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異世界剣士の成長物語  作者: ナナシ
三章
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新たな力を

 朝、澄んだ空気の中をクロスとグレイスは並んで歩いていた。


向かう先は、セイランの冒険者ギルド。


重厚な石造りの建物の前に立つと、クロスは心の中で一つ深く息を吸う。


 ギルドの扉を開けると、中は朝の活気に包まれていた。


依頼の張り紙を見ている冒険者たちのざわめきが耳に入る。


 受付カウンターには一人の女性が立っていた。


栗色の髪を後ろで束ね、眼鏡をかけた理知的な雰囲気の女性だ。


名札には「ルティナ」と書かれている。


「おはようございます。ギルバートさんにお会いしたいのですが……私、ラグスティア所属の4級冒険者、グレイスと申します」


名乗った瞬間、セリアの目がわずかに見開かれる。


どうやら、グレイスの名はこの街のギルドにも知れ渡っているらしい。


「少々お待ちください。確認いたします」


そう言って奥へと消えたセリアは、しばらくして戻ってくると、丁寧に頭を下げた。


「ギルバートより、執務室にお通しするようにとのことです。どうぞ、こちらへ」


 クロスとグレイスは二階へと案内される。


広々とした廊下の先、重厚な扉をノックすると、中から低く落ち着いた声が聞こえた。


「……入ってくれ」


 部屋の中には、髪と髭に白が混じる壮年の男•••ギルバートが書類に目を落としながら座っていた。


「申し訳ないが、少し待っていてくれ」


 彼は手を止めずに言い、二人は応接用のソファに腰掛けた。


静寂の中、ペンの走る音だけが部屋に響く。


 やがて彼は筆を置き、書類を重ねて深く息を吐いた。


「ふぅ……さて、今日は何用かね?」


 グレイスが口を開く。


「この子…クロスがセイランに正式に所属になったでしょ?でも、パーティを組まなきゃ仕事ができない。それで今後の方針について相談をしにね」


「……なるほど」


ギルバートは頷きながらも、眉をしかめて現状を語る。


「君たちは知ってると思うが、黒装束の一件で4級に欠員が出てしまってな……アーヴィンは斥候職の補充を希望しているが、適任者がいない。それに加えて、カレンとスレインのパーティも半数が失われ、再編を検討している段階でしてな」


クロスは少し身体を前に傾けて尋ねる。


「では、自分は……?」


ギルバートは申し訳なさそうに口を開いた。


「しばらくは、“助っ人”として活動してもらうことになるでしょう」


「助っ人……ですか?」


クロスの問いにギルバートは丁寧に説明を加えた。


「ギルドとしては、難易度の高い依頼や戦力不足のパーティに対して、助っ人を送り込むことがあります。まぁ、これはあくまで一時的なもの。しかし、これは力がある者にしか頼めんことですからな。正直、まだ実績がない若者には通常回ってこないが…あの模擬戦を見れば、君なら十分にこなせるだろうとの判断です。そこでの活躍で固定パーティの再編の参考にもさせて頂くつもりです」


クロスは納得したように頷いたが、どこか納得しきれない表情も見える。


 しばらく沈黙があった後、グレイスがふと思い出したように切り出した。


「それなら、私塾の推薦をお願いできないかしら? クロスは今、魔法の学びを希望している」


「ふむ……今さら私塾ですか?」


 ギルバートの目が細くなる。


「普通は、ああいった場所で学ぶのは成人前ですからね。成人してからも学び続けるのは国への士官希望者か研究職くらい。だから、冒険者になる人は卒業してから冒険者になるもんなのですが……。普通、冒険者をしながらじゃ通うのも難しくなりますよ?」


