味覚革命、始まる
「ふぅ……今日もよく働いたな」
夕暮れ時、ギルドの雑用と訓練を終えたクロスは、軽く汗を拭きながら宿「風見草亭」の食堂へ戻った。
目の前に出された夕食は、相変わらずの塩煮込みスープと黒パン。悪くはない。けれど、どこか味気ない。身体に染みるはずの夕食が、心には響かない。
(せっかく香草や干し肉、魚の干物まであるんだ。もっと美味しくできるんじゃないか……?)
彼の舌に残る“故郷の味”――淡くも忘れがたい記憶が、どうしてもこの味に納得できず、ついにクロスは一つの行動に出た。
「マリアさん、ちょっと厨房借りてもいいですか?」
「へっ? あんたが料理? 面白いこと言うじゃないか。でも……食材を無駄にするんじゃないよ」
「はい、ちゃんと考えてます。まずは少量で試してみますから!」
マリアの目を真っ直ぐ見て言い切るクロスに、彼女は軽く笑って頷いた。
数日後。試作を重ねたクロスは、ついに4品の料理を完成させた。
夕食後、マリアに味見を頼むと、彼女はエプロン姿のまま厨房の椅子に腰かけ、ひとつひとつ口に運んだ。
「まずは……香草スープ。ふん、干し肉とキノコの旨味に、香草の香りが効いてる。塩の加減も丁度いい……これは、悪くないよ」
次に焼き団子をかじる。
「外がカリッとしてて、中はほくほく。芋の甘みと魚の旨味がしっかり出てる。これは……パンの代わりにもなるねぇ」
続いて香草魚の焼き干物をひと口。
「ふん。干物の臭みが香草と炭火でうまく消されてる。魚の旨味が引き立つなんて、干物の焼き方一つでこうも違うのかい」
最後に漬物を少し。
「これは……果実酢と香草で漬けた即席漬物か。根菜の歯ごたえがいい。」
マリアは腕を組み、しばらく考えたあと、クロスに視線を向けた。
「……クロス。これ、本当にあんたが考えたのかい?」
「はい。故郷でよく食べていた味を思い出して、村の食材でも作れないかって考えたんです」
マリアはふっと笑い、にやりとした表情で言った。
「だったら――こいつら、うちの宿で正式に出させてもらってもいいかい?あんたの名前もちゃんと載せる。それで……そうだね、クロスが村にいる間は、宿代を半額にしてやる。どうだろう?」
「えっ!? ……はい、もちろんです!」
「よし。明日から『香草スープ定食』として出してみようじゃないか。団子と漬物を添えてな。うまくいけば“風見草亭”の名物になるかもね」
その言葉に、クロスは思わず笑みを浮かべた。
(料理でも人の役に立てるんだ……)
ギルドでの訓練だけでなく、こうした知識も自分の武器になる。そう実感できた瞬間だった。
その晩、クロスの作った料理はさっそく常連の冒険者たちに振る舞われた。
「これ、今日の夕食!? なんか香りがすごい……」
「うまい……! この団子、なんだこれ……また食いたい!」
評判は上々で、翌日にはギルド職員のゴルがこっそりと一人前持ち帰り、受付嬢のリサも厨房に見学に来たという。
こうして、風見草亭に新たな名物料理が誕生し、クロスの名前は「不思議な飯を作る新人冒険者」として、村の片隅で静かに広がっていった。




