選べる生き方
朝の陽が差し始めた頃、クロスはギルドの裏口で薬草収集用の籠とナイフを片付けていた。
「おい、クロス」
声をかけてきたのはゴルだった。書類を数枚抱えて、埃っぽい仕事着姿のまま背後から近づいてくる。
「近いうちに、先輩冒険者と間引き仕事が入ったぞ」
「ありがとうございます、ゴルさん」
「ギルマスから村を出るって話はもう聞いた。でも、まだこの村でやるべきことが残ってるんだからしっかりな」
「はい。できるだけ多く学んでいきたいです」
「ふん、真面目すぎて損しねぇようにな」
鼻を鳴らしながら笑ったゴルに、クロスは頭を下げた。ギルドに来たばかりの頃、自分に声をかけてくれたあの時と同じ優しさを感じる。
後日、ギルドに顔を出したクロスは受付で仕事の確認に顔を出した。
「今日の仕事はボアホッグの間引き。リオンが同行してくれる」
「リオンさんが……!」
「あいつの実力はお前も知ってるだろうが、しっかりな」
クロスは深くうなずき、背筋を伸ばした。
装備を整えたクロスはギルドの前で槍を背負ったリオンと合流した。
「よう、クロス。そろそろ森も暑い季節になるな。いい汗かこうぜ?」
「はい。よろしくお願いします!」
「堅いなあ。ま、今日はお前がどこまでやれるか見てやるよ」
森に入り、二人は静かに木立の中を進んでいく。
しばらく歩いた後、クロスは前を歩くリオンに問いかけた。
「リオンさん、よければ……村に来る前のことを聞いてもいいですか?」
「……ん?」
リオンは足を止め、振り返ってクロスを見る。
「俺がベルダ村出身じゃないって知ってて聞くのか?」
「はい。僕も、そうなので……気になって」
「……なるほどな」
リオンは軽く顎を掻きながら、ふっと笑った。
「じゃあ、少しだけな」
リオンはゆっくりと歩きながら話し始めた。
「俺の出身はザイガル帝国。帝都じゃないが、あそこの兵だった」
「帝国……!」
「お堅い国だ。階級、命令、上下関係、全てが絶対。正しさよりも結果が重視される。失敗すれば首、成功すれば踏み台。……そんなとこだったよ」
クロスは息を飲む。帝国の兵がどういうものか、噂程度には耳にしていた。
「仲間が無駄に死ぬのを見てな。上は誰も責任を取らない。……このままじゃ、自分も壊れると思って、辞めた」
それはきっと、重くて苦い決断だったに違いない。それでも、リオンの語り口は淡々としていた。
「で、辞めたあとは流れ者みたいなもんだった。いくつか村や町を転々として……」
少しだけ口元が緩む。
「最後にたどり着いたのが、ベルダ村だった。空気がよかった。人も、距離感も。押しつけがましくなくて、どこか懐が深くてな」
リオンは笑いながら続ける。
「それだけでも十分だっが、あの宿の昼飯がうまくなったのも村に残る理由かな」
「……それ、もしかして僕が考えたメニュー……」
「だな。野菜スープに薬草と干し肉を加えたやつ。あれ、身体に染みた」
「……嬉しいです」
「はは、料理人かよ。ま、俺がこの村に落ち着いたのは、その辺り全部がちょうど良かったからだ。何かを『やらされる』んじゃなく、自分で選べる場所だった」
「……僕も、見習いたいです。どこにいても、自分で選べる生き方を」
「言うようになったな。ま、今日の出来次第だな」
その時、リオンが手を上げて止まった。
「前方、ボアホッグ。体格も牙も上等だ。突進に気をつけろ」
木の間から現れたのは、灰茶色の巨大な魔獣――ボアホッグだった。体高は1メル以上。太く湾曲した牙が威圧的で、赤い目が二人を捉えている。
リオンが槍を構える。
「こいつは俺がやる。お前は動き方を見て覚えろ。突進を避けて、脚を削ぐ――それが基本だ」
次の瞬間、ボアホッグが咆哮とともに突進を始めた。
地面が震える。リオンは瞬時に右へ跳び、背後に回り込む。槍の穂先で後脚を狙うが、分厚い毛皮に弾かれた。
魔獣は方向転換し、再び突進。リオンは躱しながら距離を取り、タイミングを見極める。
三度目の突進では木々の間に誘導し、強引に方向を変えさせてバランスを崩す。脚がもつれた瞬間を見逃さず、槍を深く突き立てるが、それでも致命傷には至らない。
息を荒げたボアホッグが怒り狂い、地面を掘りながら吠えた。
リオンは全神経を集中させ、敵の動きに合わせて機敏に動いた。地の利を活かし、何度も躱しながら脚を攻撃し、少しずつ体力を削る。
戦闘が始まってからすでに五分以上が経過していた。
ついにボアホッグが疲れの色を見せた時、リオンは一気に距離を詰め、喉元を正確に貫いた。
魔獣が重々しく地面に崩れ落ちる。
「……よし、終わった」
リオンは槍を引き抜き、汗を拭った。
「すごい……本当に見事です」
「見てただけで息切れしてんじゃねぇの?」
リオンが笑う。
「でも、覚えとけ。これくらいの魔物でも1人で戦うと時間がかかる。油断は死を呼ぶぞ」
「……はい。魔法が使えない時もあると思うんです。だから、剣での戦い方も学んでいきます」
「その意気だ」
仕留めたボアホッグを二人で担ぎ、村への帰路についた。
帰り道、リオンがふいに口を開いた。
「クロス、お前は村を出るつもりだってな」
「はい。いずれは……でも、まだ討伐してない魔物もいますし、力も足りません」
「そうか。……ま、俺から言えることがあるとすれば」
リオンは空を見上げ、柔らかく笑った。
「帰ってこられる場所を持っとけ。出るだけじゃなく、戻れる選択肢を持っておけ。そうすれば、お前はもっと遠くまで行ける」
クロスはその言葉を、胸に刻んだ。
「……ありがとうございます。忘れません」
「真面目か、お前は」
森の静けさの中、リオンの笑い声が心地よく響いた。




