初めての村外活動(前編)
その朝、クロスは早くから目を覚ましていた。
久しぶりに感じる高揚感と緊張が、胸の奥で入り混じっている。
「ついに、村の外か……」
ギルドでの研修以来、雑用仕事と訓練の繰り返しだった日々。ようやく今日、村の外に出る許可が下りたのだ。
ギルドの玄関前には、先に来ていた二人の冒険者がいた。
「お、来たなクロス。今日から荷物持ちデビューか」
飄々とした調子で声をかけてきたのは、9級の狩人・カイル。
今日は警戒と護衛役を担っている。
その隣に立つのは、10級の短剣使いで薬師見習いの青年・エル。
同年代だが、薬草の知識は豊富で収集任務では重宝されている人物だ。
「おはようございます! よろしくお願いします!」
クロスが緊張気味に頭を下げると、カイルは笑いながら肩を叩いた。
「そんなに構えなくていいって。今日は戦う仕事じゃねえ。あくまで薬草の収集と荷物運びだ。まあ、魔物が出たら退くぞ」
「……僕が収集を担当するから、クロスくんは、採った薬草を籠に入れてまとめておいて。動きやすいように距離は取りすぎないようにお願い」
と、エルが静かに言う。
「はい、分かりました!」
三人は準備を整え、村の南にある緩やかな丘陵地――初心者向けの薬草が多く自生するエリアへと向かった。
森の入り口に差しかかると、空気が一段と静かになる。
野鳥のさえずりと、遠くで風に揺れる草木の音。
それがかえって緊張感を高めた。
「じゃあ始めるか。エル、頼んだ」
「うん」
エルがさっそく地面にしゃがみ込み、薬草の葉や根を慎重に選び取っていく。
その一方で、クロスは受け取った薬草を丁寧に籠へと収めていく。
「……すごいな。迷いがない……」
薬草の形や状態を瞬時に見分け、刃を使わず指だけで根元から引き抜く技術は、まさに経験の賜物だった。
カイルは弓を手に持ちながら、木々の間を見回していた。
何か異変があれば即座に察知できるよう、常に警戒を緩めない。
2時間ほど経った頃、順調に薬草が集まり始めていた。
クロスも次第に緊張が解けてきて、薬草の名前や特徴についてエルに質問する余裕も出てきた。
「……これ、フラナベリーってやつか?」
「うん、それで合ってるよ。熟しすぎると薬効が落ちるから、見分けが大事なんだ」
そんなやりとりの最中、カイルが突然手を上げて静止の合図を出した。
「止まれ。……何か来る」
緊張が走る。
クロスも動きを止め、周囲を見回した。
草むらの一角――そこが不自然に揺れている。
「……スライムか。いや、数が多いな」
カイルの声が低くなる。
次の瞬間、ぬるりとした青緑の塊が草の間から現れた。スライムだ。しかも一体ではない。
「エル、後ろに下がれ。クロスは籠を持ったまま、エルを庇って下がれ!」
「は、はいっ!」
クロスは荷籠を背負ったまま、エルの前に立ちふさがる。
その手は腰の剣の柄を握るが――まだ、実戦経験は浅い。足がわずかに震える。
スライムたちはゆっくりと、だが確実にこちらへと迫ってくる。
カイルが弓を構え、矢を一本、つがえた――。
……緊迫した空気の中、戦闘が今まさに始まろうとしていた。




