名を刻む
戦いの終わったアミナ村に、ようやく静けさが戻りつつあった。
その朝、ナタリーはリオンとともに、町から来たギルド職員のバリス、4級冒険者のグレイス、そして斥候の冒険者2人――6級の双子の兄妹・ミールとミーナを伴って、村を出発した。目的は、ブラッドゴブリンたちが野営していた場所の調査だ。
「北東の谷を越えた先で奴らが野営していた」
先導するリオンの言葉に、バリスは手帳をめくりながら小さくうなずいた。
「本当に、あの人数で……その規模の襲撃を凌ぎ切ったのか。報告は聞きましたが、とても信じられなかった。まぁ、現場を見れば少しは理解できるでしょう」
「ゴブリンシャーマンに、ブラッドゴブリンまでいたのよ? 私たちも最初は目を疑ったわ」
ナタリーが眉をひそめて言うと、斥候のミールが後方から口を挟んだ。
「道中の痕跡からも大所帯だったはずです」
「真っすぐに村に向かってるみたい……」
妹のミーナが頷きながら続けた。
「だとすると、村の襲撃が目的か……」
「けど、それを止めたのが、ベルダ村の冒険者たちと……一人の少年だって?」
グレイスの問いかけに、リオンは無言でうなずいた。
「その少年、“クロス”が使ったという魔法……本当に信じていいのかしら?」
「どういう意味だ?」
リオンが振り返って問うと、グレイスは淡々と語る。
「以前、ノルヴァン連邦で氷魔法使いとパーティを組んでいたことがあるの。彼は学院の修了者で、フロストショットより上位のアイススパイクを使ってたけど……。同時に凍結させるなんて夢のまた夢よ」
「でも、クロスは……実際にやったんです」
ナタリーが足を止め、真っすぐグレイスを見据えた。
「ゴブリンシャーマンに放った《フロストショット》で奴は虫の息になり、さらにブラッドゴブリンには《フロストショット》で右腕と左脚を凍らせ、《アイスタッチ》で体を完全に凍結させたのよ。それでようやく、リオンの一撃が通った」
「……それは……常識じゃ考えられんな」
ギルド職員のバリスも眉をしかめる。
「魔力量が違うのか、魔法の構造が違うのか……いずれにしても、通常の冒険者のスケールを超えている。彼の出自について、何か心当たりは?」
「何もありません。商人に保護されて村に来たって事は知ってますけど……。ギルマスも、登録された情報以上は知らないと思います」
ナタリーの声には迷いがなかった。
「でも……私は彼を信じています。自分を犠牲にして仲間を救うような子です。今回も……自分が囮になって、ブラッドゴブリンに決定打を入れる隙を作ってくれた」
リオンも言葉を添えた。
「あいつがいなかったら、村は壊滅していた。何者であろうと、それは変わらない事実です」
グレイスはしばらく沈黙していたが、やがて小さく息を吐いて言った。
「……分かったわ。詮索はやめましょう。でも、その名は覚えておく。“クロス”。いずれ、ラグスティア町のギルドに顔を出すかもしれないしね」
「私も報告書にはしっかり記載しておく。上の連中も、この名前は記憶に留めるだろうな」
バリスの言葉に、ナタリーは一度だけ頷いた。
一行はやがて、谷を越えた先の鬱蒼とした森の奥に到達した。そこには複数の焚き火跡、食い散らかされた獣の骨、粗末な寝具の残骸――そして、人間とは異なる足跡が乱雑に散らばっていた。
「ここだ。ここに、奴らが潜んでいた」
リオンがそう呟いた時、森の風が枝葉を揺らし、まるで戦いの記憶を呼び起こすかのようにざわめいた。




