味覚の革命
二週間に及ぶ試行錯誤の末、ついにその日は訪れた。
ギルドから命じられた「村で食べられる野草の調査」「魔物素材の調理法の研究」に取り組んできたクロスは、ようやくその成果を発表する日を迎えていた。
ボアホッグの硬い肉。
柔らかすぎて火の通し方が難しいグラッシィの肉。
そして、普段は見向きもされない野草たち。
失敗は数え切れなかった。だが、その全てが「村の暮らしを変える一皿」への歩みだった。
会場となった風見草亭の食堂には、教官たちや先輩冒険者、村人たちが集まっていた。マリアが厨房から料理を順に運び、食卓に並べていく。
「それじゃあ、順番に説明していくよ」
マリアが手を腰に当てて前に出る。
彼女の前には、見慣れぬ料理がいくつも並んでいた。
「まずはこれ。《ボア味噌煮》。ボアホッグの肉は固くて噛み切れないのが当たり前だったけど、干す前の生肉を野草の実と果皮をすり潰して作った“果実味噌”と一緒に煮込んでみたんだ。果実味噌はクロスが考えた調味料で、すっぱさと甘みがあって、肉の臭みを消してくれる。ほら、こうして箸でも崩れるくらい柔らかくなるよ」
ナタリーが一口食べて目を見張る。
「……これは、本当にボアホッグの肉? まるで別物みたい……うまい」
マリアが続ける。
「次が、《香草蒸しグラッシィ》。グラッシィの肉は柔らかいから、強く火を入れると崩れやすい。そこで、“香り草”を刻んで油脂をとった“ナット実の油”と混ぜて、葉っぱで包んで蒸したんだ。村で取れる“湿葉”っていう柔らかい大葉を使ってる。蒸すことで肉の水分を保ちつつ、香りが引き立つのさ」
「……ああ、これはうまい。柔らかいのに、ちゃんと歯応えも残ってる……香りもいいな」
グレイがうなった。
「次は、野草料理三種」
マリアは笑みを浮かべて、続ける。
「これは《山菜の揚げ葉》。“ササノハ草”や“ヨモニ草”の若芽を、でんぷん質の多い根菜をすり潰した衣で包んで、油で軽く揚げてある。“ニガ実”の粉末を一つまみ混ぜて、後味に少し旨味を出してるんだ」
ガイルがひとつつまみ、噛んで目を丸くする。
「おっ、これはサクサクしてて香ばしい! しかも後から味がしっかりが来るな……クセになる」
「お次は《野草の香草漬け》。“ウリワタ草”の芽や“キリ根草”を、“ハスノ実”の果汁と刻み香草で即席漬けにした」
「これ、朝にちょうど良さそうですね。口がすっきりする」
エルが感心したように頷く。
「最後が、《野草のとじ煮》。“トキハ草”や“ツメミ根”の若葉を細かく刻んで、粘りのある“クレイ果”を潰した液でとじる炒め煮さね。淡い甘みがあって、色が進むよ」
クロスは安堵の表情で一歩後ろから全体を見渡していた。
マリアがふと、彼を振り返って言った。
「この料理は今日から風見草亭の新しい名物料理として出させてもらうことになった。クロス、あんたの工夫のおかげだ」
そして、笑って続ける。
「代わりに、あんたには村にいる間、うちの宿の食事は無料にしてやるよ。これでも安いくらいさ」
「えっ……そ、そんな、大したことじゃ……」
クロスは戸惑いながらも、喜びを隠せなかった。
「なに言ってんだい。あんたが考えた料理で、村の連中みんな、目を丸くしてたろ? 食いもんがうまくなるってのは、生き方がちょっと変わるってことさ」
周囲の村人たちや冒険者たちも笑って頷く。
「……あんな食べ方があったなんて」
「今まで、ボアホッグなんて煮てもしょっぱくて固いだけだったのに」
「グラッシィは焼くしかなかったけど、蒸すとこんなに香りが出るのか……」
マリアが口元に笑みを浮かべて、クロスに視線を向ける。
「クロス、次は何を作るんだい?」
「うーん……まだ決まってませんけど。でも、もっと工夫して、みんなが喜んでくれる料理を作りたいですね。ここ……この村の食卓が、もっと楽しくなるように」
そう言って微笑んだクロスの顔に、確かな自信が宿っていた。




