氷の一閃
戦場に、ひときわ強い熱が弾けた。
火球がうなりを上げ、空気を焦がしながら一直線に飛ぶ。
その直前、ゼルスは杖を振り、土塊を投げてゴブリンシャーマンの詠唱を妨害しようとしたが――僅かに遅かった。
ゴブリンシャーマンが放った火球は、真正面からゼルスの胸元を撃ち抜いた。
熱と衝撃にゼルスの体が宙を舞い、次の瞬間、泥にまみれた地面へ叩きつけられる。
焦げた衣が風に煽られ、白く濁った視線が空を仰いだまま、動かなくなる。
戦場に、焦げた空気が流れた。
「――ゼルス!!」
その光景を目の当たりにしたハンスの叫び声に、ガイルが振り返った。
その隙をゴブリンシャーマンの傍に控えていた護衛のゴブリンは見逃さず、低く唸りながらガイルへと飛びかかっていた。
ガイルが振るおうとした槍は間に合わない。鋭い剣が、脇腹を深々と突き刺した。
「ッ……が、ぁあッ!」
ガイルが血を噴き、地面に崩れる。赤黒い血が泥に滲んで広がった。
それを見たゴブリンシャーマンは、甲高く金切り声のような咆哮をあげる。言葉はない。ただの獣のような、勝利の咆哮。
その瞬間、風が変わった。
クロスはゴブリンシャーマンに向けて走りながら、魔法を詠唱する。
空気が凍てつき、冷気が走る。
「凍てつく雫よ、我が敵を撃て――」
低く、だが明瞭に響いた詠唱の声。
――《フロストショット》!!
クロスの左手から放たれた氷の矢が、白い光を纏って空を裂いた。
ゴブリンシャーマンの胸元を撃ち抜いたその一撃は、肉を凍らる。咆哮は止まり、声を発することさえできず、ゴブリンシャーマンは膝を突いた。口元からは冷気とともに血が流れ、まともに立っていることすらできていない。
――そして二射目。
狙いはガイルを刺した護衛のゴブリン。
氷の矢が直撃し、ゴブリンの体は内側から凍りつき、膝から崩れ落ちる。
その間も、ゴブリンシャーマンの護衛として残っていた最後の一体が、ガイルに止めを刺そうと動いていた。
だが、崩れた体を無理やり起こしたガイルが、刺された傷も構わず、最後の気力で槍を突き出す。
「まだだ……死んでたまるかよッ!!」
刺突は深くは入らなかったが、護衛の動きを確かに止めた。
そこへ、風を切る疾走。
「どきなさいッ!」
剣を携えたナタリーが飛び込み、一閃。鋭く振り下ろされた刃がゴブリンの首を断ち切る。
血飛沫が宙を舞い、残る敵は――虫の息のゴブリンシャーマンのみとなった。
ゴブリンシャーマンは膝をつき、吐血しながらもなお生きていた。その目はクロスを見据え、狂気に染まっていた。
ナタリーはそのままゴブリンシャーマンの前に走り、大剣を振り下ろした。
――ゴブリンシャーマン、討伐。
ゴブリンシャーマンにとどめを刺したナタリー教官が大きな声で叫んだ。
「ハナ、ガイルを!」
「はいっ!」
後方に控えていたハナが急ぎ駆け寄り、ガイルの傷に手を翳す。
「……癒えよ、命の糸よ……!」
淡い光が手元から広がり、ガイルの傷が少しずつ塞がっていく。
まだ意識ははっきりしないが、出血は止まった。
「クロス、助かったわ。ゴブリンシャーマンへの攻撃、あれがなければ危なかった」
ナタリーはフロストショットの異常な威力に畏れを抱くが、その感情を押し殺して短く礼を告げる。クロスは無言で頷き、剣を構えたまま戦場を見渡した。
彼はガイルに駆け寄ることも、声をかけることもなかった。
今、すべきことは別にある。
「……まだ、終わっていない」
戦場の北側では、ブラッドゴブリンがまだ健在だ。
一方で、ハンスとセルスは最後の矢を放ち、空の矢筒を背に、腰の鉈剣を引き抜いた。
「矢、切れた。セルス、行くぞ!」
「あぁ、やるしかねぇな……!」
二人の狩人が前線に走る。近接戦は得意ではない。それでも、仲間を守るために、武器を取って駆け出した。
泥と血と叫びが交錯する戦場で――クロスは、残りの《力》を握りしめていた。
(あと、撃てるのは……2発)
残るフロストショットをどう使うか。それが、戦局を左右する。




