表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界剣士の成長物語  作者: ナナシ
一章
60/168

旅立ちの朝

朝の陽光が、静かにベルダ村の屋根を照らしていた。

クロスは背中に小さな荷物を担ぎ、馴染んだ木造の階段を降りる。宿の一階には、朝食の準備をしていたマリアとティナの姿があった。


「……おはようございます」


クロスが声をかけると、マリアは手を止めて振り向いた。


「おはよう、クロス。……もう行くのね」


「はい。今日、村を出ます」


マリアは頷くと、棚から小さな皮袋を取り出してクロスに手渡した。


「これ、持っていきなさい」


「……これは?」


中を見ると、数枚の金貨が整然と並んでいる。


「以前あんたが考えてくれた調味料の代替レシピ。あれをこの前、ラグスティアのアシュレイに話したらね、『そのレシピ、ぜひ売って欲しい』って。だからこれは、あんたの頭と舌が生んだ金貨よ」


クロスは驚いた顔で金貨の袋を閉じる。


「でも、それはこの宿のために考えたものです。だからマリアさんのもので……」


マリアはふっと笑いながら、手を腰に当てた。


「じゃあこれは“私のもの”で、“私が勝手に”餞別として渡してるの。いい? 村を出るんだったら、こういうお小遣い稼ぎの手段も覚えておきなさい。ラグスティアにはアシュレイがいるんだから、また何かレシピを思いついたら売ってみなさい」


「……わかりました」


「それから――もし新しいレシピができたら、手紙でも書いてよこしなさい。宿の料理にも取り入れるからさ。クロスの味が、宿に残るのも悪くないでしょ?」


クロスは言葉に詰まりながらも、深く頭を下げた。


「……本当に、ありがとうございました。マリアさんの宿に滞在できてよかったです」


後ろでは、ティナが俯いたまま口を開く。


「……また、遊びに帰ってきてね」


ティナは十五歳。クロスより少し下の年齢だが、どこか幼い妹のようにも感じていた。


「うん。また、帰ってくるよ。……必ず」


「うん! 絶対だよ!」


マリアは少し目を細めて微笑んだ。


「さ、行ってらっしゃい。帰ってくる場所はここにあるから、安心して行ってきなさい」



ギルドの前に着くと、既に旅支度をした冒険者たちが集まっていた。

ラグスティアに戻る組のようだ。クロスが近づくと、グレイ教官が笑いながら手を振る。


「おう、クロス。紹介しておこう。こいつが今回のまとめ役、カランだ」


隣に立っていたのは、30代半ばと思しき男性冒険者だった。無造作に束ねた髪に、鋭い目つき。そして肩には6級の証である銀のエンブレムが光っていた。


「クロスです。町まではよろしくお願いします」


「まあ、戻るだけだ。肩肘張らなくていい。ただし、魔物が出たら動けよ?」


クロスが笑い返そうとしたその時、見慣れた顔が次々に現れた。

マルダ、ミト、ガイル、エル――アミナ村や日々の訓練で関わってきた仲間たちだ。


「マルダさん、新しい教官として頑張ってください。」


「……ふふ、ありがとよ。まさか自分が教官になるとは思ってなかったが……お前みたいなのを見てると、後進の育成も悪くないって思えるよ」


「ミトさん、ガイルさん……研修の頃から、色々と教えてくれてありがとうございました。あの時の訓練がなかったら、きっと今の自分はいなかったと思います」


ミトは笑いながら、

「まぁ、私の教え方が良かったからここまでこれた事を忘れちゃダメよ。元気で行きなよ」


「しっかりな」

ガイルはいつも通り完結に、だが激励の言葉を掛けてくれた。


そして、薬師見習いのエルにも声をかける。


「エル、これからも薬師として頑張ってください」


「うん、僕も負けずに立派な薬師になるよ。クロスこそ、無茶しないで」


クロスは一人ひとりに深く頭を下げた。そして、グレイ教官が、静かに言う。


「……お前はまだ若い。失敗もするし、挫けることもあるだろう。それでも、自分で選んで進むことをやめるな。選んだ道の先でしか、力は手に入らない。――それだけは、忘れるな」


その表情は、いつもの冗談交じりの教官ではなく、戦場をくぐってきた男の目だった。


「はい。……覚えておきます」


クロスが真っ直ぐに頷くと、今度はナタリー教官がそっと歩み寄ってきた。


「あなたの強さは、魔法の威力だけじゃない。何が正しいかを迷っても、それでも前に進もうとする心よ。……その心を、大切にして」


ナタリーは微笑みながら、少しだけ表情を和らげた。


「そして、壁にぶつかった時は思い出して。――ここに、あなたを信じて送り出した人たちがいるってことを」


クロスは喉の奥が詰まるような思いを感じながら、深く頭を下げた。


受付のリサが最後に顔を出す。


「活躍すれば、ちゃんとベルダ村にも話が届くんだからね? 期待してるわよ!」


ふと、誰かが時間を告げる声が響く。

クロスはギルドの皆に向かって大きく手を振り、背筋を伸ばして叫ぶ。


「――行ってきます!」


朝日が、彼の背を押すように差し込んでくる。



こうして、クロスの旅路が始まった。

未来を目指して――


これにて第1章完です。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