剣と魔法と反省会
草原を抜け、東へ向かった4人だったが、その道中に魔物と出会うことはなかった。鳥のさえずりと風のざわめきだけが静かに彼らを包んでいた。
「魔物の気配、ありませんね」
セラが丁寧な口調で静かに言う。
「……東は獣道が少ないからな。魔物も移動しにくいのかも」
テオが答える。
「でも、何もいないってのも退屈だよなー。そろそろひと暴れしてぇわ」
ジークが伸びをしながら笑った。
その言葉通り、南へと進路を変え、街道に出る手前の起伏のある丘で、クロスがぴたりと足を止めた。
「いた――あの先。グラスファング、4体」
視線の先に、草をかき分けて歩く中型の灰色の獣たちの姿があった。鋭い牙にしなやかな筋肉。あの獰猛さを再び目にして、クロスの背筋に緊張が走る。
「クロスさん、右端の個体に《フロストショット》をお願いします。あとは一体ずつ対応しましょう」
セラの指示が飛ぶ。
「了解――いくよ」
クロスは深く息を吸い込んだ。
「凍てつく雫よ、我が敵を撃て――《フロストショット》!」
だが、距離があった為、放たれた氷弾は狙い通りに飛んだが、グラスファングは身をひねってその一撃を回避し、わずかに外れて獣の肩をかすめる。
(やっぱり、距離があると避けられるか……)
そのまま乱戦に突入した。
「うっし……来いよ」
テオは盾を前に出し、真正面から相手を受け止める。だが、やはり反撃にまで繋げられない。
「くっ……ぐっ……ぉおおおっ……!」
歯を食いしばりながら押し返すテオの額に汗が滲んでいた。
その隣では、セラがスモールシールドを構えて獣の突撃を受け止め、すかさずメイスで牽制している。
「ジークさん、火魔法、お願いします。草原に延焼しないよう射線を限定してください」
「おうっ、わかった! あいつの足下だけ狙えば――熱よ、弾けろ――《ファイアショット》!」
ジークが短く詠唱を唱え、小さな火球を放った。火球が草地をかすめて飛び、グラスファングの前足を焼いた。だが勢いは止まらず、セラが素早く前へ。スモールシールドで攻撃を受け流し、足元をすくうようにメイスで脚を叩く。
「今です!」
「もう一発ッ!―熱よ、弾けろ――《ファイアショット》!」
二撃目の火球がほぼ至近から直撃し、獣が倒れ込んだ。
一方、クロスは2体の相手を引きつけていた。剣を振るいながら、タイミングを見て魔法を織り交ぜる。だが、先ほどの失敗が脳裏をよぎる。
(フロストショット……もっと速く、もっと正確に撃てたら――)
脳裏に浮かんだのは、銃の弾丸。あの回転する弾丸の軌道と威力を思い出し、詠唱時にしっかりイメージを固める。
「凍てつく雫よ、我が敵を撃て――《フロストショット》!」
氷弾は螺旋を描きながら放たれた。それはまさに弾丸のような鋭さと速さを備え、グラスファングの胸を貫いた。獣は鳴く間もなく、その場に崩れ落ちた。
クロスの前に現れたもう一体は、他の個体よりもやや大型で素早い。クロスは剣を構え、正面から迎え撃つ。
グラスファングが弧を描くように突進してくる。クロスは体を捻って避けながら、後脚へ斜めに剣を走らせた。鮮血が飛び散るが、致命傷には至らない。
「なら、今度は……これで――」
剣を腰構えのまま、地面を蹴って一気に距離を詰めると、グラスファングの横腹に剣を叩き込んだ。一声叫びを上げて倒れ伏す魔物を見ながら、クロスは息を整える。
テオとグラスファングの戦いは持久戦だった。
「…はぁ、はぁ」
テオも肩で息をしていたが、グラスファングにも最初の勢いがなくなってきた。
「ぐっ……!」
テオが何度目かの突進を受けるとグラスファングもバランスを崩す。
「よし……!」
そこをテオが見逃さずに一撃を喰らわせ、なんとか勝利を手にした。
「全員、無事ですか?」
セラの声が緊張をほどく。
「はー、疲れたけど怪我はねぇよ」
ジークが息をつき、肩を回す。
「……ふぅ。なんとか……っすね」
テオが力なく笑った。
「じゃ、証明部位を回収しましょう。牙、尻尾――ですね」
セラが落ち着いた声で指示を出す。
日が傾き始めた頃、クロスたちは町の門をくぐり、ラグスティアのギルドへと戻ってきた。
