新たなる地へ
「ボアホッグとの戦い、今日はお前一人でやってもらうからな」
朝の森を進みながら、リオンがそう言った。
「はい、わかってます」
緊張が胸を締めつける。これまで魔物との戦いは必ず誰かが一緒にいてくれた。だが今回は違う。完全に一人きりでの戦闘。失敗すれば、自分の身が危ない。
「怖がるのは悪くねぇ。でもな、ちゃんとやるべきことをやっていれば、体は勝手に動くもんだ」
「……はい」
「教えたことを思い出せ。焦らず、落ち着いて、魔物の動きを見ることだ」
森の中腹にある草原地帯に差しかかる頃、リオンが手で制止の合図を出す。風に混じって、動物とは違う臭いが漂ってきた。
「来るぞ」
藪が揺れ、ぶ厚い毛皮と鋭い牙を持つ猪型の魔物――ボアホッグが姿を現した。
クロスは剣を抜き、構えを取る。
ボアホッグは咆哮を上げながら突進してきた。その迫力に一瞬足がすくむが、頭ではすでにリオンから受けた教えが繰り返されている。体当たりを横に逸らしてかわし、後ろ脚を狙って斬撃を浴びせる。しかし厚い毛皮と筋肉に阻まれ、手応えは鈍い。
ボアホッグが向きを変えて再度突進してくる。クロスは踏み込んで前脚の付け根を狙い、剣を叩き込んだが、反動で左腕を打たれ、転倒した。痛みが走るが、すぐに立ち上がり、再び距離を詰める。切り返し、飛び込み、突き、後退。動きはまだ粗いが、確実に傷を与えていく。
数分の激しい攻防の末、ボアホッグは呻き声を上げ、地面に崩れ落ちた。
「……ふぅ……終わったか」
背後から足音が聞こえる。リオンが腕を組みながら近づいてくる。
「まあ、合格だな。ギリギリだったけどよくやった」
「ありがとうございます……」
「動きは悪くなかったが、まだ余裕がないな。斬った後の次の動き、もっと意識しろ」
「はい、気をつけます」
リオンはふっと笑い、クロスの背中を軽く叩いた。
「でもまぁ、お前もここまで来たんだ。たいしたもんだよ」
⸻
ギルドに戻ると、建物の前に見慣れない冒険者たちが立っていた。剣士や弓使い、槍の使い手など、それぞれが揃いの紋章入りの外套を羽織っている。
受付に行くとリサが嬉しそうに説明してくれた。彼らはアミナ村の調査に残っていたラグスティアの冒険者たちの交代要員として派遣されて来たとの事だった。
その中に、銀の髪をひとつに束ねた女性が立っていた。鎧の下に淡い青の法衣を着ており、柔らかな物腰とは裏腹に、鋭く引き締まった瞳が印象的だった。
サラとハナがその姿を見つけ、駆け寄る。
「セリナさーん!」
サラの弾む声に、銀髪の女性――セリナが笑顔で応える。
「久しぶりね、2人とも。あなたたちに会えるのを楽しみにしてたわ。アミナ村での戦いの報告、聞きました。あなたたち、すごく頑張ったんですってね」
「えっ……わ、私たち、そんなに目立ってました……?」
「落ち着いて負傷者の対応も冷静にこなしてたって。サラもハナも、よくやったわ」
顔を赤らめて照れながら、2人は嬉しそうに頷いた。
「でも、セリナさんほどの人がどうしてアミナ村に?」
「……あの村にいた子どもたちは、かなり辛い目に遭ってるから。戦いが終わったあとこそ、本当に必要なケアがあると思ったの。だから、一度行って様子を見てきたいと思って志願したのよ」
サラとハナはその言葉に、尊敬の眼差しを向けた。
⸻
クロスはギルド受付で間引き任務の報告を済ませると、奥からグレイ教官が現れた。
「おい、クロス。よくやったな。リオンから報告は聞いてる」
「はい……何とか倒せました」
「そうか。それで十分だ。お前はもう、この村付近にいる一通りの魔物とまともにやり合える力を手に入れた。ここで教えることは、もうそう多くなさそうだな」
クロスは黙って頷いた。
「一人で戦って、一人で傷を負って、なお勝ちを拾った。それは立派な経験だ。お前自身の剣として、きっと役に立つ」
「ありがとうございます」
「それに……今お前が持っているものはな、強さだけじゃない。誰とどう関わるか、誰の言葉に耳を傾けるか。それをわかってる目をしてるよ、お前は」
グレイの視線はまっすぐだった。
「……教官」
「4日後、アミナ村に残っていたラグスティアの冒険者たちが戻ってくる。あいつらと一緒に村を出たらどうだ?道中1人で行くよりも安全だし、その気があれば話しておいてやるぞ。連中も嫌とは言わないだろうしな」
クロスは一瞬目を伏せ、そして静かに答えた。
「……そうですね。この機を逃したらズルズル村に残りそうですし」
「分かった、俺から頼んでおく。しっかり準備しておけよ。それと、村を出る前に一つだけ覚えておけ」
グレイは小さく笑いながら、拳で軽くクロスの胸を突いた。
「外は村と違って、理不尽なことも多い。でも、その中で生き抜くってことは、戦うだけじゃなくて、誰とどう繋がっていくかってことでもある」
「……はい」
クロスはしっかりと頷いた。
旅立ちは目前だった。けれど、それを恐れる気持ちはもうなかった。この村で学んだすべてを背負って、クロスは次の地へ進もうとしていた――。




