実力の証明
ラグスティアでの生活基盤を整えることに追われているクロスは、この日、朝からギルドに向かっていた。
ギルドの訓練場で待っていたのは、筋骨隆々とした剣術教官・ハルドと、細身ながらも知性がにじむ魔法教官・カイロスだ。
「よう、クロス。ベルダ村でのことは聞いてる。今日はお前の実力を見せてもらうぞ」
ハルドが軽く肩を回しながら言った。
訓練場には他の冒険者の姿はない。ギルド側が、実力の計測と評価を行うために場所を貸し切っていた。
「手加減はしねえぞ、かかってこい」
ハルドの言葉とともに木剣が火花を散らすように打ち合う。クロスはベルダ村で培った反応速度と間合いの読みで的確に攻撃を捌き、反撃を繰り出す。
剣と剣がぶつかる音が訓練場に響き続けた。
クロスはハルドの強烈な横薙ぎを滑らかに回避し、脇腹を狙って突きを放つ。しかし、その突きはハルドの木剣によって弾かれる。
「おお……なかなかやるな!」
ハルドの踏み込みとともに重い打ち下ろしが飛ぶ。それを紙一重で避けたクロスは、横に跳びながら体勢を整え、低い位置からの回転斬りを放った。
互いに息を荒げながらも集中を切らさず、五分近い激しいやり取りが続いた末、互いの剣が交差して動きを止める。
「ここまでだな。……引き分けってとこか」
ハルドが微笑んで木剣を肩に担ぐ。
「はい……ありがとうございました……!」
内心、ハルドは驚いていた。
(おいおい、あの動き……7級でも上の方だぞ)
しかし、口に出すことはなかった。評価は上に任せるべきだ。
「このくらいの実力があれば、単独の依頼もいけるが……ここでは基本、パーティで依頼を受けるのが主流だ。特に討伐系はな。危険も跳ね上がるからな」
「はい、心得ておきます」
次は魔法訓練場へ移動し、カイロスの指導のもと、標的に向けて魔法を放つことになった。
「じゃあまず《フロストショット》を撃ってみてくれ」
クロスは深呼吸し、詠唱を口にする。
――凍てつく雫よ、我が敵を撃て――《フロストショット》!
氷の矢が飛び出し、標的の中央に突き刺さった瞬間、標的全体が白く凍りついた。
(……うーん、これが氷魔法の威力か?)
カイロスは内心で呟く。
「……次は《アイスタッチ》も頼む」
クロスが標的に触れると、標的の半身が瞬時に霜で包まれ、凍結していく。
「信じられないな……聞いてた以上の威力だ」
カイロスは驚きを隠せなかった。グレイスから聞いた話は本当だった――いや、それ以上だった。
「カイロス先生、この町で氷魔法についてもっと学ぶことはできますか?」
「もちろん。俺は水と氷の適性を持ってる。もっとも、氷魔法に関しては君ほどの威力は出せないが、詠唱と魔法制御についての資料はある。一緒に試行錯誤して、君に合った魔法を開発していこう」
クロスは嬉しそうに頷いた。
そのやりとりを、魔法訓練場の奥から静かに見ていた四人の姿があった。
ラグスティアのギルドマスター・ヴォルグ、サブマスター・ミレーヌ、そして4級冒険者のグレイスとバルスだ。
「見たか、あのアイスタッチ……。標的を一瞬で凍らせやがった」
バルスが目を丸くして言う。
「私もアミナ村での結果を聞いていたけど……実際に見ると想像以上ね」
グレイスも頷く。
「フロストショットだけであの威力か。詠唱は普通なのにな」
ミレーヌが腕を組んでうなる。
ヴォルグは静かに視線を落としながら口を開く。
「……魔法だけではなく、剣も相当だな。これは、化けるかもしれんな。」
「ギルマス、彼をどうするおつもりで?」
ミレーヌが問いかける。
「育てよう。……ただし、急がせるな。自分の足で進むことを覚えさせろ」
ヴォルグの声には確かな期待がこもっていた。
訓練を終え、クロスはギルドの外に出て空を仰いだ。
(思った以上に、みんな優しく教えてくれる……それに、ちゃんと評価してくれる)
「さあ、明日から本格的にやっていこう――」
自分の力を試すために。何者なのかを知るために。
この町での新しい一歩が、静かに始まった。




