凍てつく一手を求めて
「もう一度、構え直せ。姿勢が甘い」
剣の訓練場に響く、ベルク教官の厳しい声。
クロスは呼吸を整え、木剣を握り直す。
村外での実戦。
スライムを相手に戦ったことで、剣の扱いがまだまだ心許ないことを痛感していた。
(ゲームだと雑魚扱いだけど、実際に相対するととんでもなく怖いぞ、あれ。しかも、動きが読めていても、剣がしっかり振れなければ意味がないからな……)
数日経った今でも、あの緊張と恐怖は忘れられない。
だからこそ、訓練も手を抜かない。
「よし、今日はここまでだ」
剣を納めると同時に、体の芯から疲れがどっと溢れた。
だが、今日のクロスにはもう一つ、試したいことがあった。
「グレイ教官。ちょっと相談したいことがあって……」
訓練場を出た後、ギルドの裏手で休んでいたグレイ教官に声をかけた。
彼は水筒を口に運びながら顔を上げる。
「お、どうした? 真面目な顔して」
「《アイスタッチ》を戦闘に使えないかと思ってるんです。直接相手に触れて、動きを止めるとか……凍らせて斬りやすくするとか……」
グレイは少し眉を上げた後、腕を組んで答える。
「まずは基本からだな。《アイスタッチ》は“触れたものを冷やす”魔法だ。初心者が使う場合は、対象を凍らせるまでには至らん。氷結はせいぜい表面が薄く霜る程度だ」
「つまり、攻撃魔法としては弱すぎる?」
グレイは笑いながら、
「普通は、攻撃に使おうなんて考えないんだがな。水筒の中を冷やしたり、魚を保冷したり、料理に使うのが一般的な用途だ。日常用の魔法としてはかなり便利なんだよ」
「……なるほど」
クロスは日常での便利さを思い浮かべながらも、それを戦闘に応用できないかと考えを巡らせる。
「それでも、戦いに活かせればと思うんですが。触れて相手の動きを封じるとか……手や武器を凍らせるとか、そんな使い方は……」
「そう思うなら試すしかないな。だが、お前にはまだ基礎が足りないんじゃ無いか?」
グレイはそう言って、クロスに枯れ枝を手渡した。
「まずは、こいつを確実に凍らせてみろ。基本ができてこそ、応用が利く」
クロスはうなずき、集中する。
「冷たき精よ、我が手に宿り、触れるものを凍てつかせよ――《アイスタッチ》」
彼の手のひらから放たれた冷気が、枝の表面を霜で覆い、ぱきりと軽くひび割れを作る。
「思ったより凄い威力だな。」
彼はクロスの手にある枝を見ながら続けた。
「それだけの威力があれば、相手の手に触れて、表面を一瞬でも冷やせれば、動きが鈍るかもしれん。金属の柄に冷気を流せば、一時的に握れなくさせることもあるだろう。が、それにはかなりの集中と制御が必要だ」
「魔法の伝わりやすさは……?」
「当然、素手が一番だ。服越しや革の上からじゃ効果は激減する」
その時、傍らにいたベルクが口を挟む。
「つまり、実戦で使うなら接近戦で素手で掴むか、動きの止まった相手に奇襲的に使うのが現実的ってわけだな」
「そういうこった。中級者以上の制御と防御ができれば話は別だがな」
クロスはその言葉を聞きながら、何度も魔法をイメージを調整し、冷気の流れを具体的に思い描きながら、訓練を続けた。
だがまだ、理想の“氷結”には届かない。
夕暮れが近づき、訓練の一区切りを迎えた頃、グレイが言った。
「焦るな、クロス。まずは詠唱をしっかり守ることだ。初心者は詠唱ありき。詠唱短縮や無詠唱はその先の話だ。魔力枯渇で倒れたこと、忘れたとは言わせないぞ?」
「……わかってます」
クロスは深くうなずく。
剣も魔法も、急がず地道に積み重ねていくしかない。
その夜。宿に戻ったクロスは、再び水の入ったコップに手を伸ばした。
氷を作るための練習ではない。
“凍てつかせる”ことがどういうことか――その答えを掴むために。




