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異世界剣士の成長物語  作者: ナナシ
三章
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鍛冶師の目と、剣士の覚悟

「……俺の剣は、実力のない奴には打たん」


その言葉が放たれた瞬間、クロスの動きが止まった。


ヴェラントの重く、鋭い眼差しが、まるで金槌のようにクロスの胸を叩いた。


「……え?」


その場の空気が、少しだけ凍りついた。


だが、横に立つグレイスは楽しげに笑った。


「大丈夫よ。クロスの実力なら、問題ないわ」


「……ほう? そいつの実力を、誰よりも信じてるって顔だな、グレイス」


「当然でしょう? 師匠だもの」


ヴェラントはクロスに視線を戻し、顎で示すように言った。


「腰の剣を見せてみろ。俺の目で確かめてやる」


クロスは少し戸惑いながらも、素直に腰から剣を抜いて、柄を持ったまま手渡す。


ヴェラントはその剣を受け取り、重量とバランスを確かめるように軽く振るった。


「……ふん、6級の割には、随分とイマイチな剣を使ってやがる」


「えっ……」


「どれくらい使ってる?」


「三ヶ月ちょっと前に、打ってもらったばかりです」


「三ヶ月前? だったら尚更ダメだな」


ヴェラントはそう言い、剣を雑に扱うことなく、しかし無造作に持ち直した。


「こんな剣使ってる奴に、俺の剣はやらん。グレイス、悪いが帰ってくれ」


その言葉に、クロスの瞳が揺れる。


バーグマンが、自分のために打ってくれた剣。


それを、イマイチと断じられた。


クロスが一歩、前へ出ようとした瞬間、グレイスが止めた。


そのまま、ふっと微笑んで口を開く。


「その剣を見て、どう思ったの?」


「……安い魔物素材を混ぜた剣だな。見栄えは悪くないが、実力がある奴はもっとまともなものを使ってる。こんなのを振るう程度の奴に、俺の剣は宝の持ち腐れだ」


「そう……でも、それは3ヶ月前に、クロスが8級だった頃に作ってもらった剣よ」


「……は?」


ヴェラントは怪訝な顔をする。


「今、こいつは6級だろう? 三ヶ月前ってのは……」


「そうよ。三ヶ月前は8級。で、一ヶ月前に7級に上がって……昨日、6級に」


「はあああああ⁉︎」


ヴェラントの声が工房中に響いた。


「馬鹿言うな! 三ヶ月で二つもランクが上がるわけが…」


「嘘じゃないわよ。信じないなら、ギルドで聞いてきたら?」


グレイスはまるで冗談のように笑っている。


「魔力コントロールは私が教えたの。たった1ヶ月である程度使えるようになって、ギルドも7級以下にしておくのは危険だと判断したの。昨日、ギルドでこの街の4級のレインと模擬戦をして、ギルマスのサリアが6級に認めたのよ」


「サリアが……? あのサリアが、認めた……?」


ヴェラントの眉がピクリと動いた。


「……おい、トーマ!」


奥で片付けをしていた青年が顔を出す。


「は、はい!」


「ギルドに行って、この坊主が本当に6級かどうか、聞いてこい!」


「え? 誰に……」


「受付でいい! さっさと行け!」


「は、はいっ!」


トーマが慌てて工房を飛び出す。


「まったく……」


グレイスが呆れたようにため息をつくと、ヴェラントはクロスに剣を返しながら言った。


「トーマが戻るまでの暇潰しだ。ちょっと裏へ来い。素振りぐらいは見てやる」




工房の裏には、テニスコートほどの広さの鍛錬場があった。


土はしっかりと踏み固められ、複数の木人や木刀が並ぶ中、ヴェラントは手を組んでクロスに言った。


「……さあ、振ってみろ。いつも通りの素振りで構わん」


「はい」


クロスは剣を構える。


一歩踏み込み、横に薙ぐ。


次に斜め上から斬り上げ、最後に縦に打ち下ろす。


ヒュン。ヒュウッ。ヒュゥンッ。


空を裂くような鋭い音が、三度、響いた。


それは訓練された者にしか出せない風切りの音。ヴェラントの瞳が細まる。


「……こいつ、これだけの動きができるってのに、まだ《身体強化》がちょっとできる程度だってのか?」


「ええ、これから本格的な訓練を始めるところよ」


グレイスが満足げに頷く。


「……」



トーマがフィルガード工房に戻ってきたのは、素振りを終えて間もなくだった。


息を切らしながら扉を開け、工房に飛び込んでくる。


「はぁ、はぁ……聞いてきましたよ」


「どうだった?」


 ヴェラントが腕を組んだまま短く問いかける。


「えっと……たまたまレインさんがギルドに来てて、直接聞けたんです。間違いなく、昨日の時点でこの人、クロスさんは6級に昇格したそうです」


「……レインが、そう言ったのか?」


 信じがたいという表情のまま、ヴェラントは問い返す。


 トーマは頷きながら、少し困ったように付け加える。


「ええ。ただ、レインさんが言ってました。『あいつ、俺と模擬戦で互角に撃ち合ってたし、身体強化も普通に使ってたから、てっきり5級のヤツが4級への昇格評価だと思ってたんだ。まさか7級だなんて言われて、こっちが驚いたよ』って」


