夕餉の団欒
通された応接間で少し待っていたクロスとグレイスは、そのまま食堂へと案内された。
広い客間の大きな机の上には、温かい湯気をたてる料理の数々が並べられていた。
香ばしい肉のローストに、香草の風味が利いたポトフ、焼きたてのパンに果実酒•••豪勢だが、どこか家庭の温もりが感じられる食卓だ。
その席に招かれているのは、クロスとグレイス。
そして商会の主・マルコと、護衛のダナ。
そしてマルコの妻・エレーネ、そして夫人にそっくりな、くりくりとした目を持つ十歳の少年・オルグだった。
「改めて、ご紹介します。こちらが私の妻、エレーネ。それと息子のオルグだ」
マルコの声に、クロスは少し緊張しながらも頭を下げる。
「クロスと申します。以前、マルコさんに森の中で助けていただきました」
「その節は夫が随分とお世話になったみたいね。まさかあの話に出てきた子が、今やギルドの6級冒険者になってるなんて……ねえ、オルグ?」
「うんっ! すごいよクロス兄ちゃん! それにグレイスさんって、冒険者でしょ? 4級なんでしょ? 本物だー!」
無邪気な少年の言葉にグレイスは微笑んで応える。
「ええ、でも訓練は厳しいのよ? お兄さんのクロスも毎日頑張ってたわ」
その言葉に、オルグは目を輝かせ、母親のエレーネが「はいはい、お行儀よくしなさい」と息子をなだめながらも、笑顔を見せた。
一方、クロスは食事を楽しみつつ、ふと口にする。
「それにしても……マルコさんが、こんな大きな商会の主だとは思いませんでした。あのときは行商の人だとおもってたので……」
すると、エレーネが少し呆れたように言った。
「そうでしょう。私もね、何度行商は危ないからやめてって言ってることか」
「見聞を広げるのも仕事だ。商人として大きくなるには、自分の目で確かめて、足で稼がないと」
マルコは胸を張って語るが、クロスは思わず聞き返す。
「でも……あんな辺境の村まで?」
「確かに、普段は王都と北のカルドヴァ、ノルヴァン連邦の境界あたり、南はサンヴァリアの海沿いからグラディウム公国との交易が主なんだがな。ベルダ村はギルドもあるし、比較的安全だから、時々視察がてら足を運ぶようにしてるんだ。ああいう所の需要って、意外と大きいからな」
「……なるほど」
商人としての視野の広さに、クロスは尊敬の念を抱かずにはいられなかった。
やがて食事も終盤にさしかかった頃、マルコが話題を切り出した。
「ところで、明日は何をするんだ? 二人とも」
「明日はギルドに行って、クロスの今後の話をしないといけません。それと……私の用事にも付き合ってもらう予定です」
「え……オレもですか?」
不思議そうな顔をするクロスに、グレイスは平然と応える。
「付き添いがいた方が何かと都合がいいの」
「なるほど……そういう理由なら仕方ないのか⁈……」
すると、マルコがにやりと笑いながら、腕を組んで言った。
「ふむ……出会った時にも言ったが、もし冒険者をやめるつもりなら、うちで働かないか? お前は礼儀も知ってるし、根性もある。なかなか使えそうだからな」
「それは……ありがたいお話ですが、まだ冒険者として、やり残したことがあるんです。それを終わらせた時に、マルコさんの気持ちが変わらなければ、改めてお願いしに来ます」
クロスの真剣な言葉に、マルコも真面目な顔になってうなずいた。
「そうか。まぁ、お前の性分からして、そんなことだろうと思ったよ」
そこへ、護衛のダナが口を開く。
「お前の用事が終わったら、一度こっちに戻って来い。俺が“赤鷲亭”に案内してやる。紹介状持って行くより、俺と一緒に行く方が話が早いだろう」
「でも、ダナさんお仕事は?」
「この程度なら大丈夫だ。な、マルコさん?」
「好きにしろ。ダナに任せる」
「それなら……お言葉に甘えます」
そして、夜も更けていく中、グレイスとクロスは商会が用意してくれた客室へと案内される。
その夜、クロスはライネル商会の用意した客室で目を閉じながら思う。
(……みんな、優しいな)
ふと、脳裏に浮かぶのは、あの黒装束たちの狂気。そして、その裏に蠢く《ヴァルミュール・エリュシオン》の影。
(あいつらがばらまく不幸を、見過ごすわけにはいかない。俺に与えられた力なら、それで守れるものを守りたい。たとえ、それが•••)
決意が、静かに胸の奥で結晶化していく。
新たな地、セイラン。
新たな出会いと、試練。
そのすべてが、彼の剣と魔法にまた一つ、色を与えていくことになる




