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異世界剣士の成長物語  作者: ナナシ
一章
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日常への復帰

ベルダ村の門をくぐった瞬間、ふっと心が緩むのをクロスは感じた。

アミナ村での激戦を乗り越え、ようやく帰ってきた村は、穏やかな風に包まれていた。


「――よく戻ってきてくれた」


ベルダ村のギルドで、ギルドマスター・ドルトンは重い口調でそう言った。


ベルダ村のギルド。

簡易に整えられた広い会議室に、今回のアミナ村への派遣に参加した冒険者のうち、ナタリーとリオン以外の生き残った全員が集まった。


ブラッドゴブリンとゴブリンシャーマンの出現。仲間の死。そして、生き残った者たちの苦闘と決断。


「まさか、ゴブリンの群れに上位種が含まれていたとはな……村が無事だったのは、正直、奇跡だ」


ドルトンの声には、驚きと共に深い安堵が混ざっていた。


「この件は、早急にラグスティアの町ギルドと領主代行に私からも報告する。ブラッドゴブリンのような上位種が現れた以上、他の村にも危機が及ぶ可能性がある」


そう言って、彼は一呼吸置くと、マルダに視線を向けた。


「……マルダ。お前に話がある」


「……なんですか?」


戦闘で片目を失ったマルダの表情は険しいが、その声には変わらぬ芯の強さがあった。


「今後も冒険者として活動したい気持ちは尊重するが……もし引退を考えているなら、ギルドの教官として残ってもらえないかと思ってな」


室内が静まり返った。


マルダは少しだけ俯き、拳を握った。


「……ありがたい話です。ただ……もう少し、考えさせてください。まだ、気持ちに整理がついていなくて」


「わかった。急ぐ必要はない。お前の人生だ、しっかり考えて答えをくれればいい」


ドルトンはうなずき、最後にもう一度、全員に向かって深く頭を下げた。


「本当に、よくやってくれた。ありがとう」



その後、クロスは宿に戻った。

扉を開けた瞬間、見慣れた香りと空気に包まれ、思わず「帰ってきた」と実感する。


「クロス……!」


マリア女将が厨房から飛び出し、ぽってりとした体型を揺らして駆け寄ると、クロスの顔を両手で包む。


「よかった、生きて……帰ってきてくれて……!」


「ただいま戻りました、マリアさん」


涙を浮かべる女将の姿に、クロスの胸もじんと熱くなる。

その夜、久々に出された温かい夕食――香ばしい焼きパンと野菜と鶏肉のシチュー、ほっくりした豆と塩の効いた煮物――を前にして、クロスは目を潤ませた。


「……うまい」


マリアはにっこりと微笑み、優しく声をかけた。


「その言葉が、いちばん嬉しいよ」



翌朝。クロスは破損した剣と防具を抱えて村の鍛冶屋へ向かった。鍛冶場では、屈強な体躯の職人が汗を拭いながら鉄を打っていた。


「よぉ、クロス。……聞いたぞ。アミナ村で、大変だったらしいな」


「はい。剣も防具も壊れてしまって……修理、というよりは新しくお願いします」


クロスが渡した剣を受け取ると、鍛冶屋は眉をひそめてうなった。


「……なるほど。これはひでぇな」


「できるだけ早く使いたいんです。体を慣らしておきたいので」


「いい心がけだ。ちょうど強度の高い素材が手に入ったところだ。あんたに合うよう調整しておくよ。明日の朝には仕上げる」


「ありがとうございます」



翌日、新しい装備を受け取ったその足で、クロスは薬師見習いの少年・エルと再会した。


「クロスくん、おかえりなさい……無事で本当に良かった」


「エルも元気そうで何より。無事っていうか、結構やばかったらしいけど、治療魔法でなんとかね。でも、2度と治療魔法の厄介にはなりたく無いかなぁ」


クロスは苦笑いしながらエルに答えた。


「それはともかく、今日は薬草採取の仕事、よろしく」


「もちろんです。治療薬の材料も不足しているので、たくさん集めたいところですね」


2人は荷物を背負って森へと向かった。

道中、クロスはふと立ち止まり、眉をひそめる。


「……なんか、気配が前より濃い気がする」


「そうですか?いつもと変わらないと思いますけど……」


森の中は静かだが、確かに何かがいる――そんな気配が、空気の中に滲んでいた。


やがて、草むらを踏み分けて薬草を採取していると、不意に木陰から気配が跳ねた。


「来る……!」


クロスの声と同時に、木陰から飛び出してきたのは一匹のフォレストウルフ。緑がかった毛並みと俊敏な動き、鋭い爪と牙――かつてなら苦戦していた相手だ。


だがクロスは、以前までと同じではなかった。


「見える……!」


フォレストウルフの動きが、まるで“遅く”見えた。回り込む軌道、踏み込みの癖、攻撃の角度。戦闘の最中に自然と頭の中に浮かんでくる。


飛びかかってきた獣の牙の軌道を避け、すれ違いざまに剣を振る。


「はっ!」


鋭い一閃がフォレストウルフの脇腹を裂き、獣は一声悲鳴を上げて倒れた。クロスは無駄なく、確実に敵を仕留めていた。


「すご……クロスくん、あのフォレストウルフを一撃で……!」


「以前より、体の動きも目の感覚も……変わってる。たぶん……アミナ村での戦いで、俺……」


魔力だけでなく、剣士としての“戦闘の勘”が覚醒したのかもしれない。

それを確かめるように、クロスは一歩、森の中へと踏み込んでいった。

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