「……は?」


 ヴェラントの眉がピクリと動く。


「それで、『俺が評価相手をやらされてたから間違いないけど、あいつは規格外だぞ……』とも言ってました」


「……レインが、そんなことを」


 ヴェラントの目に宿る光が変わる。


疑念から、評価へ。


そして、納得。


 グレイスが、腕を組みながら得意げな顔をして口を開いた。


「ね? また私の言った通りだったでしょう」


 ヴェラントは視線を逸らすように小さく咳払いをすると、クロスの方へ向き直った。


「……疑って悪かった。お前がそれだけの実力を持ってるなら、俺の方が見る目がなかった」


 クロスは少し驚いたように目を見開いたが、すぐに真っ直ぐな目でヴェラントを見返した。


「……俺のことはいい。でも、今の剣を馬鹿にされたのは納得できません。あれは俺がまだ8級だった頃、バーグマンさんが打ってくれた剣です。自分の力を最大限に引き出してくれる剣です。イマイチなんかじゃない」


 その言葉に、グレイスが少し目を丸くし、ヴェラントは不意を突かれたように黙り込む。


 だが、数秒の沈黙の後、


「……確かに、お前の言う通りだな。そうだな……本当に、すまなかった」


 深く頭を下げたヴェラントの謝罪に、グレイスは口元を緩める。


「ふふっ、それならあなたが最高の剣を打ってくれたら、クロスも許してくれるわよ」


 クロスは慌てたように「グレイスさん……」と声をかけたが、グレイスはどこ吹く風といった表情だ。


「さて、ヴェラント。剣の希望だけど、芯にはミスリルを使ってちょうだい。魔力コントロールでの武器強化もそのうち教える予定なの」


「芯にミスリルね……随分と奮発するな」


 ヴェラントは苦笑混じりに答えたが、グレイスはデスマンティスの鎌を手にして差し出した。


「外装にはこの素材を使って。黒鋼と組み合わせてね」


「……この素材で、ミスリル芯……なるほどな。で、お前は? クロス。どんな剣がいい」


 そう言ってヴェラントが向き直ると、クロスは少しだけ考えてから口を開いた。


「今の剣と同じ細身で、斬り裂くように使えるものを。叩きつけるのではなく、流れるように扱いたいんです」


「ふむ……斬撃型か。了解だ」


 ヴェラントは腕を組み、少し黙り込んだ後、グレイスへと尋ねる。


「納期は?」


「10日くらいで打ってくれると助かるわ」


「よし、じゃあ1週間後にもう一度来てくれ。それまでに進めておく」


「値段は?」


「……詫びも兼ねて、金貨40枚だな」


 その額を聞いたクロスは息を呑んだが、グレイスは当然のように懐から袋を取り出し、中から金貨を20枚ほど取り出して手渡した。


「残りは完成したときに払うわ」


「……了解だ」


 やや苦笑いを浮かべながらヴェラントが受け取る。


 工房を出て歩き出した後、クロスはぽつりと尋ねた。


「……金貨40枚なんて、本当にそんな高価なものを俺が持ってていいんですか?」


 グレイスは微笑みながら、すっと前を向いたまま言った。


「私たちくらいのランクになるとね、それくらいじゃないと魔物とまともに戦えないの。あなたも、次の剣を自分で買うときにはわかるわよ」


 その言葉に、クロスは何かを言いかけたが、何も言わずに深く頭を下げた。


「ありがとうございます……大切に使います」


「ふふっ、わかってるじゃない。じゃあ、《ライネル商会》に行きましょう。今夜の宿がなくなっちゃうかもよ」


 そうして、二人は再び歩き出した。



静かになった鍛冶場に、ヴェラントがぽつりと呟く。


「……変な奴だったな。でも、悪くない。あの目は、いい剣士の目だ」


トーマがにやにやしながら言った。


「認めたんですね?」


「うるせぇ。さっさと仕事戻れ」


鍛冶場には、再び金属の打音が響き始めた。


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