扉を開けて中に入ると、夕方にもかかわらず、依頼の確認や報告に来た冒険者たちでカウンター前は賑わっていた。
受付のひとつ――そこに座っていたのは、栗色の髪をポニーテールに束ねた女性、ユニスだった。明るい笑顔を向けながら、クロスたちに声をかける。
「おかえりなさい、セラ、みなさん。初めてのパーティ依頼だったんですよね? お疲れさまでした!」
明るく言いながらも、観察するように彼らの装備と様子を視線で確認していた。グラスファングとの戦闘でついた細かい汚れや、返り血の跡もそのままだ。だが、大きな怪我はなさそうで、安堵したように微笑む。
「証明部位、預かりますね。報告内容と一緒に確認して、報酬は奥の受け取り窓口で支払われます。今日は担当がユグさんだから、そちらへどうぞ」
窓口に行くとユグと呼ばれた男がおり、慣れた手つきで証明部位を一つずつ確認していく
「……うん、確かに。全部で七体分だな。すごいじゃないか。初回にしては上出来だな」
「ありがとうございます」
とセラが丁寧に頭を下げ、テオも
「うん」
と頷く。
ジークは照れたように鼻の頭を掻いていた。
ユグは証明部位を窓口の後ろに渡しながら、セラたちにしばらく待つように言い、次の冒険者たちので相手を始めたので、クロスたちは少し離れた場所で待つことにした。
しばらく待つと受け取り窓口から呼び出しがあった。ギルド窓口で証明部位を確認されたクロスたちは、7体分の報酬として合計560ルムを受け取った。4人で割り振ると、ひとりあたり140ルム――金貨1枚と銀貨4枚という、初仕事としては十分すぎる成果だった。
「ふふ、初仕事でこの額……悪くないですね」
セラが穏やかに笑う。
「やったじゃん。これで明日はちょっと贅沢できるかも」
ジークがにやりと笑い、テオは無言で頷いた。
クロスは報酬を握りしめながら、やはり自分の力は通じると確信したのだった。
その夜、4人は近くの酒場で簡単な打ち上げをしていた。
「というわけで……初のパーティ仕事、お疲れ様でした」
セラが丁寧に微笑んで乾杯を呼びかけ、4つのジョッキが軽くぶつかった。
少しして、セラがクロスに問いかける。
「クロスさん。わたくしたちの戦いぶり、どうでしたか?」
クロスは少し言葉を選びながら答えた。
「正直、役割分担もできてたし、連携も取れてたと思う。セラの判断力は助かったし、ジークの魔法も当たれば強力だった」
「ふふ、当たればって何だよ。まあ、否定はしないけどな」
ジークが苦笑する。
クロスも苦笑いしながら、言葉を続けた。
「ひとつ聞きたいんだけど、ジークってなんで動いてる相手に無理に魔法を当てようとするんだ?」
「うーん、なんだろな。動いてる相手に当てられた時の“快感”っていうか……カッコよくね?」
「……なるほど」
クロスはちょっと呆れたが、ジークの性格らしいと思った。
「テオにも一つ……どうして、毎回真正面から受け止めようとするんだ?」
「ああ、それは……バルスさんの戦い方に憧れててな。あの人みたいになりたくて、盾で全部受けて、そこから叩き潰すってのを……」
「バルスって、あの4級冒険者の?」
ジークが訊ねると、テオは力強く頷いた。
「そうだ。バルスさんの戦い、かっこよくて……あんなふうに全部受けて、斧で仕留めるっての、憧れてんだ」
「でも……バルスさんは、体も分厚いし、筋肉の鎧があるようなバケモンじゃん……テオが同じ戦い方をするのは、ちょっと無理がないか?」
流石のジークも呆れ顔だ。
「いえ、志は素晴らしいと思いますよ」
セラが柔らかくフォローする。
「それを踏まえて、明日は一度、連携と戦闘スタイルの見直しをしてみましょう。今日のような戦い方では、相手の数が多くなったり、素早く動く魔物やより大きな個体が相手では危険だと思います。ここは一度、基礎を固めるべきです」
テオは大きく頷き、
「賛成。今日はうまくいったけど、毎回こうはいかないからね」
「おう、練習嫌いじゃねぇよ」
ジークも真剣な顔で答える。
「……やってみよう」
クロスがジョッキを掲げると、4人のジョッキが再びぶつかり、小さな音を立てた。




