出発点
ラグスティアに来てからの一週間、クロスは生活の立ち上げに追われていた。
宿の契約に、装備の見直し、日用品の買い出し、町の地理の把握――。ギルド通いはしていたが、仕事はまだ何も受けていなかった。
(……ベルダ村での蓄えがなければ、本当にやばかったかもな)
クロスは苦笑しながら、ギルドの扉をくぐった。
朝のギルドは、すでに多くの冒険者でごった返していた。
受付前には依頼票を確認する者、仲間と今日の仕事を相談する者、昨日の報告をしている者などがひしめき合い、活気というより熱気のようなものが漂っていた。クロスはその喧騒に少し気圧されながらも、前に出ていく。
(……さすが町のギルド、朝からこの混雑か)
空いたカウンターを見つけて受付に向かうと、眼鏡をかけた知的そうな女性がクロスを見て、小さく首をかしげた。
「……初めて見る顔ですね。登録者でしょうか?」
「いえ、ベルダ村から移籍してきたばかりです。今日がこの町での初仕事になります」
「なるほど、移籍者ですか。ようこそラグスティアへ。私は受付のユニスです。よろしくお願いします」
丁寧に名乗られ、クロスも軽く頭を下げる。
「ベルダ村から来たんですね……でしたら、ギルドの規模に驚くかもしれません。ラグスティアの人口はおよそ一万五千人、冒険者の数も常時二百人から三百人が活動しています」
「三百人……!? ベルダ村とは桁違いですね……」
「依頼の数も種類も多いですから、慣れるまでは無理しないでくださいね」
そう言ってユニスは優しく微笑み、手元の依頼票からいくつかを抜き出して見せてくれた。
「この町で雑用仕事から始めるなら、今日はこの辺りがおすすめです」
クロスはその中から、薬草店と鍛冶屋への配達を選んだ。どちらも町の地理を覚えるのに役立ちそうだ。
「では、こちらが配達物と地図になります。報告は夕刻までにお願いしますね。」
「ありがとうございます、ユニスさん」
そう言ってクロスはギルドを後にし、活気あふれる町へと足を踏み出した――
⸻
まず向かったのは、町の西側にある薬草店《緑のしずく》。地図片手に路地を抜けていくと、店の前で水を撒いている中年女性が手を振ってくれた。
「ギルドの子かい? 待ってたよ、こっちに置いておいてね。返却する瓶は中にあるから持ってって」
「はい。お預かりします」
丁寧に荷物を置き、返却用の瓶を受け取る。次は鍛冶屋《焔鉄工房》。鍛冶屋では若い職人に声をかけられ、届け物を渡すと「今度、剣の手入れも持ってきな」と軽く言われた。
その帰り、アシュレイの店前を通ると、扉の前に立っていた本人に呼び止められた。
「おいクロスくん、雑用仕事か? まぁ最初はそれが一番だな」
「ええ、町の位置関係もこれで覚えられそうですし」
アシュレイは腕を組み、得意げに顎を上げる。
「まぁ、困ったことがあったらまずウチに来なよ。ギルドよりも頼りになるって評判だぞ」
「……ほんとに?」
「俺が言ってるんだから間違いねぇっての。あと、金に困ったらあの調味料レシピ、また新しいの考えておいでよ。たっぷり買い取ってやるからさ」
「本当に商魂たくましいですね、アシュレイさん」
「ほら、言ったろ? 俺は町一番の商人になるって」
にやりと笑うアシュレイに、クロスも自然と笑顔を返した。
⸻
夕方。ギルドに戻り報告を終えた頃、背後から声をかけられた。
「クロス。少し時間あるか?」
ハルド教官だった。訓練用の軽装のまま、無言で歩き出す。無言のままついていくと、会議室のような部屋に通された。
中には、クロスと同年代と思われる男女3人が既に座っていた。
「教官……これは?」
「今後の方針だ。こいつらと、しばらく一緒に動いてみろ。ギルド側で組み合わせたパーティだ。もちろん、続けるも自由、解散も自由だ」
「はあ……」
正直、あまりに突然だったが、拒否する理由もない。ハルドは各人の簡単な紹介を始めた。
「盾役のテオ。真面目で寡黙だが頼れる男だ」
「よろしく。ハンドアックスと盾で前に立つのが仕事です」
テオは淡々と、だがしっかりとした口調で名乗った。18歳。落ち着き払ったその雰囲気は、歳よりも年上に見えた。
「次、ジーク。火魔法を扱う魔法使いだ。うるさいが、戦闘は真面目にやる」
「やあ、ジークだ。火魔法は初級が使えるよ。ショートスピアは保険みたいなもん。まぁ、よろしく頼むぜ」
赤髪に明るい笑顔。いかにも陽気そうな男だった。18歳とのことだが、子犬のような無邪気さがある。
「最後にセラ。治癒魔法と障壁魔法使いだ。8級で、暫定リーダーを任せる」
「セラと申します。治癒魔法は中程度まで、障壁魔法は初級が使用可能です。みなさんと力を合わせて頑張ります」
しっかりとした態度の中に、柔らかな物腰を感じさせる20歳の女性だった。リーダー役にはふさわしい人選だった。
だが、クロスにとってそれどころではなかった。
(障壁魔法⁉︎ベルダ村では出会えなかった障壁魔法使いだ)
「そして、こいつがクロスだ」
障壁魔法使いとの出会いに興奮してる最中に名前を呼ばれて、クロスは慌てて自己紹介をした。
「ええと、クロスです。9級。剣と氷魔法を使います。……よろしくお願いします」
「氷魔法〜? それって実戦で使えるのか?」
ジークの軽口にクロスは肩をすくめる。
「教官にも見てもらってるし。明日にでも見せるよ」
「おーし、期待してるぜ」
その日は顔合わせに時間がかかってしまったので、明日の朝にギルド集合と決めて、今日は解散となった。
クロスは会議室を出た後、改めて気を引き締めた。
(ここから、本当の冒険が始まる。気を抜かずに行こう)
明日からは、この仲間たちと歩む日々が始まる――。




