咆哮の獣
ゴブリンシャーマンが倒れた直後――
戦場に、わずかな間の沈黙が訪れた。
その瞬間を、ラグナの怒声が打ち破る。
「残りは十体前後だ! 焦るな、数ではこっちが勝ってる!」
仲間を鼓舞するように叫ぶが、その顔には疲労の色が濃く浮かんでいた。魔法使いの彼の全身にも戦闘の傷痕が刻まれている。
弓を使い果たしたハンスとセルスは、それぞれ鉈剣を手に取り、剣士たちと共に接近戦に加わっていた。しかし、接近戦に慣れない二人には荷が重い。
「ぐっ……!」
セルスが一体のゴブリンと剣を交えるが、反撃を受けて体勢を崩す。ハンスがすかさずカバーに入るが、振るう鉈剣は鈍く、狩人らしい俊敏さが薄れていた。
(まずい……疲労が、ここにきて……)
そんな中、戦場の中央――
あの存在は、なおも動いていた。
ブラッドゴブリン。
異様なまでに発達した肉体。血の匂いを纏う巨躯。
シャーマンの死を察したのか、わずかに動きを止める。
その隙を逃さず、ベルク教官が動いた。
「いまだ……!」
地を蹴り、刃を振り上げる。
だが――
「グオオオオアアアアアッ!!」
突如、天地を裂くような咆哮が響いた。
至近でその咆哮を受けたベルクの動きが、わずかに止まる。
その瞬間だった。
ブラッドゴブリンの巨大な剣が、空気を裂いて振るわれた。
「ぐっ……!」
剣と剣が交錯する。しかし、質量が違いすぎた。
剣はへし折れ、ベルクの身体が跳ね飛び、地面を転がる。
「ベルクさん!!」
仲間の叫びが木霊する中、マルダが飛び込んだ。
「これでっ……!」
素早く回り込み、短剣を首筋に突き立てる。
が、皮膚は厚く、刃は深く入らない。
しかも短剣が引き抜けない。
「――しまっ……」
次の瞬間、ブラッドゴブリンが振り返り、マルダの頭を掴んだ。
「やめろッ!」
誰かの声も届かぬうちに、巨体がマルダを地に叩きつけた。
血飛沫が、地に咲く。
「……っ!」
クロスは走り出していた。
このままでは、また仲間が死ぬ。
「凍てつく雫よ、我が敵を撃て――《フロストショット》!」
剣を携えたまま、地を蹴り、魔法を放つ。
氷弾が一直線に飛び、ブラッドゴブリンの右腕に命中。
瞬く間に右腕が凍結し、武器を握ったまま動きが止まる。
間髪入れず、クロスは二発目を放った。
「――《フロストショット》!」
今度は左脚。魔法が直撃し、脚が白く染まるように凍りついた。
右腕と左脚を凍結され、ブラッドゴブリンの動きが鈍る。
(やった……!)
しかし、その直後。
ブラッドゴブリンは怒声と共に左腕を振るい、リオンとクロスを薙ぎ払おうと暴れ始めた。
「ぐっ……止まらないのか……!」
クロスは歯を食いしばる。
《フロストショット》は、もう撃てない。
魔力は、使い果たした。
(まだ、終わっていない。……でも。ここで終わらせないと、皆が――)
すでに両脚は重く、肩も痛む。それでも、剣を握る手を緩めなかった。
今、ブラッドゴブリンと対峙しているのは、もはやクロスとリオンの二人だけだった。
「クロス! 下がれ!」
リオンが叫ぶが、クロスは首を振る。
「……僕は、生きるって、決めたから……!」
静かに、覚悟の言葉を呟いた。




