意外な同行者たちと、現実の重み
「今日はロイとハンスと一緒だ。目的はモスリザード。薬草を食い荒らす厄介なやつだ」
そう言ってゴルが依頼の詳細を伝えてくれた時、クロスは少し驚いた。
ロイとハンスというのは珍しい組み合わせだった。
ロイは斧と盾を使う戦士で、豪快な笑い声が印象的な陽気な性格をしている。明るく場を和ませる一方で、時に緊張する場面では自然と集団の空気を柔らかくする役割を担っていた。
ハンスはそれとは対照的な皮肉屋で、口数が多く頭の回転が速い弓使い。クロスとは、アミナ村での救援戦を経て、最近では時折会話を交わすようになっていた。
「おっ、クロス。今日は一緒だな。よろしく!」
ロイはいつも通り明るく、まるで旧知の友のように声をかけてくる。その手には斧と小型の盾。重装備ではないが、集団戦で前衛を張れる装備だ。
ハンスは弓を背負い、落ち着いた声で挨拶した。
「よろしく頼む。今日は主にお前の訓練も兼ねてるからな」
「……訓練、ですか?」
クロスは不思議そうに首を傾げた。特にそんな話は聞いていない。
「まあ、気にすんな。実地で覚えるのが一番ってことだよ」
ロイが肩を叩いて笑うが、その背後でハンスがクロスを一瞥して、なにかを確かめるように目を細めていた。
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森へと入り、薬草の生育地へと近づくと、ロイが口を開いた。
「薬草を守るにはモスリザードを間引かねえとな。クロス、お前、あれに齧られると薬草どころか足も持っていかれるぞ」
ハンスが肩を回しながら言う。
「擬態してるから、気付かずに近寄ってガブッとやられるのが新人の典型的なやられパターンだ。今日は見分け方を教えてやるよ」
ハンスは足元の茂みにしゃがみ込み、苔の生えた岩を指差す。
「まずは場所な。モスリザードは寒いのが苦手だから、陽の当たる湿った場所に多くいる。それから……風と違う動きをしてる草木があるだろ。」
「……ほんとだ」
クロスが目を凝らすと、確かに一部だけ風に揺れていない。葉の重なりも、自然の流れに逆らっているように見えた。
「あと、擬態中でも石の輪郭を完璧には隠しきれない。草木の縁が一部だけ浮いてるだろ? そういう不自然なズレがあるやつは大抵アタリだ」
「なるほど……」
ハンスの説明を聞きながら、クロスはそれらの特徴を頭に叩き込む。
「さて、見つけたなら――動かすぞ」
ロイが斧を抜き、ゆっくりと擬態している魔物に近づいていく。
「クロス、見てろ」
擬態していた苔が、突如として跳ね上がった。
モスリザード――体長80セルほどのトカゲ型魔物が牙をむき出しにして襲いかかってくる。
ロイが軽く息を吐いて斧を振る。盾でモスリザードの初撃を受け止め、衝撃をいなすと、すぐさま反撃に転じた。
斧の刃が魔物の脚に斬り込む。モスリザードが悲鳴を上げてよろめいた隙に、ロイは盾で腹を叩いてバランスを崩し、続けざまに首筋を狙って斧を振り下ろす。
獣の叫びが響き、地面に血が散った。
「動きは速いが、脚を斬れば怖くねぇ。だが躊躇すると一瞬でこっちがやられる。剣士だろうが魔法使いだろうが、躊躇ったら終わりだぞ」
「……はい!」
クロスはロイの動きと言葉を胸に刻みつける。
クロスは頷き、森の中を慎重に歩く。
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2体目は川沿いの茂みに潜んでいた。先に気づいたのはハンスだったが、今度はクロスが挑戦する。
「ここだッ!」
魔法ではなく、剣を選択。魔力は節約したいと判断した。
剣の斬撃が肩を貫くが、モスリザードは反撃に尾を振るう。クロスはぎりぎりの距離でそれを躱し、間合いを詰めて再び一閃。
だが、倒し切れなかった。
「クロス、下がれ!」
