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異世界剣士の成長物語  作者: ナナシ
一章
43/168

激化する戦場

 土と血と焦げた煙の匂いが入り混じる戦場に、重く鈍い空気が漂っていた。


 激闘の中で、ゴブリンの群れは、確かに数を減らしていた。


 冒険者たちの連携攻撃――それらが確実に敵を削り、既に半数を下回っている。


 しかし、誰一人として勝利を実感していなかった。


 それどころか、重く、暗く、じわじわと押し寄せる疲労と焦燥が、戦う者たちの動きを確実に鈍らせていく。


「フリーダ! 左よ!」


 ミトの叫びに反応し、大剣を横なぎに振るう。氷に足を取られて転倒したはずのゴブリンが、這い上がりながら槍を突き出してきた。かろうじて斬り払いはしたものの、鋭い刃がフリーダの足をかすめ、布地を裂いた。


「はぁ……っ、くっ……!」


「大丈夫!?」


「平気、これくらい!」


 返事はしたものの、その呼吸は明らかに乱れている。全身は汗と泥と血に塗れ、瞳には疲労の色が濃く浮かんでいた。


 ハンスとセルスはなおも弓を引き続けていたが、腕の筋肉が限界に近づきつつあるのか、命中精度が微妙に落ちていた。


「……数が減っても、終わりが見えないな……」


 ハンスが呟いた言葉に、セルスも短く息を吐く。


「上位種が……あれだけ無傷で残ってりゃ、そりゃあな」


 そう――ブラッドゴブリンとシャーマン。


 群れの中枢を担う二体がなお健在であり、彼らの存在がゴブリンたちの士気を維持していた。


 シャーマンは依然として後方から火の魔法を連射し、冒険者たちの布陣を混乱させている。その魔力は底を見せず、バフ効果の魔法も定期的に散布されていた。


「ナタリーさん! 近づけません!」


 ゼルスが怒声をあげる。シャーマンに近づこうとした彼らの前には、強化されたゴブリン三体が再び立ち塞がり、盾のようにその身体を晒していた。


「……自衛に特化した配置だな、あのゴブリン……」


 ナタリーの剣は既に赤黒く染まり、鎧にもいくつか傷が走っていた。呼吸は浅く、汗が額から流れる。


「でも、ここを突破しなきゃ……!」


ナタリーが悩んでいると、ガイルが叫ぶ。


「俺が突破口を作る。ゼルス、足を狙ってくれ!」


「了解」


 ガイルが一体のゴブリンに向かって走り出すと、地面を揺らしながら突き出された岩の杭が、ゴブリンの膝裏を貫いた。その瞬間、ナタリーが横合いから斬り込み、辛うじて一体を仕留めることに成功した。


 一方、ベルクたちが相手取っていたブラッドゴブリンとの戦闘は、なお激しさを増していた。


「クッ……ぐぉおおっ!!」


 ベルクが大剣を構えて突進を受け止める。その衝撃に膝が沈むが、後ろに控えていたリオンが間髪入れずに突きを放つも、分厚い筋肉に阻まれて浅くしか刺さらない。


「マルダ! 右から!」


「了解!」


 背後に回り込んだマルダの短剣が、腰の関節を狙って突き刺さるも、叫び一つ上げずに拳を振り上げるブラッドゴブリン。その拳が風を切り、マルダの肩をかすめた。


「ぐっ、こいつ……体力も知性も桁違いだ!」


「倒しきれないまま時間が経てば、こっちが落ちるぞ!」


 リオンの叫びに、ベルクは歯を食いしばる。


 ――限界が近い。


 戦線のあちこちから、呻き声や悲鳴、負傷者の搬送を告げる声が飛び交っている。サラとハナの治癒魔法は寸断されがちで、なかなか手が回らない。


 クロスもまた、剣を手にして泥と血の海を駆け抜けていた。氷の罠は既に役目を終え、今は剣の届く敵だけが彼の前にある。


(魔力……残りは、フロストショット四発分)


 それは、決定打となる切り札。


 だが、どこで放つべきか。どの瞬間に、どの敵に。選択を誤れば、その一撃はただの徒労に終わる。


(見極めろ、クロス……。この世界で生き残るために……)


 心の奥で、何かが囁いた。


 戦局は、着実にこちらへ傾いてはいた。


 だが、それが勝利へと繋がるとは限らない。


 冒険者たちの顔から笑顔は消え、必死に戦いながらも、誰もが「この先」に怯えていた。


 そして、その「先」が現れるのは――この、次の瞬間。

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