 クロスが自分の意思を込めて答えた。


「それは話を聞いてます。ですが、自分の戦い方には盾が合わないと思っています。だから、これからの事を考えると、障壁魔法を学びたいんです。守りを自分で作れるように」


「……障壁魔法は資質が問われる。誰でも使えるものじゃないのですが?」


 ギルバートがそう言いかけたとき、グレイスが遮るように言った。


「クロスは氷魔法が使えるわ。それに、障壁の資質もあるそうよ」


「……氷魔法?」


 ギルバートはその言葉に眉を上げ、考え込むように視線を落とした。


「……それは初耳ですな。なるほど、資質があるというなら話は変わる。だが……」


 彼は顔を上げ、再び老練な目でクロスを見つめる。


「私塾は高額だ。金銭的な覚悟はできているのかい?」


「パーティを組めない今だからこそ、できることがあると思っています。……ある程度は覚悟しています」


 その熱意に、ギルバートは深く息を吐いた。


「分かった。少し他の者とも相談してみよるとしましょう。明日にでもまた来てくれ」


 クロスとグレイスは立ち上がり、深く礼をして部屋を後にした。




ギルドを出たクロスとグレイスは、昼食を取った後、街の南にある「フィルガード工房」へと向かった。


金属を打つ音が外まで響く鍛冶屋。中に入ると、受付には若い男の弟子が立っていた。


名は「トーマ」


まだ修行中らしく、油の染みた作業服を着ている。


「グレイスさん!? お久しぶりです。今日はどうされました?」


「少し話がしたくてね。ヴェラントに伝えてくれる?」


 トーマは頷いて奥に消え、ほどなくして戻ってきた。


「すいません。今は手が離せないので、一時間後に来てほしいそうです」


「分かった。ありがとう」


 工房を後にした二人は、防具屋へと足を運ぶ。


マルコに紹介された『スルーヴ防具店』


中に入ると、店の奥から中年の夫婦が顔を出した。


「やぁ、グレイス!」


 元・三級冒険者の夫婦•••店主の名はロズラン、妻の名はマレリア。


「あら、グレイスじゃない! 久しぶりね!」


「おや、隣の青年は……もしかして結婚報告?」


「違うわよ、まったくもう……」


 グレイスが苦笑すると、マレリアは「冗談よぉ」と笑った。


 ロズランが声をかける。


「この街に来るとは珍しいな。今日はどうした?」


「この子、クロスっていうんだけどね。ラグスティアからセイランに所属を移したから、付き添いで来たの。それと、フィルガード工房に行ったら一時間後に来いって追い出されたから、その間に挨拶をと思って」


 クロスが丁寧に頭を下げると、ロズランが問いかける。


「ランクは?」


「6級です」


「おお、しっかりしてるじゃないか。グレイスの知り合いなら、今後うちで防具を買うときはサービスしてやるよ」


 少し世間話をして、工房へと戻る。



 一時間後、再び工房に戻ると、鍛冶場の奥からヴェラントが姿を現した。


「グレイスか。たまには双剣の調子でも見せに来い」


「忙しくてね。でも元気にしてた?」


「まぁな。おかげさまで腕は鈍っていない」


 ひとしきり会話を交わした後、グレイスがクロスを紹介する。


「この子、クロスっていうんだけど。一本、剣を打ってあげてほしいの」


「……えっ、俺のですか?」


ヴェラントは驚きつつも、クロスの目をじっと見た。


クロスは戸惑いを隠せない。


「でも、私塾に通うこともあって、お金が………」


「出費は私が持つわ」


グレイスはあっけらかんと言ってのけた。


「え……? でも、オーダーメイドの剣って、かなり……」


「弟子が独り立ちするんだから、餞別くらいさせなさい」


そう言って笑うグレイスに、クロスは言葉を失う。


「あなたが進もうとする道は、険しい道になる。だったら、新しい力を手に入れることを躊躇わないで」


ラグスティアの鍛冶師バーグマンの言葉が、クロスの脳裏に蘇る。


「その剣じゃ、この先はもたないぞ」•••あの言葉の重み。


クロスは静かにグレイスの方へ向き、頭を下げた。


「……ありがとうございます」


黙ってクロスとグレイスの会話を聞いていたヴェラントは、ゆっくりと口を開く。


「……うちではな、実力のない奴には剣は打たん。悪いが、それが流儀でね」


 言葉の重みが場を静かに沈める。


 クロスは何も言えずに、ヴェラントの真剣な眼差しをただ見返していた•••

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