叫びの向こうに
フォレストウルフを一体倒し、クロスは荒い息を吐いた。
「……くそ、あいつ、速すぎだ……!」
膝に手をついて息を整えていると、すぐ横で声が飛んだ。
「クロス、気を抜くな! まだ終わっちゃいないぞ!」
振り返ると、カインが弓を構えていた。
カインはベルダ村のギルドに所属する先輩冒険者で、陽気な性格ながら、戦闘になると冷静な判断力を見せる。
「左からもう一体来る! 構えろ!」
「っ、はい!」
クロスは剣を握り直し、迫ってくる獣の魔物に立ち向かう。
戦いは続き、彼にとっては一瞬一瞬が命懸けだった。
⸻
この日、クロスは先輩冒険者たちとともに、間引き任務で村の外へ出ていた。
対象となる魔物はフォレストウルフとゴブリン。
今回はクロスにとって、本格的な戦闘でもあった。
魔物の動きは予想以上に素早く、攻撃は重い。
一撃でも油断すれば致命傷――そんな緊張感の中で、クロスは先輩たちの援護のもと、剣を振るっていた。
剣を交えながら、カインが声をかける。
「クロス、焦るな! 呼吸を整えて、間合いを見ろ! 力任せじゃ剣はすぐ鈍る!」
「わ、わかりましたっ!」
カインの言葉に従い、クロスは一度下がり呼吸を整える。
魔物の隙を見て、踏み込み、斬る――確かに、勢い任せでは倒しきれない相手だった。
(落ち着け……剣は振るうだけじゃない……間合いを……呼吸を……!)
集中を高めた一撃が魔物の脇腹を裂いた。
呻き声とともに獣が倒れると、カインが軽く指笛を鳴らした。
「よっしゃ! ナイス一撃! なかなかやるじゃん、クロス!」
「は……ありがとうございます!」
「でもな? 油断するなよ。まだ2戦目だ。体力と集中は、これからが勝負だからな!」
その言葉の通り、帰路に就くまでに彼らはさらに一戦、合計三度の戦闘をこなすことになった。
最後の戦闘を終えると、クロスの腕には浅い切り傷がいくつか走っていた。
痛みを感じながらも、彼はリュックから治療薬を取り出し、慎重に傷口に塗り込んだ。
薬は村で薬師が調合したもので、クロス自身が薬草収集の仕事で運んだ素材で作られたものだった。傷が少しずつ癒えていくのを見ながら、彼は心の中で静かに感謝する。
(こうして助かるのは、あの地味な仕事があったからだ……)
「その程度で済んだのは運が良かったな」
カインが笑いながら肩を叩いた。「もう少し深けりゃ、治療魔法のお世話になるとこだったぜ?」
村へ戻る帰り道、クロスはガイルに呼び止められた。
「クロス」
「はい!」
「戦いの姿勢は前よりマシだが、まだ剣が空を切ってる。踏み込みが甘い」
「……すみません」
「3戦目の後半、明らかに集中が切れてた。あれじゃ仲間を危険に晒す」
「はい……」
「だが、最初の動きは悪くなかった。要点を修正すれば、もっと戦えるようになる」
それが、ガイルなりの評価だった。
「ありがとう……ございます!」
⸻
そのときだった――
「た、たすけてくれええええええっ!!」
「今の……!?」
「北だ!」
カインが耳を澄ませると、確かに遠くから悲鳴が聞こえてくる。
クロスたちは即座に駆け出した。
⸻
草原の向こうで、男が一人、必死に走っていた。
その背後には、武器を持ったゴブリンの集団――。
「カイン、先に矢で牽制を。クロス、俺についてこい!」
「了解っ!」
矢が風を切って飛び、先頭のゴブリンの肩に命中。
体勢を崩したところをガイルが突撃、槍が唸りを上げて一体を貫く。
クロスも連携して側面から斬撃を加え、見事に討ち取った。
残りも二人の連携で順に倒し、やがてその場には沈黙が戻った。
「はぁ……はぁ……」
助けた男は膝をつき、泣きそうな顔で息を吐いた。
「ありがとうございます……俺は、北のアミナ村の者です。最近、村の周りに魔物が集まるようになって……村の戦力じゃ太刀打ちできず、ギルドに助けを求めに……!」
ガイルが頷く。
「状況は分かった。まずは村に戻り、ギルドに報告だ」
⸻
クロスたちが帰還後、ベルダ村ギルドでは、緊急の会議が開かれた。
「まず確認しよう。アミナ村の報告では、魔物の数は50体以上。確認されたのは主にゴブリンだったらしいが、集団の動き方から見て上位種が指揮を執っている可能性が高いと思われる」
ドルトンの報告に、教官たちは顔をしかめた。
「だが――おかしくないか? ベルダ村周辺では、間引きは定期的に行われている。我々の管轄内で、それほどの規模の集団が形成されるなどあり得ない」
「確かに。間引き記録を見ても、今年に入ってから特筆すべき偏りはない」
「ならば、他国の山間や未開地から流れてきた集団という可能性も考えられるな。特に国境近くの谷は魔物の通り道になりやすい」
「それか、誰かが意図的に集めた、という線もある。が……それは今は証拠がないか」
「だとすると1番怪しいのはザイガル帝国か……」
ザイガル帝国――ベルダ村のあるエルディア王国の東に位置する国。その名には常に黒い噂がつきまとっていた。強引な魔物使いや、異種族の利用。表向きは鎖国的な姿勢をとりながら、裏では何かを画策しているとまで囁かれている。
ドルトンが机を指先で叩き、思案の表情を浮かべた。
「仮にこの群れが移動型だとすれば、ベルダ村も安全ではない。まずは早急に調査と対応だ。幸い、商人のアシュレイ殿が明日には町へ向かう予定だ。領都のギルドへの報告を依頼しよう」
「彼らなら信頼もあるが道案内としてギルドからも人を派遣した方がいいな。文書を託して確実に届けるようにしよう」
「それと、魔法が使える冒険者は、等級が低くても連れていくべきかもしれん。数は少ないが、戦術に幅が出る」
「慎重にな。使いどころを誤れば、むしろ足手まといだ」
「明日、偵察班と救援隊を編成する。選出の準備を整えろ」
会議は夜遅くまで続いた。




