初めてのパーティ戦闘③
グラスファングの死骸を一瞥し、クロスはすぐさま次の行動に移ろうと地を蹴った。
(テオのほうが長引いてる。援護に入るなら――)
そう思った瞬間、背後で小さくも鋭い悲鳴が上がった。
「きゃっ――!」
振り向くと、セラが草に足を取られ滑ってバランスを崩していた。その隙を逃さずにグラスファングが突進してくる。
「まずい――っ!」
クロスは足を止め、深く息を吸った。そして、意識を集中させて詠唱する。
「凍てつく雫よ、我が敵を撃て――《フロストショット》!」
詠唱と同時に指先から放たれた冷気の弾丸が、空気を裂く。狙い違わず飛んだ氷弾は、グラスファングの腹を貫いた。獣の体の一部が一瞬で凍りつき、呻き声を上げる間もなく、力なく倒れ込む。
クロスはグラスファングの生死を確認する事なく、次いでテオの援護に向かう。
テオは相変わらず正面からグラスファングを受け止め、何とか耐えている。
「すまん、手ぇ焼いてる……!」
朴訥な口調で言うテオの額には汗がにじんでいた。クロスが駆け寄るのと同時に、グラスファングがその気配に気づき、鋭く牙を剥く。
クロスに向けて飛びかかるもその攻撃を躱し、すれ違いざまに振り下ろした剣が、グラスファングの後ろ脚を裂いた。
「ギャッ!!」
短く叫び、痛みで体勢を崩すグラスファング。次の瞬間、クロスではなく、盾を構えるテオへと再び飛びかかった。
だが、もはやその勢いは先ほどの半分にも満たなかった。
「っしゃああっ!!」
テオの盾が、重たい音を立てて獣の頭部を跳ね返す。衝撃でよろけた獣に対し、テオは迷いなく踏み込んだ。右手のハンドアックスを握り直し――
「おらぁッ!」
その一撃が獣の脇腹深くに叩き込まれる。呻く間もなく、グラスファングは崩れ落ち、動かなくなった。
「ふぅ……倒したな」
「さすがです、テオさん」
「サンキュな、クロス。助かった」
クロスが放ったフロストショットを受けたグラスファングもあの一撃で絶命していた。
全員が無事であることを確認し、セラが皆に声をかけた。
「皆さま、お疲れ様でした。クロスさん……先ほどは助かりました。心から感謝いたします」
丁寧に頭を下げるセラに、クロスは肩を竦める。
「気にしないで。仲間なんだしさ」
「しかし……なんだあの魔法……」
ジークがポカンと口を開けていた。
「フロストショットって、あんな威力だったか? 俺、カイロス教官から毎回ふざけたら打たれるけど、あんなん食らってたら冗談じゃすまねぇぞ……」
「たしかに……俺も訓練で1発くらったけど、あれって当たっても殆ど痛くなかったぞ」
テオも驚いたように頷く。
「わたくしも驚きました。あれほどの威力を……クロスさん、いったいどのような詠唱を?」
「んー……教官から教わった通りに詠唱してるだけだけど」
クロスはとぼけた顔で答えた。実際、地球での知識が理由なのだが、それを今話すつもりはなかった。
「いや、それにしても凄い。俺、昨日のクロスが教官からお墨付きもらったって言った時は、土魔法のロックショットみたいに大きな氷の塊を撃つと思ったら、貫通するは凍りつくはで、ちょっと感動した」
ジークが笑いながら言うと、空気が和らいだ。
「さて……それでは、証明部位の回収ですね。牙と尻尾をお願いします」
セラが道具袋を取り出し、丁寧に切り取り方を説明しながら作業を進めていく。クロスもそれに倣ってナイフを構えた。
作業が一段落したところで、クロスがふと口を開いた。
「そういえば、肉は持って帰らないのか?」
3人が一斉にクロスを見た。その表情には「何言ってんだこいつ?」という疑問が浮かんでいる。
真っ先にジークが声を上げる。
「え? 食うの? これを?」
テオも同意とばかりに続く。
「野営訓練で食べたけどな……教官が、冒険者は食えるもんは何でも食えって言って、焼いて出してきたけど……あれは罰ゲームだった」
セラも首を横に振る。
「わたくしも、おすすめはいたしません。あの筋張った肉を調理するのは不可能かと……」
「筋張ってるなら、煮込めばいけるかもしれないし……ちょっと工夫したら意外と美味しいかもしれないし」
クロスは少しだけ肉を切り取り、持ってきた布袋に包んでしまい込んだ。
「なんというか……本当に、変わった方ですね」
「だな。でも、俺はそういうの、嫌いじゃないぜ?」
ジークが軽口を叩くと、テオも小さく笑った。
「……では、再び出発しましょう。東に回り、そこから南に下るルートで戻りましょう。途中にまた魔物がいれば、間引いていきます」
セラの提案に、3人は頷いた。
「了解」
「おっけー、今度は俺が先に気づくぞー」
「……気を抜かずに行こう」
和やかな空気の中で、4人は再び草原へと歩みを進めていった。




