村外活動、目前
朝の陽射しがベルダ村に差し込むと、クロスは宿の部屋の窓を開けて新鮮な空気を吸い込んだ。
魔力枯渇で倒れてから、もう一ヶ月が経つ。ギルドからの信用を取り戻すために、毎日欠かさず雑用仕事を受注し、黙々とこなしてきた。
今日も変わらず、ギルドの受付へ向かうと、いつものようにカウンターに立つリサが微笑んでいた。
「おはよう、クロス。今日も雑用仕事、お願いできる?」
「はい、もちろんです。何でもやります」
その姿勢に、ギルド職員の間でもクロスは“無遅刻無欠勤の働き者”として定着してきていた。
この日の仕事は、村内の井戸の補修材を職人のところまで運ぶ依頼だった。荷車に積まれた木材や金具を運びながら、村の風景を眺める。最初のころは見るものすべてが異世界で、どこか落ち着かなかったが、今では村の人たちの声や空気にも少しずつ馴染んできている。
仕事を終えた頃には日も傾きかけていたが、クロスはその足で村の外れにある草地へと向かった。
「よし、今日も……実験開始だな」
周囲に人がいないことを確認すると、クロスはここ最近の日課になっている魔法の練習を開始した。
「凍てつく雫よ、我が敵を撃て――《フロストショット》!」
クロスの前方に浮かんだ水の粒が、鋭い氷の矢となって木の的を貫いた。
「命中……威力も前より上がってる。水の状態、空気の温度……たぶん、イメージの強さで出力が変わるんだ」
次に手のひらをかざし、地面の石に触れる。
「冷たき精よ、我が手に宿り、触れるものを凍てつかせよ――《アイスタッチ》」
石の表面が、白く凍りついた。範囲も以前より広く、凍結の速度も早い。
「このままいけば、戦闘にも使えるかもしれない……でも、まだまだ実戦じゃ心許ないな」
日が落ちる前にギルドへ戻ると、訓練場で剣の稽古に励んでいたベルク教官が手を止めて声をかけた。
「おう、クロス。今日も来たか。魔法ばっかりじゃなく、ちゃんと体も動かしてるのはいいことだ」
「はい。まだ魔法が不安定なので、剣の方でも最低限は戦えるようにしておきたいと思いまして」
木剣を握り、素振りを繰り返す。日本で学んだ剣術とは構えも動きも違うが、身体の使い方には共通点がある。地道に続けることで、徐々に異世界の剣技にも適応してきていた。
稽古を終えて帰ろうとした時、ギルド職員のゴルが声をかけてきた。
「おい、クロス。そろそろ村の外に出てもいいんじゃないかって話が出てる。今度、薬草採取の班が出るんだが、その荷物持ちとしてどうだ?」
「え、本当ですか!?」
「おう。まだ戦力としては期待してないがな、仕事の流れや魔物の距離感を覚えるにはちょうどいい。明日か明後日には班が決まるから、準備しとけ」
「はい、ありがとうございます!」
喜びが全身に広がる。とうとう、自分も村の外に出る時が来たのだ。
が、クロスはそのまま帰らず、ギルドの2階にある資料室へと足を運んだ。
「薬草か……どうせ行くなら、名前くらいは覚えておこう」
資料室は薄暗く、埃っぽかったが、棚に並ぶ本には村周辺の植物や魔物についての知識がびっしりと詰まっていた。
その中から「薬用植物図鑑」を手に取り、ページをめくる。
「ヒーリングリーフ……止血効果。フィズミント……筋肉痛に効く。フラナベリー……煎じて飲むと発熱に効く……」
読み込むうちに、目は自然と真剣になっていた。学生時代の、テスト前夜のような集中力が蘇ってくる。
――誰も見ていないところでも、やるべきことをやる。それが、彼の在り方だった。
夜遅くになってようやく宿に戻り、夕食を済ませてベッドに入ると、身体の疲労が心地よく感じられた。
「いよいよ、村の外か……絶対に、足手まといにはならないぞ」
興奮と緊張の入り混じる中、クロスは静かに目を閉じた。




