帰還と褒賞
ベルダ村に戻ってからというもの、クロスは再び薬草収集や荷運びといった地道な雑用仕事に精を出す日々を送っていた。
アミナ村での激戦と、そこで得た経験を思えば、今の生活は驚くほど静かで、穏やかだった。
けれども、クロスはそれを退屈だとは思わなかった。
「クロスが一緒だと安心して収集できるね。前みたいに周りを気にしすぎなくてもいいから助かるよ」
薬師見習いのエルがそう言って笑う。
クロスは少し照れながらも、「俺もまだまだ慣れてないけどな」と返す。
だが、以前よりも森の気配が読めるようになっている実感があった。
*
そんなある日――村の中央通りに馬車が到着したという報せが入り、クロスはギルド前へ駆けつけた。
「ナタリー教官!」
駆け寄るクロスの前に、見慣れた姿が立っていた。ナタリーとリオン、そしてアミナ村に残っていたギルド職員のバリスと、4級冒険者のグレイスだ。
「久しぶりだな、クロス。元気そうで何よりだ」
ナタリーの笑顔に、クロスも自然と頷く。リオンも、無言で頷き、クロスもそれに応じた。
バリスとグレイスはギルドマスター・ドルトンと短く言葉を交わすと、報告書のような書類を手に足早にギルドの中へと入っていった。
そしてしばらくして再び姿を見せた時には、すぐにラグスティアの町へ戻るとのことだった。
2人は馬車に向かう途中でクロスに声をかけてきた。
「君がクロス君か。私はバリス、ラグスティアのギルド職員だ。何かあれば、町のギルドを訪ねてくれて構わないよ。君のことは、しっかり記録させてもらった」
バリスはそう言って丁寧に頭を下げた。クロスも慌ててそれに応える。
隣にいたグレイスも一歩前に出て、淡々とした口調で言った。
「私はグレイス。4級冒険者。……名は覚えたわ」
それだけ告げると、2人は馬車へ向かった。その視線には、どこか探るような色が混じっていた。
クロスは何も言わず、黙ってそれを受け止めた。
*
その日の夕方、ギルドに再びアミナ村での戦闘に参加した全員が集められ、ギルドマスター・ドルトンの口から報せが伝えられた。
「アミナ村での戦い、その功績を鑑みて――君たち全員のランクをひとつ上げることが正式に決定した」
場の空気が一瞬静寂に包まれた後、どよめきと歓声があがる。
クロスは少し戸惑いながらも、感謝の気持ちとともに頷いた。心の奥では、どこか引き締まる思いがあった。
「加えて、この件についてはラグスティアの町へも正式に報告する。君たちの働きは、間違いなく称えられるべきものだ」
ドルトンの言葉に皆が真剣な面持ちで頭を下げる中、前に進み出たのは――マルダだった。
「ギルドマスター。私からも一言良いかしら。以前打診のあった教官の仕事……受けるわ」
その声に皆が一斉にマルダへと視線を向ける。
「……良いのか、マルダ」
ドルトンが問うと、マルダは片目に包帯を巻いた顔でしっかりと頷いた。
「片目は潰されましたけど、体は動くしね。それに……これから先、私たちと同じ思いをする奴を減らすためにも、誰かが教えなきゃいけないって思ったからね」
その言葉に、皆が静まり返った。しばしの沈黙の後、ドルトンが笑みを浮かべて頷く。
「……わかった。お前なら適任だ。正式に教官任命の手続きを進める」
「ありがとうございます」
マルダが深く頭を下げる。
その姿は、戦士から教師へと役割を変えた一人の人間としての、確かな決意を感じさせるものだった。
クロスもまた、その背中を見つめながら、自分もまた何かを受け継いでいく側になるのだと、静かに思った。




