凍てつく雫と、剣の感触
朝、ギルドの掲示板前に立ったクロスは、見慣れた顔のゴルさんに声をかけられた。
「おうクロス、今日も真面目に働くんだぞ。今日は倉庫の整理と水くみ、それから農家への届け物だ。手際よくやりゃ昼過ぎには終わるだろう」
「はい、ありがとうございます」
仮登録の身としては、依頼の選り好みなど許されない。それでも、コツコツと働いてきた積み重ねが、魔力枯渇の失点以降、ようやく職員たちの信頼を取り戻し始めているのをクロスは感じていた。
(魔力枯渇で倒れた時は、本当にやばかったな……)
そう思いながらも、今日は少し心が浮いていた。
昨日のことがあったからだ。
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村の外れ、人目の少ない林の手前で、クロスは昨晩の試みをフロストショットでも実践してみた。
そしてその試みは成功した。それも、ただ成功しただけではない。
大きめの木に向けて放たれた氷弾は、狙いを外すことなく貫通し、その後ろの木まで薄く凍りつかせた。
(想像以上だった……)
クロスは現代日本で学んだ理科の知識――水の凍結、冷却、氷の性質――を思い出しながら、自分なりに“氷”の構造や熱の奪い方を頭に叩き込み、それを魔法の詠唱に重ねた。
凍てつく雫よ、我が敵を撃て――《フロストショット》!
その結果が、あの威力だった。
「今はまだ……内緒にしておこう」
あの威力を見せれば、余計な注目を集めかねないし、下手をすれば警戒されるかもしれない。仮登録の身である今は、確実な実績を積み上げることが先決だと判断した。
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昼過ぎにギルドに戻ったクロスは、受付のリサに仕事完了を報告し、ついでにこう告げた。
「午後から、剣の訓練をお願いしてもいいですか? 最近、魔法に偏っていたので、体を動かしておきたくて」
「もちろん。じゃあ、ベルク教官に伝えておくわ」
ベルクは、寡黙な中年の剣士で、筋骨隆々。無駄口を叩かないが、その剣は実直そのものだった。
訓練場に出たベルクは、クロスに一本の木剣を手渡した。
「剣の感覚、忘れてないな?」
「はい、でも……なかなか剣の重さに慣れません」
黙々と、クロスはベルクと木剣を交えていった。
日本で学んだ剣術とは違う、もっと実戦的で、命を賭けた動きが求められる。だが、身体は思い出すように応えてくれた。足運び、腰の捻り、目線。
(この身体は……ちゃんと覚えてる)
途中でベルクが言った。
「いい剣だ。あとは、実戦で使えるだけの胆力を積めば、十分通用する」
クロスは深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
夕刻、ベルダ村ギルドの事務室では、数人の職員が集まり小さな会議が行われていた。
集まっているのは、受付のリサ、仕事の割り振り担当のゴル、教官のグレイとベルク。そして、もう一人。
「ふぁ〜……で、うちの若造はどうなんだ?」
ふらりと現れたのは、ギルドマスターのドルトン。灰色の髭に、緩んだ笑み。いつもマイペースな中年男性だが、ギルド設立時からこの地にいる実力者でもある。
「真面目な会議なのに珍しくに顔出すのね」とリサが皮肉を飛ばすと、ドルトンはひらりと手を振った。
「なぁに、お前らが何か面白い話してるって聞いてな。さてさて、クロスくんのことだろ?」
ゴルが手帳を取り出し、最近のクロスの働きを読み上げる。
「魔力枯渇の件はあったが、反省後は雑用仕事をしっかりと継続。あれから1ヶ月たった今は信頼も回復傾向。剣の訓練も再開し、魔法も継続中。あとは実戦経験かと」
「ほう。地味だが……堅実だな。若いのに珍しい」
グレイが、腕を組みながら続ける。
「魔法の素質はある。氷魔法の反応が微弱ながら安定してきている。まだ外での使用は勧めないが、詠唱を守って訓練している」
リサも頷く。
「雑用仕事の丁寧さや、報告の正確さも見逃せないわ。村民からの評判も悪くないし、下手に急がせず、信用を積ませるのが正解だったと思う」
ドルトンは椅子に腰かけ、指を組んだ。
「ふむ……なら、そろそろ“次”を見据える段階か」
「村の外での活動、ということでしょうか?」とリサ。
「そうだ。お前たちが問題ないと判断したら、まずは先輩の補助役として同行。魔物退治ではなく、荷運びでも薬草採集でも構わん。外の空気を吸わせておけ」
「妥当ですね」とゴルが頷く。
ドルトンはゆるく笑いながらも、その目には油断のない光を宿していた。
「一度折れかけた者が、また立ち上がる時ってのはな……一番、鍛え時なんだよ。期待してるぜ、クロスくんにはな」
会議は静かに、だが確実な方向性を持って締めくくられた。




