ぐぅ……! 耳が痛い!」


農園に着くと、農民たちは笑顔で出迎えてくれた。事情を聞き、四人は分担して畑を巡回する。クロスは地面の揺れや小さな隆起を頼りに、進行方向を見極める。


「ジーク、次の穴、こっちに来てる!」


「うぉっ、マジか!? 待てコラああぁぁ!!」


「テオ、右の畝の先に出たぞ!」

「わかった……おらぁっ!」

盾を構え、威嚇するように地面を叩くテオ。


魔物は慌てて姿を消し、少しずつ農地の外へと追い立てられていった。



午後、ギルドに戻った四人は報告を済ませ、各自15ルムの報酬を受け取った。明日の集合を約束して、4人は訓練所に向かいそれぞれの課題に向き合った。


訓練が終わり、クロスは《月影の宿》に戻ると、女将のカリナに声をかけた。


「おかえりなさい。今日もご苦労さま。夕食、今すぐ出せるけど?」


「お願いします」


料理が運ばれると、芳ばしく焼いた根菜と肉のスープ、雑穀のパンと少し甘めの果実のピクルスが並んでいた。味付けはこの世界では珍しくしっかりしていて、クロスはアシュレイの存在を思い出す。


料理の味の奥に、彼が買い取った調味料レシピの影響を感じる。クロスの口に合う料理を出してもらえるこの宿は、まさに心地よい“拠点”になりつつあった。


食後、カリナに厨房への立ち入りの許可をもらう。


「旦那が待ってるわ。キッチンにどうぞ」


厨房へ入ると、調理台の端でラディスがクロスを待っていた。昨日、果実味噌で仕込んだグラスファングの煮込みが、鍋の中で香ばしい匂いを放っていた。


「おお、来たか」


「こんばんは。温めて……食べてみましょう」


湯気の立ち上る鍋から、取り皿に一杯。二人で一口含んだ瞬間、ラディスが目を見開いた。


「これは……! やや歯応えはあるが、味が深い。酒の肴にもなるし、パンにも合う」


クロスも黙って頷いた。牛スジのどて煮には及ばないが、異世界の魔物肉でここまで仕上がるとは思わなかった。


「カリナー、ちょっと来てみな」


ラディスが女将を呼ぶと、しばらくしてカリナが厨房に現れる。


「何かしら?」


「これ、クロスが昨日のグラスファングで作った煮込みだ。食ってみろよ」


カリナはグラスファングの料理と聞いて少し驚いた顔をして、恐る恐る料理を口にした。


「……! これ、ほんとにあの魔物の肉なの?」


「はい。昨日煮込んでたんです」


「うそ……うちで出してる干し肉より、美味しいじゃない。これ、ぜひうちの夕食に加えたいんだけど……!」


「……ありがとうございます。でも、この宿を紹介してくれたアシュレイさんと話してからにしたいんです。この宿を紹介してもらう条件なので……」


「そうだったわね。うん、わかった。楽しみにしてるから、アシュレイさんとの話し合いが終わったら教えてちょうだい」


クロスは頷き、心の中でアシュレイへの相談を明日の予定に組み込んだ。


(明日、仕事が終わったら顔を出そう……)


そして静かに部屋へ戻り、そのまま眠りについた。


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