大都市セイラン
巨大な城壁が青空の下で広がる。
門前には行商人の列が並び、荷馬車の音と人々の声が混ざり合っていた。
「ここが……セイランか」
クロスは息を呑んだ。
この世界に来て初めて見る、あまりの規模に圧倒される。
遠くに見える尖塔、複雑に交差する石畳の通り、人々の活気。
それらすべてが、ラグスティアの何十倍もの規模を誇っていた。
「人の多さに圧倒された?」
横で歩くグレイスが微笑む。
「……はい。正直、驚きました。これが西部最大の都市……」
「そう。人口は十万を超える。冒険者も千人以上。魔法を学ぶ私塾もいくつかあって、王国の要所にも繋がっている街だからね」
と、隣で笑ったのはグレイスだった。
白いマントを揺らしながら、城門を通り抜ける。
すぐに人の波に飲まれそうになるが、彼女の背中が道標のように見え、クロスは迷わずついていった。
二人が目指すのは、冒険者ギルド――セイラン支部だった。
冒険者ギルド・セイラン支部は、街の中央区にそびえる石造りの壮大な建物だった。
ラグスティアのギルドとは比べものにならない広さと威容に、クロスはまたも気圧された。
「こんにちは、グレイスさん」
受付の女性が頭を下げると、グレイスは軽く手を挙げる。
「ギルマスに話があるの」
「はい。お話は聞いています。すぐにお通しします」
案内されたのはギルド奥の重厚な執務室。
中にはふたりの人物が待っていた。
「アンタが例の“例外”かい?」
待っていたのは、鋭い眼差しの中年女性だった。
灰色の髪を後ろで結び、鋼のような雰囲気を纏っている。
「ワタシは、ギルマスターのサリア。こっちは、ギルバート。サブマスターじゃ。まあ、肩の力を抜け。ワシらは怖くないぞ」
「いや、あなたは充分に怖いですよ……」
と、グレイスが苦笑混じりに小声で呟く。
ギルバートが「ほっほっ」と笑いながら椅子を勧めた。
「お前がクロスか。話は聞いてる。アーヴィンの推薦、ヴォルグからの手紙も受け取っている」
サリアは椅子にもたれたまま、鋭い眼光をクロスに注ぐ。
「だがな。私は“自分の目で見た事”しか信用しない。7級から昇格してすぐ、他の街でランクを上げるなんて前例はない。……わかってるか?」
クロスは背筋を伸ばして頷いた。
「はい。承知しています。なので、実力をお見せします」
その言葉に、サリアの口元が少しだけ緩んだ。
「いい返事ね。ギルバート、準備を」
「はい」
ギルバートの合図で、四人は訓練所へと向かった。
訓練所では、既に人払いが済んでおり、中央に五人組の冒険者パーティが待っていた。
先頭に立つのは、筋肉質で短く刈り込んだ黒髪の男。
サブマスターのギルバートが紹介する。
「紹介しましょう。彼はレイン。この街の4級剣士。実力は確かです。あなたの実力を見るために、彼と模擬戦をしていただきます」
レインは二十代半ばほどの筋肉質な男で、無精髭を生やしながらも目は鋭い。後ろには彼の仲間たち。
ミーナ(魔法使い)、ダグ(槍士)、ユリオ(斥候)、カレンツ(治癒師)が面白そうな顔をして立っている。
「対戦はレインと一対一です。お互い、手加減はなしの真剣勝負でお願いしますね」
クロスが戸惑っていると、グレイスが耳打ちしてきた。
「気負わなくていいわ。けど、実力は全部見せなさい」
クロスは木剣を構えた。
相手が誰であれ、自分の進む道を認めてもらうために。
「準備はいいですな。それでは……始め!」
ギルバートの声が響くと同時に、レインが踏み込んできた。
(速い……!)
クロスは即座に、視界領域を展開。
空間全体が“視える”感覚が広がる。レインの初撃を見切って躱し、反撃に転じる。
鋭い剣閃が交差し、金属音が高らかに響く。
「おい、あいつ……今の動き、普通じゃないぞ」
「視線を読んでるのか?」
「いや……あれ、完全に攻撃を“見切って”るんじゃ……」
パーティメンバーたちがざわつく。
鍔迫り合い、踏み込み、引き、切り返し。
レインの剣は重く、鋭く、まさに4級の実力だった。
だが、クロスも一歩も引かず応戦する。
数分間、互いに技と技が火花を散らす。
(流石、4級……でも、視界領域がある限り!)
だが、10分が過ぎた頃。
クロスの身体強化が限界を迎えた。
「――くっ!」
その一瞬の隙を、レインは見逃さなかった。切っ先がクロスの喉元へと向かう……寸前で止まった。
「そこまで!」
ギルバートの制止が入る。
クロスは膝をついた。
「はぁ……はぁ……」
「……俺は、お前の実力を見るために模擬戦をしてくれってギルマスから依頼されてきたんだが、……お前、何級なんだ?」
レインが興味深そうに聞いてきた。
「……7級です」
その瞬間、レインとその仲間たちは目を丸くした。
「は? お前……7級!? ……いやいやいや、おかしいだろ! 身体強化使ってたらよな?」
レインが信じられないといった顔でギルマスターを見る。
「だから実力を見せてもらったんだよ。アンタの“お墨付き”がもらえたなら、他から文句はないだろう」
サリアが口を開く。
「推薦があるとはいえ、私のギルドでやる以上、私の判断が絶対だ。……特例だけど、私の権限で“6級”に引き上げる。異論はないだろう?」
その場に居た誰も、異を唱えなかった。
サリアとレイン達が去った後、クロスは息を整えながらグレイスを見る。
「グレイスさん……あの、私塾の話は…」
「その話はまた今度ね。疲れてるでしょう?」
「……はい」
ギルドの受付に戻ると、サブマスのギルバートが言った。
「登録証の更新をしておきましょう。少々お時間を頂きます」
受付の女性、ノエルと名乗る若い女性が手続きを進める。
その間、グレイスがクロスに尋ねた。
「ねぇ、商会の人に会いに行くんでしょう? どこの商会か覚えてるの?」
「……えーと……名前、聞きそびれてました」
「……あなたって子は」
呆れたようにグレイスはため息をついた。
「でも、名前は覚えてるのね?」
「マルコさんって人です」
「なら話は早いわ。ノエル、この街に“マルコ”って商人が経営してる商会、知らない?」
「もちろん知ってますよ。《ライネル商会》です。このセイランでも五指に入る大商会です」
「……えっ⁉︎」
クロスは目を見開いた。
数分後、登録証の更新を終えたクロスとグレイスは、街の中心部に向かって歩き出した。
15分後、街の中心部にそびえる重厚な建物の前でクロスは立ち止まった。
「ここが……ライネル商会……?」
その規模に、思わず言葉を失う。石造りの三階建て、出入りする商人たち、並ぶ荷馬車•••どう見ても“個人商店”ではなかった。
「……マルコさん、すごい人だったんだ……」
「ま、覚悟して挨拶しなさい」
グレイスが軽く背中を押す。
クロスは深呼吸をして、重厚な扉を叩いた。