ロイが盾で体当たりし、怯んだ隙にハンスの矢が喉を貫いた。
「悪くないな。でも、もう少し間合いの使い方を意識しろ。斬り込みすぎると反撃を食う」
ロイが笑顔でアドバイスする。その言葉には、教える側としての優しさがあった。
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移動の途中、ロイが軽く肩を回しながらつぶやく。
「しかしまあ、クロスがこうして普通に歩いてるのが信じられねぇな」
「……え?」
「ほら、ブラッドゴブリンに吹っ飛ばされた時、マジで死んだかと思ったぞ」
ハンスも静かに頷いた。
「あれだけの重症を負った新人は、普通ならしばらく外には出られない。大抵は引退するか、雑用に回る」
「なのにこいつは、まるで戦闘が趣味かのように戻ってくるからな。戦闘狂だな、お前」
二人は笑っていたが、クロスは少しだけ考え込んだ。
(……そういえば、怖いって感じたことがない)
それが自分の異常さなのか、それともただ鈍いだけなのか――考える暇もなく、前方の茂みからガサガサと音がした。
「三体目、いたぞ!」
ハンスの声に反応し、クロスは自然と前に出る。
モスリザードが咆哮して突っ込んでくる。クロスが横に回避し、ロイが突進を受け止める。
「重いなこいつ……!」
それでもロイは踏み止まり、盾で押し返すと斧を振り上げた。
「ハンス、左脚狙え!」
ハンスが矢を放つ。脚を射抜かれたリザードがよろめき、クロスが滑り込むように剣を突き立てた。
三体目の討伐も完了。肩で息をしながら、三人は顔を見合わせた。
「なかなかいい連携だったな」
ハンスが短く言い、ロイは親指を立てて笑った。
「よし、今日はここまで! あとは解体所に持っていくだけだ!」
クロスもロイとハンスに倣いモスリザードの遺体を担いで歩き出す。その背中を見ながら、クロスはふと疑問を口にした。
「……そういえば、なんで今日はこの3人だったんですかね?お2人なら、いつもだとラグナさんかセルスさんの3人ですよね?」
ロイとハンスは顔を見合わせて、同時に首を振った。
「偶然だよ、偶然」
「たまたま空いてたからな」
妙にあっさりとした返答に、クロスは不自然さを感じつつも、それ以上は深く考えなかった。
⸻
村へ戻ると、ギルドの前に見慣れない鎧姿の一団がいた。揃いの装備に統一された紋章。規律の取れた所作から、ただ者ではないとすぐにわかる。
それを見たロイが嬉しそうに話す。
「私兵だな。アミナ村の復興支援ってところか」
「リザードの解体、俺とハンスで持ってくから、クロスはギルドに報告頼むわ」
ハンスがそう言い、クロスはギルドへ報告に向かう。
受付にいたリサがにこやかに説明してくれた。
「あの人たち、領主様の私兵なんだって。アミナ村の支援に派遣されたんだって」
「そんなに早く来るものなんですか?」
「領主様の仕事早いのよ、きっと」
「……まあ、領主の仕事っていうより、領主代行の段取りだがな」
奥から顔を出したゴルが補足する。
「領主の役目は、各村や町を統治して、その秩序と安全を保つこと。現場の実務は領主代行が担ってるんだ。特にラグスティアの領主代行は有能でな。上の顔色を伺わず、しっかり動くそうだ」
「でも、そんな代行の仕事を監督してるんだから、領主様も優秀ってことじゃないの?」
「……まあ、そうだな。あの領主は昔から、戦場でも名の知れた人だからな」
クロスは黙ってその会話を聞いていた。
(貴族……この世界では、無関係ではいられない存在なんだ)
現代日本では想像もつかない階級社会。だがこの世界では、それが現実だ。いずれ自分も、そういう存在と関わることになるかもしれない。
(この先、いずれ会うかもしれない……。ちょっとビビるな)
そう思いながら、クロスはギルドの扉を振り返り、一歩外に踏み出した。




